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ヒロガルセカイ。

ヒロガルセカイ。

その柔肌に触れもせず。(花魁の男性版)

 ●このお話では花魁もお客も全員、男です。BLな世界です。●


    1。

とっぷりと闇に沈んだ午前2時。
店じまいの拍子木が打ち鳴らされて賑わっていた吉原も眠りに着いたのに。
娑婆(しゃば)との境目、大門の前に立ち尽くした綺麗なひとを見かけました。
乱れた髪が先ほどまでの閨を想像させます。
羽織った豪華な金襴緞子(きんらんどんす)からして、ただの花魁(おいらん)ではない様子。
丁稚奉公している先の松葉屋の主人から、夜中の見張りである不寝番を任された霜柱が、それを幽霊だと勘違いして動けなくなったのも無理はありません。
提灯を持つ手が、がたがた震えます。

<とうとう、この世のものではないものを見てしまった!!>

借金を返せないまま病に倒れたり。
逃げ出そうとして捕まり、ひどい折檻のうえ命を絶たれたものも少なくない・この吉原。
お客にとっては  この世の極楽。
女衒(ぜげん)に買われたものには地獄でしかない公娼の町。
<お化けだよ。どうしよう、>
しかし闇に目が慣れてくると暗闇の中で浮かび上がるその姿は・・霜柱には見覚えがありました。

<あの金襴緞子は。夕映さん?>

静まり返った今の吉原で起きているのは自分と夕映だけ。
どくん。秘めた思いに胸が高まるようでした。




花魁を抱える見世は数あれど、一流のランクの見世は規模が大きくて大見世と呼ばれます。
そこにいる花魁の器量も最上級です。
見世のランクは、抱える花魁の器量のレベルで決まるのです。
吉原の大門をくぐった大通りの西側に並ぶ一流の見世のひとつ。
大見世の松葉屋。
そこの「格子」と言われる「太夫」に次ぐ上位ランクの花魁、夕映。
霜柱とは同じ年の16ほどなのに、輝くばかりの愛らしい姿で一気に出世した少年です。
くりくりとした澄んだ瞳。
紅を塗らなくてもいいほどに赤い唇。
痩せているから折角の着物も着崩れしやすいからだ。
夕映が歩くと、一輪の花が風に揺れるようです。
この吉原で働く「遣り手」と呼ばれる客引きの女性よりも美しい、少年の夕映。

いつもは化粧をして美しく着飾っているのに、どうしたことでしょう。
愛らしい姿には似つかわしくない闇の中にひとりで立ちすくんで。

霜柱が夕刻に見世で見かけた夕映は、綺麗に着飾って客を取っていました。
あでやかな姿に自分の身分を忘れてぼうっとしたものです。
「花魁道中(おいらんどうちゅう)も、いい旦那さんがついたらすぐにできるわい。」
松葉屋の主人が愉快に話していたのも聞いたことがありました。

<確かに。夕映さんは綺麗だ。同じ見世の高尾太夫さんよりも綺麗。>

霜柱は恐れ多くも、この見世一番の稼ぎ頭・高尾太夫よりも格子の夕映のほうが綺麗だと想っていました。
その感情が恋愛に近いものとは自覚していません。
ただ、夕映の姿を見るとこころは騒ぎ。
許される限り見つめていたい夕映が、毎夜お客を取っている事実に胸が苦しい日々を過ごしてはいました。

夕映も女衒に買われてここで借金を返すために体を売っているのです。
一見の客であろうと、なじみであろうと関係なく。
お金を出すもの相手に、その笑顔を惜しげもなく披露しているのです。

もやもやとした気持を抱えたまま、見続ける夕映の姿。
今、暗闇の中で羽織っている金襴緞子にも勿論見覚えがあるのです。
いい旦那さんになりそうな客があつらえたものでした。
部屋にかけられたそれを見かけたこともあります。
その客が夕映に惚れこんでいるのは明白でした。

<嫉妬しても始まらない。花魁が客に惚れるのは、余程のこと。
客が惚れてなんぼの世界。おそらく夕映も惚れてはいまい。>

霜柱は自分にそう言い聞かせます。

手の届かない花魁。愛らしい笑顔の夕映。
まだ口をきいたことのない、花魁。


闇に溶けそうな華奢な体に、声をかけたくなりましたが。
やがて裸足のまま、静かに見世に戻っていくまで見守ってしまいました。

大門のまえで花魁が想うことなど大差ない。
故郷を想う。
親を想う。
そして。ここから逃げ出したいと願うのです。


2話へ続くのでありんす。

花魁です。長いです。コメントくださると嬉しいです。
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