16.16.力を落としていたら、誰かに肩を叩かれた。 振り返ると、帽子を目深にかぶり、胸に十字架の刺繍を施した黒い服を着た神父さんが立っている。……今度は、誰? 「汝、迷える子羊よ。深き寂しさに震える心を私が救って見せよう」 胡散臭いなあ。でも、でもその声は! 「汝の望みを素直に打ち明けなさい。そうすれば、必ずや望むものは与えられる」 間違いない! 帽子に隠れた顔が見たくて手を伸ばすと、細い指がきゅっと絡め取る。 「今こそ救おう。汝の望みは私にあり」 顔が見えなくても指を絡ませるだけで体が火照る。名前を呼ぼうとして、息が乱れた。 「……どんな望みか、わかるのかよ?」 「わかるさ。恋情は、相手に必ず伝わるものだから」 何だか周りがざわついている。 ダンスフロアーにKINGが現れないので落胆しているのか。 皆が求めている人は、今僕の目の前にいる。 こんなに有名人になっちゃったけど、僕の大事な人なんだ。 「汝が恋焦がれる者の名を呼びなさい」 「こんな所で言えるか」 もう、からかっているのか? 「木下千里!」 名前を呼ばれて気がついた。 僕は夏都兄にフルネームで呼ばれたことは無かった。 家族だから呼ばないのが当たり前だけど、ドキドキする! まるでその声に体を縛られたみたい。 これが、感激しちゃうと言う気持なのか。 胸を押さえて動揺を隠そうとする僕の耳元に、ふうっと息がかかった。 「聞かせてよ」 囁いた唇を目で追う事しかできない! 手を握られただけで体が痺れる、奥の方まで感じてしまう。衝動が突上げそう! 「好きな人の名前は?」 「目の前にいる、木下夏都だよ!」 「ふふ。言わせちゃった」 口角が上がったのが見えた。また得意そうな顔をしているんだろう、その顔を見せてよ。 「じゃあ、行こうか!」 帽子を取った姿に、近くにいた人が気づいて叫び声を上げた。 「木下夏都! KINGだ!」 「夏都!」 その歓喜の声に応えるように、神父さんの服を脱いで放り投げた。 現れたのは、バタフライプリントのタンクトップにダメージデニム、お兄系の私服姿だ。 ワイルド、そしてゴージャスでセクシー。 腰の銀の鎖が輝いている。 「おお! 夏都先輩!」 野太い声と拍手が沸き起こる。まさにKINGだ、何をしても称賛されるのか! どよめく歓声に飲み込まれそう、動揺していたら、ひょいと抱き上げられた。 「誰にも触らせないから」 僕を抱いたまま、人の波をかきわけて柵まで来ると、片足で柵を蹴った。 「逃げるよ、千里」 夏都兄の微笑に聞く間も無く、周りの景色がぐるりと回転した。 目が回ったのか? 違う! 夏都兄が僕を抱っこしながら、背中から飛び下りていた! 「2Fなのに! 危ない!」 誰かの悲鳴が遠くなる。 僕だって怖い、白い煙の中に急降下する体をどうすることもできなくて、心臓が喉から飛び出しそうだよ! でも、急に体を押し返すような反動が来た。 「何だ?」 僕の体の下で、大きなマットに倒れこんだ夏都兄が笑っている。 体育の授業の走り高跳びで使う大きなマットだ、こんな物を用意していたなら、先に言ってくれないと! 「笑いごとじゃないだろう!」 その体に馬乗りしながら怒っているのに。 「でも、無事に逃げられたよ」 悪戯が成功して嬉しそう。その笑顔も大好きだけど、こんな悪戯は心臓に悪い。 不覚にも泣きそうになった僕の頭を撫でながら、夏都兄がインカムを使う。 「始めちゃってください」 すると、突然フロアーの照明が消えて耳をつんざく大音量の音楽が流れ始めた。 そんな中をアフロ頭の男達が現れてマットを運び去ると、再び照明が一斉に点灯した。 「本日はー<ジャイル>にご来店いただき、ありがとうございます。それでは体を揺らしていきましょう。いいかな、男子達? ダンスチューン」 王様の仮装をした男前なDJが、3人がかりで場を盛り上げに現れた。 そして先程のアフロ頭の男達が茶目っ気たっぷりに拳を上げると、歓呼の声がフロアーに轟いた。 17話に続きます。 |