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ヒロガルセカイ。

ヒロガルセカイ。

10.

10.

「応接室が空いているから、ここで待っていなさい」
「はあ」
 
応接室のドアを開け、革張りのソファーに座って何気なくテーブルの上を見たら……俺の下着が並んでいた! 
しかも一枚ずつビニール袋に入っていて、いかにも<証拠品>な感じだ!

「ふ、藤江さん!」
 すっかり取り乱して応接室から飛び出した。
「ああ、それ? 間違いなく、きみの下着だよね?」
「藤江さんも買ったんですか? この変態」
「失礼だな。あの店の常連さんに交渉して借りたのだよ。『袋から出さないで』と強く念を押されたけどね。何だろうねえ、臭いが消えるのかな」
 においって……。項垂れていたら甘い香りが漂ってきた。

「はい、どうぞ」
 藤江さんが紅茶とスコーンを出してくれた。
 チーズクリームと苺のジャム、メープルシロップも添えるなんて準備が良い。
「ここ、女の子も来るんですか?」
「どうして?」
「だって、こういうことをされたら、女の子は嬉しがるでしょう?」
 
俺は彼女とデートをするとカフェでスイーツを食べる羽目になる。
それに感化されたのか、今こうして並べられたスコーンと添えものに感激してしまった。

「あまりにも閑だと、下の階のツインテールの女の子を呼んでお茶をするが、蒼空みたいに嬉しがらないよ」
 
スコーンを割ろうとして顔が熱くなった。
そんなに嬉しそうな顔をしたのだろうか?

「社長も嬉しそうだが」
 いつの間にか社長が応接室に来ていた。
しかもクリームを大盛りにして食べている。
早死にしたいのだろうか。

「蒼空。この下着はきみのもので間違いなければ、もう帰っていいから」
「え」
 下着の確認だけの為に俺は……手錠をかけられて? 口での処理までされたのか?
「黒が八枚にブランドものが五枚。どう、間違いない?」
「間違いないですよ。俺が売りました」
「お。開き直ったか」
 藤江さんが余裕そう。

「では、この事実を依頼人であるきみのお母さんに包み隠さず報告していいね?」
「何だって? ダメですよ!」

「どうして?」
 藤江さんは腕組をしながら、俺の一挙一動を見逃さないようにしていた。
観察されているのか?

「息子が下着を売っていたなんて聞いたら、母は卒倒してしまいますよ!」
「ふうん。ま、正論だな。きみはいけないことと知っていて稼いでいたのだから、説得力はないが」
 確かに、俺は危ない商売だと感づきながらも下着を売った。でもこの事実を親に知られたくない。

「藤江さん……は、探偵だから事実を母に報告する義務があるんですね?」
「そう。で、どうする? 可愛い息子の蒼空ちゃん?」
 
唇を指で突きながら俺を流し目で見ている。
あの顔は俺の言いたいことを読んでいるな。
憎たらしい! でもいうしかない。

「嘘の報告を書いて貰えませんか?」
 膝の上で拳を握り、藤江さんの眼を見ながら訴えた。
社長は俺の声を聞き逃したらしく「え?」と耳をそばだてた。

「どう書いて欲しい?」
 そこまで言わせるのかー!

「……だから適当に。深夜のバイトをしていたとか。友人と遊んでいたとか、何でもかけるでしょう? 探偵なんだから」
「探偵は信用第一だよ。本来なら嘘は書けないね。前言を撤回しなさい」

「あ、すみません……」
 頭を下げると「しおらしいねえ」と社長が笑う。
「しかし事情があるから、まあ異例で蒼空の希望どおりに書くとして。それでは下着が無くなった事実もどう説明したらいい?」

「えっ。母は俺の下着が減っていることも相談していたのですか」
「洗濯はいつもお母さんがしているのだろう。 下着が無ければ怪しむよ。どうも蒼空には可愛い彼女がいるらしいね? 子供らしくない交際をしているのではないか・と。そこまでお母さんは心配されているのだよ」
 
母の過剰な心配ぶりも気になるが、俺を斜めに見ている藤江さんに目を見張る。藤江さんの話に何か裏があるような気がしてきた。

「俺に代価として要求するものがあるんですね?」
「そうだね。お代をいただければ書いてあげるよ? さあ、どうする」

「金かー!」
 思わず立ち上がると社長が驚いたようで、紅茶を吹き出した。
すみませんと頭を下げ、改めて藤江さんを睨んだ。

「手付けはいただいたから、次は蒼空次第」
「手付け……? そんなお金は払っていないし。あ、まさか財布から抜いた?」
 慌てて鞄の中を見たが財布の中身は無事だ。
「どうして、そう考えるかな。こんなに魅力的な体をしているくせに?」
 もしかして口での処理のことか……?

「私と契約しようか。一回でいいよ。これなら気が楽だろう?」
「契約って」
「愛人」
「お断りです!」
 俺は鞄を抱えて玄関に駆け出した。
全く、冗談じゃない、男の愛人になるなんて考えられない。

「落ち着け、蒼空。このまま逃げたらお母さんが悲しむ報告書を提出してしまうよ?」
 脇から腕を差し込んで鞄をつかみ、取り上げられてしまった。
「藤江さん!」
「その手首の赤い跡も、何て話すつもり?」
 
大人の余裕が憎たらしい。

11話に続きます。

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