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柊リンゴ

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2008/11/26
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 突然一人になり、足を崩して僕はふと床の間を見た。
「あ……」
 それぞれ高さを変えた五本の白い八重咲きのトルコキキョウが流れを描き、その中心に白いシンビジュームがしなやかに流れに添って咲いている。
艶やかであり独創的だ。
静かな花に生命を吹き込み、動きを感じさせる活け方をするのはあのひとしかいない。
 
 明り障子が開く音がした。あの人だと確信して振り返る。
「夏蓮ちゃん、婆様は寝ていたよ」
 やはり悠弥さんだった。

「楽しい夢でも見ているみたいで、起こせなかった。皆も二次会だとか言って出て行ってしまったね」
 
 悠弥さんは空になった膳を重ねて、使用人が片付けやすいように気配りしている。
この膳は僕が売られる宴の為のものだったが、見事に覆すことが出来たのだ。
僕も小皿をまとめ、座布団を集めて片付けた。

「……悠弥さん。今日は本当にありがとうございました」
「なに。改まってどうしたの」
 そっと手を握る。この体温も声も姿もすべてが愛おしい。

「頑張ったのは夏蓮ちゃんだよ。いつも泣き顔のきみが、ここぞという時に力を発揮した。
見ていて、誇らしかったよ」
 
 あれは僕一人の力ではない。
悠弥さんの支えがあってこそ。そして亡き父が励ましてくれた気もする。
助けられて難局を乗り切れたのだ。
僕は感謝すると共に、もっと強くならなければと思う。

「僕、悠弥さんの元に行ってもいいですか」
「おいで。……迎えに来たって言ったでしょう、もう、泣かないで」
 雫を指で受けながら悠弥さんが微笑んだ。

「来て下さってありがとうございます。お蔭で最高の誕生日になりました」
 床の間の花も、髪を飾る花も、すべて悠弥さんの気持がこめられている。暖かな気持に包まれながら、僕は生きていて良かったと・諦めなくて良かったと喜び、顔を上げた。

「どうか、僕をあなたの想い描く未来に連れて行ってください」
「うん。一緒に行こう」

 


 悠弥さんに僕の住んでいる離れを見せてと言われたので、渡り廊下を並んで歩いた。
いつもは桔梗に追い立てられるように歩いたこの廊下も、感慨深い。

「鯉を泳がせているの。情緒があるね」
 悠弥さんが川を覗いていた。

「ええ。でも一匹桔梗が食べまして」
「うそ。凄いね、あの人」
 食用ではない観賞用の鯉なのに? と、悠弥さんが目を丸くしていた。

「僕もその鯉の姿を毎日見て、気にかけていたのですが」
「ふうん。鯉に嫉妬したのかな。夏蓮ちゃんが大事にしていたから、自分にもそうしてほしくて食べたのかも」
「……そんな。桔梗はそこまで思慮深い人ではないと思いますよ」

(病床の僕の側で無頓着にもがつがつと食事をしていたくらいだ、きっと本気で鯉を食べてみたくなったのだろう)
 
 首を傾げていたら悠弥さんが僕の髪を撫でて「きみは誰からも愛されているのだよ」と耳元で囁いてくれた。
……耳が熱い。
 
 離れの僕の部屋に入ると、悠弥さんは古い蝶番のついた箪笥や漆絵のお盆を見て、良い趣味だと誉めてくれた。

「あ、でも、多分これは元々遊廓にあったものだと思います」
「そう。昔の職人さんも素晴らしい仕事をしていたのだよね。何年経とうと、使えるのだももあるのだね」
 
 自分を育ててくれたすべてのものに感謝したい。
お蔭で僕は良い人にめぐり合えたのだ。

「古い道具には魂が宿るのだよ。この道具に護られたお蔭で夏蓮ちゃんはまっすぐに生きてこられた。ありがたいことだよ。きみも感じていたのだろう、道具に目立つ傷がないね。大事に使ってきたのがわかる」
 
 悠弥さんが触れると物を言わぬ箪笥さえ息づいているようだ。
「肌に馴染むね」と熱心に眺めているので、何故か寂しくなる。
 
 そっと座り、行灯に明りを灯した。
夜具の布団を照らし、じりじりと燃える蝋の芯のように僕の体も熱さを求め始めた。

 悠弥さんは化粧台に置いた簪を手にしている。
珊瑚珠をつけたその簪は僕が一目で気に入り櫛屋から買い求めたのだ。
僕の髪型には似合わないのが残念だが、その磨かれた珠を見ていると落ち着くのだ……。
しかし今、僕はその珠を眺める悠弥さんに焦がれていた。
行灯を隅に置くと、僕は花に惹かれる蝶蝶のように悠弥さんの側に歩み寄った。

「悠弥さん。お布団を敷きますので。あの。……泊まっていかれませんか」
 
 袴姿に寄り添うと、どうしても衣が邪魔をする。
さりと衣擦れの音を立てるだけでなかなか素肌に触れさせてくれない。
体の芯が焦れてくすぶってくる。
衣を通して僕の鼓動を響かせたいと、さらに体をぴったり寄せた。

「汗をかいているの、夏蓮ちゃん」

32話に続く





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Last updated  2008/11/26 04:56:17 PM
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