可愛いに間に合わない(ファッションと猫と通販な日々)

↓前回
第九十二段

★☆★☆

あの時の哀れなあどけない少女の面影が、そこにはあった。

痩せこけていても、愛くるしい顔立ちだった。

今もほとんどかわりなく、大きな愛らしい形の目がジョンを

じっと見つめている。

愛らしくありながら、少なからぬ陰惨な経験を秘めた暗い目だ。

多くの狂気にむしばまれた。

そしてついには、その狂気は彼そのものになった。

彼と自分だけにしか分かち合えないもの。似た過去を持つ者同士だ。

水星での孤児時代。

あるいは難民キャンプでの保護者の居ない子供の辿る運命。

彼以外の誰に語れるだろう。おぞましいあれらの事柄を。

むしろ彼となら何も語らなくても分かりあえた。

ジョンは焼けるように胸が熱くなるのを感じながら、

その熱を込めた目でミックを見返した。

どこにも行けないよ、ミック。

俺たちの任務はまだ終わっていない。

無念そうに言った。

だから、お前もここに俺と一緒に居るんだ。

そしてこれからもずっと一緒だ。

そうとも。お前とふたりなら出来ないことはない。

無敵だ。

『ああ、ゴクウ。』

ミックはその言葉を切なくつぶやきながら、

彼を強く抱きしめ直した。

それから、少し身を離して、もう一度正面からジョンを見つめた。

『俺と結婚してくれるなら、このままここに留まるよ』

そう言った。

ジョンは今出来る限り思いっ切り目を見開いた。

『ミック。。冗談を言っているのか？今はそれには付き合えないぜ』

『冗談じゃない。本気で言ってるんだ』

そうだ。

二人でいる時に限ってなら悪ふざけの好きな男だが、

今ふざけるのは、彼らしくない。

ジョンは、混乱した。

やはり夢を見続けていると言うことだろうか？

『俺かシアンか、どちらかを選べと言ってるんだ』

ミックは言った。

『お前だ。』

ジョンは躊躇わず応えた。

例えばこれが夢だとしても、そう応えるべきだった。

ミックと過ごした日々。戦場で、だけではない。

シアンとは比べものにならない。

そしてミックがジョンのために払った犠牲。

だが、、。

枯渇しかけているエネルギーを振り絞って続けた。

『だが、結婚はできないよ。お前は俺の弟だ。

誰より大切な兄弟だ。』

ジョンは心に素直に言った。

誰であろうと、これほど身近に感じた人間はいない。

血を分け合った存在とは

きっとこんな感じなのだろう。

『兄弟だなんて思った事はないね、俺は。』

ミックは腹立たしそうな悲しそうな声を出した。

そんなことは一度だって思ったことはない。

そして彼は深々と溜息をついた後

『キャプテン。それじゃ』とジョンから身体を離し

『俺は行きます。』と乾いた諦めきった声で言った。

どこへ？

ジョンはミックが離れて、自力で座っているのもおぼつかなく、

情けない声で訊ねた。

決して引き留められはしないと直感した。

彼の不在の寂寞とした予兆が胸に沁みるように広がった。

『もうひとりのキャプテンのところへ』

ミックはにっと唇を左右に引いた。

その唇は血のように鮮やかな深紅で、罪深さにおののくほど

魅惑的に見えた。

ジョンの脳に最近馴染みの既視感とともに痛みが甦った。

それからミックは、嫌がらないでくれ、と言って再びジョンを抱いた。

彼はジョンの唇に唇を寄せた。


長い一日。まだ朝は来ない。


つづく





↓次回
『三蔵、妊娠したってよ』シリーズ第九十四段　～俺たちは本当に可愛いものだったな。～　映画『西遊記之孫悟空三打白骨精』によせて



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『三蔵、妊娠したってよ』シリーズ早見表ってことでヨロシク♪





ウィリアム・フォン、馮紹峰、フォン・シャオフォン、ペン・シャオペン　William Feng 以上全部同じ人（笑）

『三蔵、妊娠したってよ』シリーズ早見表ってことでヨロシク♪


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