前日の補足
前日、言語習得期、乳幼児を母国語以外の言語に慣れ親しませるのは思考力発達の点から問題があるかもしれないということを書きましたが、海外で生まれ育った人の思考力を問題にしているわけではありません。誤解なきよう。要は、一つの言語が幹となって発達できる環境にあればいいのであって、複数の言語が均等なウェイトを持っているような状況に置かれると、1+1が0,5になるようなことが起きるのではないかということが言いたいのです。なお、文節とは、耳で聞いて意味が限定できる最小単位のことだそうです。状況が定まっていないと文節も決まりにくい面がありますね。 はこれでは何のことだか分からない。 ははこれでは「母」なのか「葉は」、あるいは「歯は」以下、多数の「は」と読む漢字のどの意味が入るのか分からない。 しかし、ドラマで何かを言われた人が振り返りながら、耳をそばだてて、 「は?」と言ったなら聞き返している「は」だということが分かるでしょう。このばあい「?」は表情や声色に属する「疑問」を記号で象徴したもので、書き表せない口語分野になるのでしょうか。幼児でも、理由は明確には分からなくても「は?」が成立する状況下で、「歯?」は使われないと分かるのは思考力の賜物でしょう。それゆえ、「言語=思考力」だと言われているのは正しいのではないかと。