カテゴリ:天皇はどこから来たか
中央アジアのキルギス人と日本人とは兄弟だという言い伝えがキルギスにあって、それは古事記に出てくる海幸彦と山幸彦の話ではないか、と以前この連載で暗示した。そして今回は、この民話がバルハシ湖あたりのものであるという仮定で話を進めてみたい。日本国内の出来事として考えると非科学的なお伽話のようでも、中央アジアでの出来事として考えると自然現象として説明がつくのではないかと思うのである。 新しいウィンドウが開いたら、その地図の右下に ポインターを合わせてクリックしてさらに拡大。 『地図で訪ねる歴史の舞台-世界- 最新版』 帝国書院 23-24ページ この民話を知らない人は、最初に《山幸彦と海幸彦(ウィキペディア)》を読むことをお薦めする。 まず、山幸彦が出掛けたワタツミ神(海神)の宮殿の所在地だが、これはバルハシ湖の北にあるバルハシにあったのではないかと思う。このあたりはオアシスなので賑やかそうである。一方、どこから船に乗ったかはわからないが、塩椎神がアドバイスしたのだから、ひょっとしたらバルハシ湖の東部かもしれない。ここは東半分は塩湖・西半分は淡水湖という珍しい湖なのである。 海神の宮殿で釣り針が見つかる経緯については、海神が魚を集めて尋ねるなど確かにお伽話めいてはいるが、合理的に解釈することも可能だろう。すなわち、海神ではなく領主が、魚ではなく漁師を集めて尋ねたのであり、漁師が釣った魚にたまたま珍しい釣り針が刺さっていて、とっておいたのを、領主に献上したというではないかと思う。 さて、海神からもらった潮盈珠(しおみちのたま)と潮乾珠(しおひのたま)は、魔法の珠のように思えるが、これは中央アジアの自然現象を説明したものだろう。バルハシ湖の南には砂漠が広がっているが、ここにはイリ川が流れ込んでいる。この地図には載っていないが、どうやらイリ川は枝分かれしてこの砂漠の下を流れているようである。この地域では、あるときは川が枯れ、あるときは川として流れ、またあるときは洪水のように水が地面から溢れて泥地になってしまうことがあったのではないかと思われる。いつも山幸彦に都合よく自然現象が起こったとも思えないが、そのあたりは単に運のいいヤツが自慢しただけだろう。 このような自然現象はイリ地方だけではなく、中央アジアの砂漠地帯全体に見られたと思われる。楼蘭(ロプノール湖西岸)が比較的有名なのではあるまいか。したがってこの民話は別の地域のものであったかもしれないが、登場人物を考えるとバルハシ湖あたりに舞台設定したほうが説明がつきやすいのである。 海幸彦(ホデリ)は ところで、海幸彦は さあて、このあたりでキルギス人と日本人が兄弟という話と、海幸彦と山幸彦の民話がつながったのではなかろうか。キルギス人は、かつてアルタイ地方にあるエニセイ川上流に住んでいたという。場所は微妙に違うが、騎馬民族であればあっちこっち移動するので、自分たちの民族をアルタイという地名で代表させていたのではないかと思う。 海幸彦と山幸彦の話は、おそらく個人の話ではなく民族単位の話である。とくに、山幸彦である火遠理命(ホオリノミコト)は、高千穂の山の西にある高千穂宮で580年過ごして亡くなったというのだから、とても個人の一生とは思えない。なお、私は高千穂をアフガニスタン北東部に比定しているのでイリ地方とはかなり離れているが、民族レベルでみると原始ヤマト民族は両地方を結ぶ一帯を行き来していたのではないかと思う。山幸彦は、神武天皇の祖父にあたり、彼を神格化する過程で定着した人物と想像されるので、実在の個人として特定するには無理があるのではないかと思う。 最後に一つ付け加えておくと、この民話と朝鮮神話の関連を指摘するものもあるが、ウリナラ起源じゃなくて中央アジア起源のものを朝鮮人がパクったに違いない。(^^ゞ 人気blogランキング ↑この記事が役立った方、またはこのブログを応援してくれる方は、是非こちらをクリックしてください。 無料メルマガ『皇位継承Q&A』創刊!そして、皇位継承問題に無関心な知人の方にも ご紹介・ご推薦いただけると幸いです。 私の第2ブログ「時事評論@和の空間」もよろしく 目次 ブログ散策:天皇制の危機 も合わせて御覧ください。 ブログをもっている人は、ぜひ女系天皇反対をアピールしましょう。一人でも多くの人の目に触れて広く国民に注意を喚起することが大切です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年03月29日 23時32分57秒
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