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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあいと娘3人との5人暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。

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2011/11/08
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カテゴリ:生活

 日本中のひとが、昨日より今日の方が少しでも美しくなったとしたら、日本中は昨日より今日の方が美しい国になるのです。今日よりは又明日がもっと美しくなったとしたら、日本中は又ずっと素晴らしい、美しい国になっている訳です。
 日本中の女性——といっても、それは、実はあなたがた一人々々が、自分をもっと美しくしようと考えて、ほんの少しでも努力して心がけてゆけば、結局はそれが日本中を美しくする……ということになるわけです。
 もっと美しくなろうと考えることは、それは何もこれ以上お金をかけるということではなくて、今のままでも、例えば、どんなふうに着るものの調和を考えたらいいか、あるいはどんな組合せをしたら美しいのか、またこんなところには何を着て行ったらいいか、といったようなことを、一番効果的な結果になるための工夫をするのです。また女性が「美しく」見える時は、美しい着物を着ていることだけではなくて、そのひとのほんのちょっとした女らしい心づかいから、思いがけない美しさが見られるものだということも知っていて下さい。   
       『あなたがもっと美しくなるために。』(中原淳一/国書刊行会
※1)所収



 「中原淳一」(※2)は、女性たちのこころをときめかせる(励ます、ともいえる)世界観をつくった人物である。ほんとうは、わたしのひとつ前の世代が、「中原淳一」の存在との実時間を生きていた。わたしはといえば、姉さん格の友人や先輩の部屋で「それいゆ」や「ひまわり」(※3)に出合ったクチである。坐りこんで、時がたつのも、日が暮れるのも忘れて読みふけった。
 そのまばゆさは、遠い世界のはなしのようでありながら、そのじつ努力によって、自分もそこへゆき着くことができるという気持ちにさせられるのが常だった。うつくしいが華美ではなく、豊かだが贅沢ではなかった。
 久しぶりに「中原淳一」に会いたくなって、本棚をさがすのに、1冊もみつからない。さがしながら、そういえば……と、頼りない気持ちになってゆくのがわかる。
「中原淳一? 知らないなあ」とか、「何をしたひとですか?」と云われるたび、野蛮なこころになって「これをあげるから、読んでみて!」と叫んでは本を押しつけている自分を思い返して。そんなことでいちいち野蛮なこころになったりするのは、「中原淳一」を幻滅させる振る舞いであることをわかっているつもりだ。それでも、知らないという若いひとに、どうしても知らさなくては、と思うあたりで、突如野蛮に、どうかすると獰猛になってしまう。



 本棚に「中原淳一」の本が(あんなにたくさんあったのに)なくなってしまったことを知ったわたしは、また野蛮なこころになりかかって、書店に本をさがしにゆく。とりあえず、かつて自分が持っていなかった本を1冊さがしあてて、やっと野蛮から解放されたのだった。
 その本『あなたがもっと美しくなるために。』のまえがき(掲出の)を読んで、唸る。これは野蛮、獰猛系統のものでなく、しみじみ感じ入っての唸りである。
「中原淳一」を好きなのは、「日本中のひとが、昨日より今日の方が少しでも美しくなったとしたら、日本中は昨日より今日の方が美しい国になるのです」と、堂堂と云いきるところであり、価値基準を「お金をかける」に置かないところ、すがたかたちのおしゃればかりでなく「なかみ」を大事に考えるところだ。
 この本には、主に、おしゃれについての考え方、工夫について書かれている。帽子のかぶり方。替カラー(衿である)のはなし。ハンカチのはなし。端切れでつくる家着。1着の服を何通りにも着る方法。セーターをよみがえらせる方法。などについて書かれている。そればかりではない、あいだに、電話のかけ方、文字を書く練習、坐ったときの姿勢、うつくしい歩き方、清潔な手、ということについてのエッセイもはさまっていて、はっとさせられる。
 その昔、先輩の本棚からひっぱり出した「それいゆ」には、オーバーを2年に1度、3回仕立て替えたなら、6年に3度あたらしい型のオーバーが着られるというはなしがのっていた。また、1着しかないオーバー(グレーか黒を選んで)の衿のあしらいを変えたり、ベルトをするなどしていろいろに着ることができるというはなしも読んだ。
 そういうはなしは、いつしか自分のなかに棲みつくものである。わたしが、30年以上も1着のコート(紺色のロングコート)を気に入って着つづけているのも、「中原淳一」の導きによるような気がする。途中、仕立てなおしの専門家に頼んで肩幅を詰めてもらったり(肩パットもはずして)、裏地をなおしたり(これは自分でした)しながらの30年である。
 紺色のコート。その存在は、わたしに何かを告げている。
 あるモノをいいなあと思う、気に入る。この選びは成功だったなあ、などとも思ってよろこぶ。大事に、できるかぎり長く使いたいなあと希う。
 ここにあるのは、おしゃれのこころ、約しいこころだ。が、それだけでは足りない、と紺色のコートは告げている。おしゃれ単独でも成りがたく、約しさ一辺倒でも成りがたい有り様(よう)を、紺色のコートは告げている。
 何を足すか。それは、手をかけるということだろうなあと思う。ワードローブに置きつづけ、ひたすらに「大事大事」と思おうとしても、やがて着飽きて(見飽きて)しまうだろう。が、修繕や手入れを加え、小物の工夫をすることで(仕立て替えるところまでゆかなくとも)、おしゃれと約しさが手をとり合うことができる。愛着が生まれる。



 なんだか、また、冬のやってくるのがたのしみになってきた。あのコートを着るたのしみがある。ことしは、どんなふうなことを加えよう。昨年は、若い友人から贈られた、渋みの効いた青系のマフラーがコートの衿もとを引き立ててくれた。
 そうそう、そのコートは丈が長いので、駅の階段を上るときなど、前立てをすこうし持ち上げるようにしないと、裾(すそ)で階段掃除をすることになる。そんなことに気を配るのも、愉快。そうしてまた、長さ故に姿勢をよくして着ないと、折れまがった案山子(かかし)のようになってしまう。ぴんと背筋をのばして、歩かないといけない。そんなことでも、冬の相棒とも云えるコートは、わたしを励ましてくれている。



                     *



 長年の気に入りをある日とつぜん失う悲しみのあることを、ことし知りました。そのような目に遭った人びとのもとに、気に入りの1着がまたやってきますように。



※1 『あなたがもっと美しくなるために。』
1958年(昭和33年)ひまわり社発行の『あなたがもっと美しくなるために』を原本にした作品。



※2 中原淳一
1913−1983 画家、人形作家、ファッションデザイナー、スタイリスト、ヘアアーテイスト、作詞家ほか。著述作品も多数ある。



※3「中原淳一」が自ら企画編集した雑誌に「それいゆ」(1946年)、「ひまわり」(1947年)、「ジュニアそれいゆ」(1954年)、「女の部屋」(1970年)がある(カッコ内は、創刊の年)。「それいゆ」は、フランス語のひまわり。 



Photo



左側が、ここへご紹介した『あなたがもっと美しくなるために。』です。
そして、もう1冊、『夫 中原淳一』(葦原邦子/平凡社ライ
ブラリー)がうちにはあります。この本は、若い友人にも渡さず、持ちつづけて
いました。
葦原邦子(あしはら・くにこ)さんは、戦前の宝塚の大スターです。
退団後、あこがれのひとと結婚、夫を支えつづけました。
出版社時代、幾度かお目にかかる機会を得ました。
あたたかいあたたかい、方。おふたりの夫婦愛は、ひまわりのように
思い出のなかに咲いています。

「中原淳一」の本は、どの本を見てもよいと思っています。
これがおすすめ、と選びきれず、「とにかく」手にとってみてほし
いなあと希っています。







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最終更新日  2011/11/08 10:00:00 AM
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