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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあいと娘3人との5人暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。

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2012/05/07
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カテゴリ:生活
 5月3日。
 風を入れようと思って、家の3階へ上がる。主のいない子どもたちの部屋を覗くと、どの部屋も時間が止まっている。カレンダーが4月のままになっているのだ。  
 長女の部屋の「不思議の国アリス」のカレンダー、二女と三女のそろいのカレンダー(こちらは動物の親子の写真)をそれぞれめくって、5月にする。
「アリス」は白うさぎの懐中時計の絵から、白うさぎの家(なかに、大きくなっているアリスの目が見える)の絵にかわった。動物の親子はアフリカゾウの親子から、キタキツネへ。春に生まれた子ギツネが、5月、巣穴から出て野原で遊びはじめている写真だ。子ギツネときたら、お母さんの尻尾を口にくわえている。かわいらしいったら、ない。
 カレンダーをめくりながら、暦当番だわ、わたしは……と得意な気持ちになってくる。これをめくってはじめて月がかわるのだとしたら、ほんとうにたいした当番だ。

 もしも……。 
 と、得意の妄想がはじまった。

                     *

 5月になったというのに、暦は4月のままめくられていないのです。
 ——たいへん、たいへん。
 けれどふと、暦の端にのばしかけた手が止まりました。
 もしも……、このまま暦をめくらずにおいたなら、という考えが浮かんだのです。ふみ虫は、暦をめくらずにおいたら、そのあいだは4月でも5月でもないのじゃないかと考えています。
「月と月のあいだの、不思議の国」
 とつぶやいたら、なんだかぞくっとしました。
「不思議の国のアリス」のおはなしのように、裁判にかけられ女王に「この子の首をちょん切ってしまえ!」と云われたり、トランプに追いかけられたりしては困るし、竜宮城に行って帰ってきた「浦島太郎」が知るひとのないさびしさから乙姫さまから土産にもらった玉手箱をあけて……みたいなことはもっと恐ろしい、と思うのです。
 けれど、けれど。これは、滅多には訪れない冒険の機会ではないでしょうか。そうですとも。置いてあるクスリ(お菓子もありましたっけ)を無闇に飲んだり(食べたり)しなければ、約束を破って玉手箱の箱を開けたりしなければ、きっと大丈夫。
 ふみ虫は、暦をそのままにして外に出かけることにしました。ほんとうは、学校の宿題をしなければならないし、ピアノの練習もしなければならないのでしたが。せっかく月と月のあいだの不思議の国にいるのです。宿題なんかしている場合ではありません。ピアノも、後まわしです。
 公園に行ってみました。みどりの公園です。この季節、みどりは湧いてひろがってゆきます。波がみどりに立ってゆく、という感じです。
 冒険だと思ったせいでしょうか、晴れているのにふみ虫は長靴を履いてきました。みどりの波の上をじゃぶじゃぶと歩きます。
 波の上に、ひと際濃いみどりの群生をみつけました。クローバーです。手でかき分けかき分け目を凝らすと、四葉のクローバーがみつかりました。
「あ。せんせい」
 ピアノをおそわっているパトリシアせんせいが、ハスキー犬の政宗を連れて散歩しています。ピアノの練習をせずに出かけてきてしまったことを思いだし、ちょっとどきっとしました。
 パトリシアせんせいが、ふみ虫に気づきました。たしかに気がついたのに、いつものように「あら、ふみ虫ちゃーん。こ・ん・に・ち・わ」と、歌ってはくれません。パトリシアせんせいは、話すときでも、歌うように話します。とてもきれいな高い声で、ラララというふうに話します。
 パトリシアせんせいが愛してやまない(それがどうしてなのかは、訊いたことはないけれど)仙台の武将「伊達政宗」に因んで名をつけた犬の政宗も、なんだかいつもとちがいます。いつもなら、ふみ虫に気がつくや、飛びかかってくるのです。
「ふみ虫、ふみ虫、ふみ虫」
 と、吠えながら。
 時には、飛びかかられてころげてしまうほど、政宗は大きな犬です。その政宗が、知らん顔しています。
 ——政宗、政宗。パトリシアせんせい、パトリシアせんせい……。
 と、ふみ虫はこころのなかで叫びますが、とうとう、ふたりは行ってしまいました。
 さみしくなって、とぼとぼ公園をあとにします。公園近くの駄菓子屋「くるりん」をおそるおそる覗きましたが、おじさんはふみ虫を見ても、「新鮮な麦チョコあるよ」とも、「生きのいい酸イカ(烏賊)、入荷!」とも、云ってくれません。ただ、にこにこしているだけでした。
 ふり返ると、公園に同級生のツムちゃんの姿が見えました。でも、「ツムちゃーん」と呼ぶ気には、とてもなれませんでした。
 気がつくと急ぎ足で家に向かっていました。
 長靴をひっぱって脱ぎ捨て、自分の部屋に飛びこみます。暦の端をつかんで、ぱっとめくり上げ、5月をひらきました。
 玄関から、お母さんの呼ぶ声が聞こえます。
「ふみ虫、ツムちゃんがきてくれたわよー」

 ポケットをさぐると、四葉のクローバーが入っていました。
 ——不思議の国の四葉のクローバー、ツムちゃんにあげようっと。
 ツムちゃんとふみ虫は、5月の空の下に出かけてゆきました。

ブログままごと/オムレツ.jpg
3日おくれで、子どもたちのカレンダーをめくったとき、
子どもの部屋で、こんなのをみつけました。

その昔、ままごとをちくちく手作りしているひとと出会いました。
それがあんまり素敵でね、真似してつくってみたオムレツ。
あとにも先にも、たったひとつのオムレツです。

暦当番のおかげです。
こんなになつかしいモノと再会できたのも。






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最終更新日  2012/05/08 09:53:04 AM
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