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カテゴリ:生活
「そろそろ、やろうぜ!」 と母が云う。
なぜだか、「あれ」に誘うとき、決まって母は「やろうぜ!」と云う。 ふだんはていねいなことばで話す母が、「やろうぜ!」と云うと、だから、どきっとする。 どきっとするのは、それを合図に気力をあつめなければならないからでもある。どきっとして、あわてる。 母が誘う「あれ」とはGAME (ゲーム)だ。 ——ほんとにやるのー? と、誘われるたび思う。気後れして。 「そろそろやろうぜ!」 「わたし、麻雀(マージャン)がいいな」 と長女が答えている。 ——ま、麻雀? 気後れに次ぐ気後れ。 「麻雀牌(パイ)、出してくるな」 と父が云うのが聞こえる。 長女とふたり、わたしの実家に泊まりにきている。 夕方から入浴し、お酒をちょっと飲んだ。つづいて素朴だがやけにおいしい夕食を食べたあと、そのときがきた。 どういうものか、父も母もGAMEが好きで、人数があつまると、いつの間にかそれがはじまる。小さいころからそうだった。ダイヤモンドゲーム。百人一首。花札。トランプ。マージャン。 ときには、それらが国際試合になる。 母が長年つづけてきた留学生の母親運動(YWCA )の、アジア・アフリカの留学生を交えて車座になってトランプや花札をするのである。ことばもまだよくわからぬ、不馴れな他国での生活に緊張している留学生が、GAMEをはじめるなり、胸の中心あたりの塊(かたまり)を溶かしてゆくのを幾度となく見てきている。片手を挙げルールについて母国語混じりの日本語で質問したり、同じGAMEの自分の国のルールについて説明しようとしたりする。その熱っぽさたるや、つい数時間前、「ハジメマシテ。タイカラキマシタ○△□デゴザイマス。ドーゾ、ヨロシクオネガイシマスデス」などと自己紹介していたのとは別の人物のようだ。 GAMEの成績は、参加したひとの名前とともに帖面に書きこまれる。GAMEに誘うのと、この帖面つけが母の役目。おそらくこの帖面は、母の宝ものだろう。 帖面をめくると、わたしのかつてのボーイフレンド、昔夫だったひと、いまは会う機会がなくなってしまったなつかしい名前がある。こんなところで古い名前と再会するのは、いかにもくすぐったい。 ——どうか、元気でいてください。 ページを繰りながら、ぴりりと祈る。 ところで。 今し方麻雀牌をとりに行った父が、裏側が麻雀のマット面になっているテーブル板もいっしょに運んできて、すっかり準備がととのった。 わたしも中学生のころ、麻雀をおしえこまれたが、さいごに実際に打ったのは10年ほど前ではないかと思われる。それで、 ——ま、麻雀。 と、怯(ひる)んでいるのである。近年おそわって、実戦も経験している長女が満面の笑顔で両手をこすり合わせているのとは、えらいちがいだ。 88歳の父、83歳の母、27歳の長女と卓を囲んでいると、胸が軋(きし)む。歳月の重みが軋ませるのである。年老いた両親を心配する気持ちは、ことにからだに納めにくく、苦くせつない。 しかし、場の風が変わるころには、こすれ合って音を立てていた苦いものせつないものが均(なら)されていた。自分の「手」にこんがらかるたび、父に、 「ちょっと見て。これ、どうしよう」 と相談する。 GAMEに誘うのと、帖面つけが母の役目であるのに対し、ルールをおしえるのは父の役目だ。弟とわたしのみならず、孫である子どもはみんな、父からGAMEのルールをおそわった。 「どれどれ。……ああ、もう、こういうのはどんどん切ってゆくことだよ」 「ともかく▲と●待ち。がんばってつもりなさい」 相談するたび、父はきっぱりとわたしの迷いを吹き飛ばす。 「ふみこちゃん」 と母が、めずらしくちゃん付けでわたしを呼ぶ。 困ったような、猫撫で声。 「それ、ロン」 「えーーーー」 中学で英語の「GAME」という単語をおそわったとき、綴りをローマ字読みの「ガメ」とおぼえてからというもの、GAMEを「ガメ」と密かに呼ぶようになった。うちでするどんなGAMEも、生きものみたいだったからだ。「ガメ」はたしかに家に棲んでいた。 「前頭葉を鍛えるために……、いまでもときどきふたりだけで麻雀をするのよ」 と母がおっとりと云う。 「ふたりで4人分やるの?」 「そう。ひとりふた役」 わたしが育った家に「ガメ」の棲んでいたこと、じつはものすごいことだったのではあるまいか。わたしの前頭葉もすこしは鍛えられていただろうか。いや、そんなことではない。 ……ありがたきかな、「ガメ」である。 古い古い麻雀牌です。 象牙製で、重みがあります。 この日は母が大勝しました。 何度、母に「ふみこちゃん、ロン」と云われたことか。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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