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自分は何もせず ただボーっとしているだけで やってあげているように思い込める。 犬は一緒に行動する者を仲間として信用する。 自分は何もせず 犬だけ動かすボール投げや 自由な走りをいくらやらせても 人と犬との心的距離は縮まらない。 それと同じように 「慣らし」によって犬にだけ苦労させ 自分はただ眺めているだけと言うパターンでは 犬は飼い主を信用することが無い。 「慣らし」が大して効果が無い (「慣らし」の対象には有効に見えても それだけに有効なのであって それが他に応用が利くわけではないということ)のは 犬のそうした思考パターンにより 犬は孤独感から解放されていないからだろうと思う。 一つの事象を共有することが 人と犬との心の距離を縮めるのには必要なのだ。 体を使うことから逃げる横着さや かけるべき時間や手間を お金で代用したり 他の犬にお任せにすることは 自分と愛犬のかかわりを自ら放棄しているのと同じこと。 自分が御互いのかかわりを放棄していながら 犬にだけ自分達の言い分を理解してもらいたいとか思うのは はなはだ身勝手で自己中心的といえる。 犬は犬から学ぶといって 自分の犬を犬任せにする人や お金を払ってトレーナーに自分の犬の教育を丸投げにしてしまう人と言うのは 自分から必要な関わりを放棄しているわけだから 犬が自分を見てくれないとか 飼い主に対する認識が薄いとか そんなことは当然の結果といえる。 そうした直接的に対象とかかわれない 横着や自信の無さ 感情の欠如 コミュニケーション認識の薄さと言うのは 満たされて育ったり テレビやビデオ、ゲームなどを与えられ 直接親や友達と 体を使って一緒に遊ぶという経験が無かったりした人なのかなと 思ったりする。 世間では、愛情に満たされて育つと 感情や愛情の豊かな人が育つと考えられている。 しかし、これまで見た限りでは 満たされて育ったものほど そこが欠けている。 ハングリーでない方が そこの価値に対して認識が薄い。 世間はそんなことも理解していないよなと思う。
積極的に強く出て行けない人。 必要な緊張感を維持できない弛緩した人。 そういう人が「慣らす」という思考に走りやすい。 慣らすというのは 何の技術も思考も強さも必要としないで済んでしまう。 自分は何もせず ただボーっとしているだけで やってあげているように思い込める。 が、そうした消極的な内容で得られるものは それなりだということに気づかない。 犬の躾と言うのは 今行った努力が 今形になって見えるものは はっきり言って「まやかし」でしかない。 きっちり積み重ねたものは 何故だか数年後になって その効果が現れる。 そういうものなんだなと知っている人は 今形にならなくても焦らないし迷わない。 それが経験と言うものだなと感じる。
自分を含めて人間というのは 言っている事とやっていることに矛盾が一杯ある生き物だ。 それは社会的な対面によることだったり 自分の身勝手さや欲が知らずとそうさせている場合も多い。 が、それと気づいたときに 自分がどのように対処するかが 自分の自信の有無に繋がっていくのだと思う。 自信とは。。。自分を信じる力。 信じられる自分であるように暮らしていけば 自信は自らの内に育っていく。
ブリーダーと言うと シリアスホビーブリーダーが一番良心的という風に 世間では評されていたりするのだけれど、 私はどちらかと言うと 「ホビーブリーダー」ではなく シリアスであっても それを仕事として行っている人たちの方が安心感がある。 ホビーブリーダーは どうしても繁殖回数が少なかったり 元犬が海外で作り上げられた犬で 自分たちが作ったという犬ではなかったりすることから 繁殖に関する情報量が足りていないようなイメージがあったりする。 (あくまで私的な印象であって 実際は研究熱心な方もいらっしゃることだろう) そこを補うのは 元犬のブリーダーさんとの親交の深さだろうと思うが 本当に信頼のおけるブリーダーさんと交友のある方と そうではなく ブリーダーのカモとなって 軽くあしらわれていることに気づかずに居るという方との開きは大きく それというのは それぞれその方たちが持っている 人と接するときの姿勢の違いや 自身の勉強の深さの差なのだろうなと思ったりする。 謙虚だけれど勉強熱心であるという方は 先方のブリーダーさんも 末永くお付き合いしようと やはり誠実に対応してくださるのだろう。 現にそういう方は 将来の繁殖に繋がっていくような 非常に良い犬を譲ってもらっているのが解かる。 が、変にプライドが高かったり 表面的なお付き合いしか出来ない人や 物事の見方が偏りがちで 自分の好みや感情が優先されるようだと 本来必要なものは何かというのが見極めにくくなるから 知らずとカモになってしまうことが多いのは 何処の世界でも同じだ。 先日遊びにいらっしゃった方たちと話していて ブリーダーと一口に言っても いろんなスタンスがあるけれど それを強いて分類・表現するとしたら どんな表現方法が解かり易いだろうかと考えたりしていたが 今日、サラブレッドの馬主と調教師、 それ以外という風に分けると 解かりやすいかもなぁと思ったりした。
問題犬の更正を手がけていると 普通のしつけ教室などで行なわれている 「犬を良くするための手法」をいくら学んだところで 普段の生活における 「犬を悪くする習慣」「犬を悪くする関わり」というのを辞めない限り 犬は良くならないどころか 新たに導入した手法が 効果が出ないことで 犬側に耐性が出来てしまって それ以上に効果を出せる内容を探すことが困難になるという弊害を感じる。 しつけに悩む多くの飼い主さんたちが トレーナージプシーとなって流れてくるのは この耐性によって 最初は効果があるように思えていたことに 効果が見えなくなって逆行したことによる。 犬が元の問題犬に逆行してしまうと もっと別の方法が無いだろうか?と探し回った挙句 やりつくしてしまった感に陥り途方にくれる。。。というパターンだ! そこで、見たくも無い偉く嫌味なうちのサイトを しぶしぶ覗くことになり アクセスしてきたりする。 それというのは 悪しき習慣をそのままにして 良くする方法を学ぶためで 本当は 悪しき習慣を排除していけば 良くすることなど学ばずとも 悪くしている原因がなくなるのだから 自動的に良くなっていくものなのだけど、 悪しき習慣を行なっている者が飼い主本人であることから 指導者がそこを突っ込んで言えなかったり オブラートに包んだ言い方をするから 飼い主がそれをしっかり理解できなかったり はっきり伝えたことで飼い主が怒って去ってしまったりということから 自動的に犬をよく出来るはずのところを 逸している飼い主というのが大半だろうと思う。 だからいつになっても 喫煙を続けたままサプリメントを摂取している 頓珍漢健康オタクのような おかしなことを続けてしまうのだけど 問題犬の更正を手がけていると ときどき他のトレーナーから こちらが飼い主さんたちに示している内容というのは 相手が「問題犬」だからでしょ?という見方をされることがある。 そう思ってしまうトレーナーさんは 失礼ながら犬と言う生き物が解かっていらっしゃらないのだなと感じる。 問題がありありだった犬が良くなれるということは 普通の犬に行なえば 普通の犬は極上の犬に成れるということなんだよね。 問題犬がよくなったのは 犬の本能とか思考回路とか そうしたものに合致しているからで 犬の根本に働きかけたかかわりだからだということが解かっていらっしゃらない。 そういう勘違いというか 思い込み?というのは 繁殖という行為に携わっている人たちの間にも多いなと思う。 この行為が仔犬には必要だ!と思って 良かれと思って繁殖者が行なっている行為というのが 後々問題犬に成長する要因を作っているということが少なくない。 問題犬の更正を手がけてみれば、 何が犬を悪くするのか?ということの傾向が見えてくる。 が、人間が気持ちよくなれる 人間的観点からの「良かれ」という思い込みによって わざわざそこを強化していたりするのは 犬を知らないとか 問題犬と関わったことがないからだったり 犬を擬人化していたり 自分の願望であることに気づいていなかったりということによる。 繁殖する行為というのは 他人に譲渡する犬を作出していることが大半で 自分の手元に残す子犬というのは この世に生み出した仔犬のうちの 極一部でしかない。 そういうことを行なうには まず問題犬というのが 何故問題犬に成ったのか? それを直すのには何が必要なのか? そういう犬にしないためには 何をすべきで 何をしてはいけないのか? という そうしたことを理解してから関わって欲しいなと思ったりする。 世間が考えている 「これが仔犬には必要だ!」という内容が 問題犬を作る大きな原因になっていることがとても多い。 それは犬を見ずに 自分たちの「良かれ」の気持を優先していて 善い人に酔っていることによる。
自分の人生を他人が演じてくれているのだなと思う。 あんな生き方をすると 損失が大きいのになぁと思うことが多い生き方をしている他者の行動は 神様が 老い先短い自分に 時間の節約を示してくれたのだと解釈する。
![]() この子等が無事に育って オーナーさんたちに 大いなる幸をもたらす子になりますように!
感情が豊かな人は 一見冷徹な人に見えるかもしれない。 それは捨拾選択の中から 大切なものだけを選び抜く目を持っているため 不要なものを切り捨てていける思い切りの良さを身につけているためだ。 一方、一見優しげに見える人たちと言うのは 案外感情が未発達で 普段は世間体を気にして その未発達さを悟られないように 取り繕っているだけで 選択の機会を得ない温い暮らしに生きているため いざ厳しい状況に追い込まれると それまで優しげなことを語っていた口から そんないい加減な言葉が出るとは思えないような びっくりさせられる言葉が飛び出てきたりする。 そういう追い込まれた状況になったとき ナンじゃこりゃ!?と驚かされる言葉が出る人ほど 普段は軽薄な表面的な優しさで物を語る。 |一覧| |