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テーマ:好みのタイプ(83)
カテゴリ:ほどよく
長澤まさみさんにはきっちりとしたカクテルドレスが、よく似合う。
はやりのキャミソールなんかの弾けた若さの格好はそぐわない。 濃い紫で、肩をはだけた大人の雰囲気のカクテルドレスがよい。 ルージュも強い真紅だ。 背伸びといわれても仕方がない、大人びた格好。 それでも、彼女は堂々とするのだろう。 襟を正したような色気。 コケティッシュという言葉では軽すぎる。 ノーブルさ=気品が彼女にはある。 長澤まさみさんのブレイクは、ちょっと悔しい。 全然注目してなかったから。 最近にしては珍しく長澤まさみさんは映画からキャリアを踏んできた女優さんだ。 「ロボコン」「阿修羅のごとく」や「世界の中心で愛を叫ぶ」などなど。 CMやグラビアから火がつく女性タレントが多い中、ちょっと異例だ。 そして、CMに登場したときはすでに売れていたのだ。 悔しい。 視界の外から大穴の馬がゴール前で先頭集団を指しきった競馬くらいの屈辱だ。 当たり馬券である長澤まさみを外した僕は、悔しいかなハズレ馬券を宙に舞い上げることでしか、僕は不満を発散できない。 CMでは長澤まさみさんはエプソンもいい。 最近では僕が一番よかったのはカルピスのCMである。 ちょっと、ぬいぐるみが羨ましい。 …ちょっと、じゃなくてかなりだな。 カルピスのCMではありそうだけど、絶対にいない、そんな子を演じている。 さて、ノーブルと言えばノーブレス・オブリージュという言葉がある。 貴族は貴族らしく、貴族たる責務があるという意味だ。 長澤まさみさんはこれからの日本の映画とかを背負っていかざるえないだろう。 僕は彼女はいともたやすくても自然に責務の階段を上っていくように思う。 彼女の品には無理したところがないからだ。 つまり、親しみやすさとか、ナチュラルさも失っていないところだ。 昔の映画出身の女優さんも品があった。 作られたような品だった。 よく言えば世間を超越しているし、悪く言えばわざとらしい。 うがった見方をすれば、裏で何をしているかわからないような、かしこまった雰囲気。 でも、長澤まさみさんは少し違う。 彼女の品は自然に育ってきた雰囲気がある。 外側から規定されたのではなく、内側からにじみ出てくる。 きっと、この子は普段もこんな感じなのかな、と思わせる雰囲気。 順調に伸びてきた風格。 品と自然体の同居。 これが、長澤まさみさんと同世代の女性タレントを分けている特長なんだと、僕は思う。 女優としては難しい年齢に差しかかる長澤まさみさんだけど、ノーブルさをきっちりと育てて、さらに魅力的になって欲しいものだ。 ※もっと、「なんだかなー」なら『目次・◎好みのタイプ』まで お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年04月17日 00時42分59秒
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