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もうすぐ、12月だ。
街の樹木には美しいイルミネーションが施されるのだろう。 きっと、幸せそうに男と女が手を繋いでいるのだ。 あまりにも遅くまで飲んでいたので、僕と女性はタクシーに乗った。 でも、それは幸せとかそんなのじゃない。 単に遅くなっただけの話であり、僕はお客だったのだ。 女性の家の前まで送って、そこから僕とタクシーの運転手だけになった。 僕はタクシーの運転手と話をするのが好きだ。 物知りも多い。 人生も変わっている人が多い。 リストラに遭遇したり、定年後に過ごしている人も多い。 一応サラリーマンをして、給料をもらっている僕からすると、別の視点からモノゴトを眺められるからだ。 もっと、正直に言おうか? 落ちた視点、下の眺めが面白いからだ。 タクシーは小さな路地をくぐって、交通量の多い場所に出た。 もう、タクシーさえ走っていない夜中だ。 ばさばさと僕は髪を掻いた。 「おっさんですね」運転手に僕は言う。「こういう事しか、楽しみがなくって」 「いいじゃないですか、お客さん」慣れた調子でタクシーの運転手が言う。「いつも、がんばっておられるんでしょ」 「そうですね、寝言を言うくらい」 仕事が忙しかったり、なにかあると僕は寝言がひどい、らしい。 上司との話だったり、客とやり合っていたりするようだ。 「寝言ですか、私もサラリーマン時代は寝言が多かったみたいですよ」 「やっぱり、上司の文句とかですか。どこに勤めてられたんですか」 「照明の有名な企業があるでしょう。クリスマスなると、みんな行くでしょ」 「キレイなんでしょうね。行ったことはないですけど、イイ企業じゃないですか」 僕はそのタクシーの運転手をリストラされた人だと思っていた。 だから、グチとか、恨み言が寝ても続いていたのかなと。 でも、そういう具体的な話こそ、面白いのだ。 だから、続けて聞いた。 「寝言って、どんな寝言だったんですか?」 「土下座が多かったみたいですよ。ごめん、すまんって。でもね、あと、2人しなきゃとかも、言ってたらしいですよ」 「あと二人?」僕は言い返した。 「その月にクビを切る人間の数ですよ」運転手さんは笑いもしなかった。「だから、女房は辞めて安心したって。泣いて喜んでましたよ」 「ただ、給料は悪くなるでしょう?異動とかも…」 「なかなかね、できないですよ。外国とか、買収先に乗り込んで行ってるから有名になっちゃってるんでね…」 「そうなんですか。大変なんですね」 「でも、私は生きてますから。あの時期は年に2-3件も同僚の葬式をみちゃってましたしね」 言葉が続かない。 タクシーはしばらく走る。 ラジオがちょっとだけ、心地よい。 やがて、タクシーは僕の家の近くで止まった。 出る直前だった。 「だからね、お客さん」 「はい」 「バカに騒いで、ちゃんと寝て下さいね」 さて。 その夜、僕はちゃんと寝れたのだろうか。 寝言はなにか言っただろうか。 わからない。 ただ、わかるのは、朝起きたら僕は一人だということだ。 寝言を聞く人も、泣いて喜んでくれる人もいない。 ※もっと、「なんだかなー」なら『目次・◎日々の「なんだかなー」No2』まで お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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