☆ナポレオン1世ナポレオン一世(仏皇帝1804~14.15)ナポレオン・ボナパルト(Napoléon Bonaparte)は1769年、コルシカの貴族の子として生まれた。若きナポレオンはフランス革命時には砲兵士官として活躍した。革命政府である総裁政府の軍司令官として頭角を現し、1799年第一執政に就任する。 数々の戦勝の後、政変を成功裡に収めて1804年、ついにフランス皇帝となる。皇帝としてのナポレオン1世は10年余に渡りヨーロッパに多大な影響を与え続けた。 特に彼が指揮した数々の戦争はパリの街路の名などに形跡を残している。 ・1800年6月14日“マレンゴの戦い” ・1805年12月2日“アウステルリッツの戦い” ・1806年10月14日“イエナ=アウエルシュタットの戦い” ・1807年6月14日“フリードランドの戦い” ・1809年7月5-6日“ヴァグラムの戦い” ・1812年9月7日“ボロディノの戦い” ・1815年6月18日“ワーテルローの戦い” (ナポレオン戦争に関して間違いがあれば御教示いただければ幸甚です) 彼は革命の諸事業を受け継いで完成し、「ナポレオン法典」で「個人の自由・法の前の平等・思想の自由・私有財産権の不可侵」などの民法の整備を果たすなど非凡な政治力も兼ね備えていた。 しかし、対英大陸封鎖および1812年のロシア遠征に失敗し、1814年に一度退位を余儀なくされエルバ島に流された。翌1815年帰国、世に言う「百日天下」を実現したが、ワーテルローの戦いに敗れ、セント=ヘレナ島に流された。ナポレオンは1821年にこの島で没することとなる。 (le 30 juin 2004) 次のページへ ホームへ |