カテゴリ:日本回顧録~準備から滞在~2004年夏
今日からほぼ全社員がバカンスから戻ってきて、いよいよ仕事にエンジンがかかった。
と書きたかったが、戻ってきたのはまだ約半分の社員。そして、真剣にデスクに向かっていると思えば、旅行の写真をみている。 でも、通勤途中と、社内で気付いたのは、今年はそんなに日焼けしている人が多くない。 いつもは、イタリア人か、アルバニア人かわからないぐらい真っ黒なひとたちが街にあふれるのに。 2人のあまり日焼けしてない同僚に聞いてみた。 「日焼けはお肌に悪いのよ、だからいつも海でもパラソルの下にいたわ。」 なるほど。やっと日本人のように帽子をかぶって、Tシャツを着て海に入るまではいかないけど、美白に目覚めたか。 「今回は小さい子同伴だったからねえ。。。いつも夕方から1時間ぐらいしか海に行けなかったのよ。」 そういえば、私もジェノバでそうだったし。わかる、わかる。 でも、そんなひとたちばっかりじゃ、ないと思うんだけど? ****************** 前の日、よりちゃんが即席で描いてくれた「わたしとおっと」。(私の姿、初公開!!) 親戚と別れた夜。 おっとに「湿布薬」と書いたメモを持たせ、はじめてのおつかいに、新横浜駅前の薬局まで出した。 何をやっていたのだか、すごーく時間はかかったが、おっとは、無事任務を完了して意気揚々と帰ってきた。 フロントでもらった痛み止めを飲み、湿布を腰にベタベタ貼って、おっとに支えられてベッドに横になる。 「。。。これじゃ、明日は動くの無理だね。どこに行く予定だったの?」 ぽつりとおっとが言う。 「デ、ディズニーランド。あさっては富士山。」返事をするのに腹筋を使うのも痛い。確かにこれじゃ、無理だ。 「ねえ、おっと。」声を振り絞る。 「あのさあ、調べたんだけど。富士山って遠いし、範囲が大きいから1日じゃ無理そうなんだよね。 光子力研究所も「樹海」っていうところにあって普通の人は入れないんだよ。(いいかげん) だから、明日は動くの無理そうだし、あさってディズニーランドにだけ行って、奈良に帰ろう。」 「そう。。。あした、やっぱり動くの、無理?」 おっとの目がきらりと光る。ちょっと、嫌な予感がした。 次の日の朝。 腰の痛みはだいぶ取れた。これで、この日、1日動かなかったら、完全に回復しそうだった。 わたしはすっかりそのつもりでベッドでTVをみていた。おっとも最初は一緒に観ていたが、すぐに飽きてそわそわしだした。 「ねえ、ほんとに今日、どこにも行かないつもり?」とおっと。 「行かないんじゃなくて、行けないよ。」とわたし。 嫌な予感は的中した。「あのさあ、きのう薬局の帰りにいろいろみてたんだけど、横浜、おもしろいよねえ。君が行けないなら僕、ひとりで出掛けていいかなあ?」 「え~、でも新横浜なんて、駅前しかみるとこないし、行くんだったら横浜でしょ。」 かなり、不安になりながら行き方を教え、携帯とホテルの名刺を渡した。 おっとはスキップをしかねない勢いで出かけて行った。 心配だ。。。でもその心配はすぐ消えた。 30分もしないうちにおっとが、半べそ状態で戻ってきた。「駅まで行ったけど、横浜往きが、どのホームかわからないんだよ。誰に聞いてもわかってくれないし。。。どうしよう?」 はあ~。。。ため息が出た。 そうだよな、今まで私がガイド兼通訳をやっていておっとは付いてきているだけだったし。横浜も言うまで東京じゃないって、わからなかったしな。 はじめてのお使いが出来たから気が大きくなっていたが、横浜までは複雑すぎたらしい。 「ねえ、どうしても一緒に出掛けられない?」懇願するようにおっとは聞く。 この落ち着きのない大型犬のようなおっとに1日一緒におとなしくベッドに居ろ、というのは土台、無理な話である。しかたがない。 「映画を観に行くだけだったら、一緒に行ってもいいよ。」と出掛けるはめになってしまった。 新横浜から横浜までは近いが、乗り換えなきゃいけない。ひとりで行かせなくて正解だったとつくづく思った。 横浜に着き、とりあえずルミネまで行ったらなんでもあるだろうと、まずはリトルイタリーに昼ごはんを食べに行った。 リトルイタリーとはイタリアンレストラン街で、創設当初はたくさんのイタリア人が働いていて(一時、友人もバイトしていた。)、結構本格的だったのだが、今はイタリア人のひとりもいない。メニューも和製イタリアンにかわっている。 そして、どこも高い! すっかりそこでは食べる気を失くして、映画館のあるジョイナス方面へと向かった。 ジョイナスはルミネから、とても遠かった。(知ってたのに忘れてた。) この腰で歩くのがだんだんつらくなっていく。。。歩くのを極力さけるための映画鑑賞だったのに。 やっとの思いで映画館に着く。観るものは決まっている「シュレック2」。 イタリアでは12月末の公開なのだ。先に観れるものは観とけ、である。 次の上映まで時間が少しあったので、すぐそばのモスバーガーでライスバーガーを頼んだ。 おっとはおっかなびっくり注文したものの、これ以来、ライスバーガーの虜となった。 モスバーガーはあんまりメジャーじゃなくてやれやれである。マクドナルドほどチェーン店があちこちにあろうものなら、この日より私までモスバーガーの日々しか送れなかっただろう(笑)。 「シュレック2」はおもしろかった! 最初は日本語吹き替えで浜ちゃんの大阪弁のシュレックを観、次にオリジナル音声でアントニオ バンデラスのかわいい長靴を履いた猫に虜になった。 もう一度観たかったが、おっとが飽きてしまったのでやっと外に出た。(私は気に入った映画は10回ぐらい立て続けにみても平気である。) おっとは、1度映画館に入ったら、何度でも映画が観れることと、そして朝から映画を上映していることに感心していた。(ちなみにイタリアは1回きりしか観れないし、夕方からしか上映しない。) おっといわく「これで、他の映画も1枚の入場券ではしごできたら言うことないのに!」 まったくそうだ。映画館関係者様、是非ご一考、下さい。 映画館を出ると6時。あたりはもう薄暗い。日本は日暮れが早いな。 おっとが付近の電気屋街を見ている間、ミスドで座って待つ。おっとはミスドの虜にもなった。 映画館でずっと座っていたおかげで、だいぶ腰はマシになった。これならたぶん、次の日のディズニーランドも大丈夫だろう。 次の日はディズニーランドである。(楽しい旅行のはずが苦行にかわりつつある。) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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