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プレの森へようこそ!![]() ![]() (写真は東ベルリンにある動物園Tierparkにて) ![]() なかなかきちんと整理整頓されたプログになりませんが、気長にいきたいと思います。プレの森も草ボウボウの空き地状態、少しずつ水やり草抜きに来なくては。 プレの森の日記 [全215件]
こちらへ来て八百屋の野菜の種類がバスクと多少違うと気がしてきました。 ここでいうカタルニアとは、プレの住んでいる某小さい町。 小さい町でも、大きい市場があり、八百屋も10件くらいありそうな規模。 そこから見て気付いたことです。 しいたけ。バスクの八百屋では常に入荷していてマッシュルームの上にいつも レギュラーで並んでいました。その名も「SHITAKE(SHITAKI)」。 こっちでは、シイタケは注文すると数日後に入荷してくれているけど、 ヘナヘナしいたけでサイズもバスクより半分以下。 こっちの八百屋のおじちゃん「このシイタケのにおいがキツくって 俺はダメだねー」 バスクの八百屋では、シイタケはAroma(アロマ)が格別だと褒めていたのに。 一般的にバスクの方がキノコ類をよく食べると思う。 バルのつまみもキノコがたくさん使われているし。 カタルニアはもっぱらキノコといえばマッシュルーム? ブロッコリー。ここカタルニアの大手スーパーには常備しているが、 八百屋や市場にはあんまりお目にかからない。特に夏。 今月も市場の八百屋何件かまわったけど、あったのは カリフラワーだけ。 常備はしていないのかな? 白菜。バスクの八百屋でも常備はしていない所多し。でも 注文すると、翌々日くらいには入荷しといてくれる。 こちらの八百屋では、注文したものの、翌週「(卸し市場?)探して みたけど、なかったよ」アジア系八百屋以外では入手不可能。 さつまいも(Boniato)。これはどこの八百屋でも常備。バスクでは なかなか見かけなかった。 バスクでのイメージは「さつまいもは中南米で食べられるもの」 秋になると、カタルニアでは焼き栗の屋台と並んで 日本みたいに焼き芋の屋台も出てくるので、これは 日本人にとって嬉しい限り。 更に感動したのは、 パン屋の釜戸でも焼き芋を焼いて、焼きたてを売っているということ。 安いし、ホクホクと柔らかいし美味しい! 市場の総菜屋やスーパーでも焼き芋売っていました。 大根。 バスクでは注文をして数日待たねばならないけど、 こちらでは常備。プレの住んでいる町の「地産地消」の八百屋 (数キロ先の大きな畑で農作物を作っている小さな八百屋)にも いつも入っています。 冬になると鍋が食べたくなりますが、 白菜なかなか手に入らないから、ちょっと難しいです・・・
エスパーニャ全体で言われている 「カタルニア・ネガティブキャンペーン」 (つまりカタルニア人についての悪口など) 仲の良いとされているベレー帽国でさえも、 プレは時々耳にはしていました。 実際、こっちに来て2ヶ月ほど暮らしていますが、 そんなに悪い人達か?むしろカタルニア人って、 フレンドリーだし感じいいんじゃない?という印象を持っています。 プレが住んでいる町が小さい町で、 カタルニア首都のバルセロナ市ではないせいかもしれない。 大きい町ほど人々は忙しないし「変な人」率が高くなる。 エスパーニャで言われる元凶みたいな人にお目にかかりました(笑) こういう人に何人か出くわすと、 なるほど、ネガティブキャンペーン言われるかもね・・・と。 市場で人気のお総菜屋にて。 たくさんの人が待ち札なしで待っているので、 「最後の人は誰ですか?」と聞いて待たねばならない。 プレの後に来た40代後半くらいのおばちゃん。 おばちゃん、着いたとたん最後の人は誰かと聞いて プレに「今から私、他のところで買い物してくるから 私の順番とっといてよ!」と。 これも、今から思えばカタルニア語だったのかも。 こういうのは、よくあることなんで、 「分かりました」と普通に返事。 しばらくして、 プレの番が来て注文していたら、 そのおばちゃんが戻ってきて なんだかカタルニア語で長々と私に言ってくる。 最初プレは、そのおばちゃんの「スペイン語」が聞き取れなかったのかなと 聞き返していたけど、カタルニア語だったみたいだ。 このおばちゃんも自分で考えてみれば、 私の後なんだから、 おばちゃんの順番はまだだし、 誰も順番抜かしなんかするはずないのに、 何か焦っているらしく、私に(威張った感じで)まくしたててくる。 おばちゃんの言ってることを聞き取ろうとしていたら、 おばちゃんカタルニア語で (多分こんなこと言ってるんじゃないかな、言葉分かんなくても 言ってることは想像出来るよ) 「あんた、 私の順番来たのかって聞いてるのよ!! 聞いてんの!? ほらっ、私の順番(怒)! ちょっとー、答えなさいよー!何あんた、 私の言っていること(私のカタルニア語)分かんないの!? フンっ 話にならんわ!」 この口調と表情。 お店の人も、このおばちゃん仕方ないわーっていう顔をプレにしてきた。 最初おばちゃんが来た時に私が「分かりました」と 「スペイン語」で答えていたのに、 戻ってきた後で、どうしてカタルニア語が分からない、 (どう見てもアジア人顔の)外国人プレに スペイン語で繰り返して聞かないのか。 そこまで臨機応変に出来ないし、スペイン語が通じる外国人と 気づかなかったのかもしれない。 外国人でもカタルニア語が話せて普通だと思っているんだろうか。 まぁ確かに住むところの言語を学ぶのは普通のことだけど・・・。 最後にプレがそのおばちゃんに(スペイン語で) 「ご心配なく、私の後の人には、あなたが買い物に行ってすぐ 戻ってくるからと言っておいたんですよ」 と言ったら おばちゃん「あ、そう」 どこの国へ行っても、こういう人はいる。 カタルニアだからとか、日本だからだとか簡単には括れない。 プレは日本にいた時でも バスに乗っていた変なおじさんに 「折角日本語教えてやったのによぉぉー、おまえ国へ帰れ!」って 言われたことがある。 こういう人達は一部だと思うけど、 何人か似たような人に連続して会うと この土地の人は・・・とイメージ化に繋がっていってしまうのだろう。 買い物の後、ちょっと気が重くなり、 気分転換に(今日はロバが柿の木プレスクールの日) 商店街のカフェに入り、コーヒーを飲みました。 そこのカフェは、ちょっとホモかなと思われる兄ちゃんウエイターさんがいて、 いつも爽やかに挨拶してくれるので、 気分転換になりました。 彼もカタルニア人だと思いますが、 えらい違いだ。 結局は個人個人でしょうねぇ・・・。
こちらで初めての小児科定期健診が9月初旬にありました。 同じパスポートの「エスパーニャ国」ですが、 自治州によって保険証が異なってくるので、これは厄介。 こっちの自治州の公立病院外来に聞くと、 異なる自治州の保険証でも、救急外来と小児科の定期健診・予防接種は 受け入れOKらしい。 プレとロバは私立の保険に入っているので、 小児科は私立のクリニックに行くことになりました。 今度の小児科の先生は年配のおじちゃん先生。 バスクの公立病院・私立のクリニックと異なり、 今回だけなのか、診察室には看護師さんがいなく、 一人で看護師さんのする仕事(身長・体重を量ったり)もしていました。 でも看護師さんがいないと、母親が子供の服の脱がせ着せをしなくては いけないので、一人で小児科の先生に質問したり、指示を聞いたりを 同時にするのは結構大変でした。 おじちゃん先生、感じはいいのですが、大雑把。 身長体重を測定し予防接種をした後は もうこれで終わりって感じ。 こちらから質問しないと 1歳半からの食事の指示はなし。 「もう大人と同じもの食べられるよー(前の先生では 蜂蜜とドライフルーツは禁止だったのに)」 (もちろん)プレが質問した後で 「哺乳瓶はまだあげて大丈夫、あー普通の牛乳も飲めるからねー」 あと朝ごはんはミルクだけでなく果物とかパンをあげてもいいと。 これもプレがあえて(朝はミルクだけで足りているのかと)質問した後。 「あー歯磨きねぇー、まだしなくていいです。物分かりがついてきた 時に始めたらいいでしょうー」 予防接種を打つ腕はすごく良いのですが・・・。 前の小児科の先生はプレとそんなに年が変わらない女医さんだったのですが、 「プレさんが御自分のお母さんに質問するように、私にも色々聞いて下さいね」と 初めての子育ての不安を良く理解してくれている方でした。 日本に里帰り中も何か分からなかったらメールで聞いてくださいとか。 あの先生が良すぎたのか・・・。 今まで日本の育児書でなく、その女医さんの指示通りに離乳食プランを 進めてきたおかげで、今までロバは病気をしたことがなかったし、順調だった。 なんか今度のおじさん先生の食事プランや歯磨きの指示に、 プレは今一つ納得出来なかったので、 その女医さんからセカンドオピニオンをメールで伺うことに。 女医さんは、そのおじさん先生の指示は正しいと言いながら、 やはり歯磨きは今から始めたほうがいいと言っていました。 あと、1歳半からのおやつも、今まで通りの果物プラスヨーグルトではなく、 ヨーグルトは昼食後のデザートで、 おやつは果物とハムかチーズサンドなどにするようにと。 今まで好き嫌いななく全てぺロリと食べてくれていたのに、 食べムラが出てきた。 全く受け付けないものが多くなってきて、 その日食べたものはパン・プレーンヨーグルト・ごはんのみという時も。 おかずが難しい・・・ 果物も今まで大好きだったバナナも駄目。 でも1歳半にはよくあることらしいので、あまり気にせずに乗り切ることだとか。 ・・と小題を付けましたが、プレはこの小さな町しか知りません。。。 だけど、バスクの頃と比較してみました。 バスクにいた頃は、皆さん早く社会復帰するので 赤ちゃんも保育園に入れるのが普通。 入れない人は、バスクの家族文化ならではの 「スープの冷めない距離」に住むおじいちゃん・おばあちゃんに 赤ちゃんの世話を頼む。 そのおじいちゃんおばあちゃんが近くにいない(バスク人から 見て)「可哀想な」人は、お金を出してベビーシッターを頼む。 よって、公的な育児支援機関をプレはお見かけしませんでした。 こちらに越して来てから、 商店街のお肉屋さんや公園のママさん達から 「公立の育児支援センターがある」と聞きました。 柿の木プレイセンター、 又の名を 柿の木保育園?? カタルニア州とこの町の自治体が運営している。 公的な経済援助だから、費用もそんなにかからない。 その柿の木育児支援センターは 幾つかの担当に分かれている。 一つ目は:柿の木保育園(またはプレスクール) 対象は仕事を持っていない母親と(4ヶ月から3才未満の)その子供。 規則は1週間に最大2日、午前か午後の3時間。 二つ目は:柿の木プレイセンター 毎日午後、保護者付き添いで、1才以上3才未満の子供達が インストラクターと一緒におもちゃで遊んだり、お絵かきしたりする。 これは月毎に申し込まなくてはいけない。結構人気らしく、 プレ達は待ちリストで空きを待っています・・・。 その月毎ではなく、毎月1回「催し」があり(要予約)、 10月末には栗祭りのお菓子作りが予定されている。 三つ目は:保護者向けの育児・教育講演会・懇談会。 今年は未だ未定らしい。 とても小さい建物ですが、柿の木が中庭にある静かな雰囲気です。 規模も小さいので、保育士さんは二人。 一つ目の柿の木保育園は、行く日を毎回予約しなくてはいけない。 最大人数が10名なので。 ロバが1歳半になり、 昼はプレと二人っきりの生活も煮詰まる時があるので、 そろそろロバも他のお友達と遊びたいだろうし、 家では出来ない思いっきりお絵かきや 家にはない色々なおもちゃなどで遊べるだろうから、 ロバの生活のアクセントになるだろうと 柿の木プレスクール・保育園に週2回通うことになりました。 初めての日はもちろん、号泣。 プレの顔を見せてはならないと、早足に去りました。 「なにかあった時には(どうしても泣き止まない)電話して、 迎えに来てもらいます」 だからプレも3時間、バルセロナ市にはいけません。 結局はこの近所に留まることに。 でも母親が去った後は、忘れたように普通に遊んでいたらしい。 この3時間はあっと言う間で、 結局は落ち着いて家事が出来る時間で終わってしまいます。 唯一「自分の為の時間」といえるのが、 バルで新聞を読みながらコーヒーを飲むという。 20分間の至福の時間・・・ 保育園に行くというのは、 色々な子から風邪ももらいやすくなるということ。 今回初めて、ロバはどうやらもらってきたみたいです。 でも保育園でなくても公園でももらいやすいから、 仕方ないですねぇ。。。 こうやって、免疫力もつけていくようになるんでしょうか。。。 と1才半のメモのはずが、長くなってしまいました・・・。
引越しを終え、何とか落ち着いた頃の週末。 どこに行きたいかと聞かれれば、動物園! 特にここの県にはプレーリーがいる動物園があるとのこと。 エスパーニャの動物園又は自然公園でプレーリードッグに会えるところは マドリッド、カンタブリア、そしてここ! 行ったのはもう1ヶ月前くらいになってしまいますが、 こんなプレーリーがいましたと写真報告を・・・ 午前中はベルリンの動物園のプレーリー達と同じく、 巣の穴の中にいて、プレーリーコーナーは閑古鳥。 午後から巣から出てきてくるらしく、見るなら昼過ぎでしょう。 だから午前中は象やフラミンゴなど他の動物を見たほうがいい・・・ ![]() 他の動物園や自然公園にいるプレーリーより肉付きがいいです。 昔飼っていたラッちゃんに似ていて思わず懐かしくなってしまいました。 (ペットと違って自然に住んでいるプレーリーはスマートさん) ![]() ![]() 本来のブログのテーマが久々書けて嬉しいっす・・・
約半年のクマ単身赴任生活とプレ・ロバの半母子家庭生活にピリオドを 打とう、その絞めは引越し。 引越しは日本でもゲルマンでも同じ市内でも同じ通りでも、この国でも 何回もしたことがありました。 (同じ建物内の引越し・ミニミニ引越しは日本の大学寮で何回したか これは寮の規則だったんですけどね ・・・ということは引越しのベテラン? そんなことは全くない。 昔のような一種の「気分リフレッシュ、新天地への好奇心」感も少なくなってきて、 面倒くさいと思うようになってきた。 段々、腰を上げるのが思くなってきた。。。 阪神大震災後、お年寄りが同じ町だけど、違う地区に 住むのはストレス、長年住み慣れたところを離れるのはストレスだと 聞いて、 「そんなもんなんだ」と思うだけで、実感がなかなか湧かなかった。 学生だったら引越し面倒くさいと思うだけなんだろうか。 子連れだと、同じ引越しでも 面倒くさい以外にも、引越しは体力・精神的にエネルギーが要るなと 実感することがある。 まず、今まで育んできた「子連れでの交流」、つまり ロバを可愛がってくれた近所の人や公園のロバのお友達、更にはお店のお得意先の人達、 そしてクマの家族と お別れしなければならないというのがつらかった。 今までの仕事を辞めなければならない、こちらの友達とも しばしお別れというのも、悲しいことだけど、 ロバ関係の交流にお別れが一番残念だったかもしれない。 赤ちゃんがいる引越しをするには 一番のネックが、この赤ちゃん。 家にいると、引越しの準備が出来たもんではありません。 赤ちゃんが寝た後で、少しずつ夜に準備したらいいかもしれませんが、 クマは単身赴任でいないし、プレのもの一人だけのものではないので・・・。 やはり一番いいのが 赤ちゃんを誰かに預かってもらって、その間に短期間集中引越し準備をする。 埃だらけの家にいるのも良くないですし、これが一番。 おばあちゃんやおじちゃん、近くに親戚がいなければお金がかかっても、 ベビーシッターさんや 託児所に預かってもらう。 親戚宅での長所は、赤ちゃんのお泊りも出来るということ。 ロバも2泊出来まして、赤ちゃんにも親にもお互い助かりました。 でもやはり、 普段から物を少なくしておくことが一番! 毎回の引越しでしみじみ実感しています。。。(とほほ) でも小さい子がいると、物がやはり増えていくんですよね。。。 更に、大きい旧居から小さい新居に引越しというのが 引越し後の整理整頓に追われる日々に。 新居は収入スペースが限られている。 入るところがない!もうベッドの下にスーツケースなどを ギュウギュウ詰め込んでいます。台所もオーブンの中に 入りきらないフライパンを置いているし。 パスポートは同じエスパーニャ、だけど 北のバスクという「異国」から、今度はまた地中海のカタルニアという「異国」へ。 言語は、プレの住んでいた町ではバスク語はあまり使われていませんでしたが、 今度の土地は、現地語カタルニア語が強い所。 やはり。プレの新しい町(バルセロナ県の某町)の市役所のHPは なんとカタルニア語表示のみ。 スペイン語訳もありません・・・ひょえー つまり、分かって当たり前なんでしょうか。 挨拶も「Bon Dia」 プレは「さようなら」のバスクバージョン「Agur]に 慣れきってしまっていたので、 「おっと、Agurじゃなかった・・・Adeuだった」と 口に手を当てることが多し。 でも外国人も多いようなので、スペイン語を話せば 向こうもスペイン語で答えてくれるようです。 カタルニア語だらけ飛び交っているーっていう訳でもなく、 両方聞こえる、バスクのよりは現地語をよく耳にするけど、 スペイン語で話す人もいれば、カタルニア語の人もいるって感じでしょうか。 現地に適応した生活スタイルを まず気候:日本海のバスクと瀬戸内海のカタルニア。 気候も全く違います。 まず暑さ。 とにかくジリジリ暑い。 公園に子供を出す時間も考え物です。 まず午前・午後と日陰が出来る子供の遊び場所をチェック。 蚊も多いので、蚊のなるべくいない公園を探す。 公園巡りは引越し後翌日から毎日開始。 公園や周辺にはフンが多い! 公園巡りのチェック項目は 日陰だけではありません。 その公園で遊んでいる子供や親の雰囲気、 遊具はその年齢に合ったものか、 そして、ここに来てチェックしなくてはいけないもの: フン 犬、猫、ハトのフン。(プレの新しい町に多い・・・いつも下を 見ながら歩かねば) 何故なら、カタルニアの公園造りがそうなのか、 公園の殆どは砂や砂利で出来ています。 ![]() バスクの公園ではお見かけしませんでした。 ![]() 公園の地面に注目です (落下事故防止のプラスチック・ゴムみたいな素材で守られています) バスクの親は子供の落下事故など清潔さを大事に思っているのでしょうか。 砂遊びが出来る場所は殆ど見られませんでした。 ロバも初めての砂・砂利遊び。 さっそく、お砂遊びセットを購入。 免疫力も付くし、自然に近い遊びの環境、手の感覚・・・と聞く 砂遊び。 でも、気をつけることが多し。 動物の糞の寄生虫が移る可能性があるので、遊んだ後は 公園の水道で手洗い。 バスクでは子供に可愛い靴や服を着せていた親が多かったですが、 このバスク流公園スタイルでは、こっちではやっていけません。 プレやロバの持ってきた服や靴は、もう砂・砂利の公園遊びでボロボロ。 見ると、こっちのお母さん達のスタイルは潮干狩りに行くようなスポーツ系。 汚れも気にしないような服・サンダルが一番。 更に、こっちの近郊列車は 車内乗車・降車の際に階段があり、駅もエレベーターがないところが。 プレの町の駅もエレベーターなし、長い階段のみなので、 折り畳み簡単で、肩に掛けて運べるベビーカーに買い替えました。 ベビーカーでは重いイメージがあるので、イメージトレーニングで 「チェロケースを肩に掛けて子供を抱っこして階段を上る」と いきましょうか・・・。 楽器だとなんとか、やっていけるような気もする・・・。 そして両手が空くように、バッグではなく、リュックに。 もう毎日が遠足・潮干狩りスタイルです。 こうして、1才半になろうとするロバと こちらの新生活に慣れていこうとするのでありました・・・
本当に今年は色々なことが起こってしまった。。。 そして、それらの事がフェースブックで知るということも。 10年前までは考えられなかったことだ。 良い意味でも、そして悲しい意味でも。 今回はプレの友人アーニャに捧げたいと思います。 3月11日の津波と原発事故。 テレビのニュース速報、現実だとは思えない惨さの映像を目の前にして プレは真っ先に仙台に住んでいるウヌニコさんとその旦那さんを思いました。 安否確認しなきゃ!ウヌニコさん、ノジヲさん(旦那さん)、お願い生きていて!!と 半パニックになりながら、連絡先を探しました。 そうウヌニコさんたちは仙台に引っ越したばかり。 いただいた年賀状に新居の連絡先が書いてありました。 電話、電話・・・でも繋がらない。勝手に自分の頭では ウヌニコさん達の家が津波に流されてしまったのかも・・・と更に半狂乱に。 もちろんあんな大惨事の中では、インターネットなんて出来やしません。 誰か安否を教えて! 思い浮かんだのが、フェースブック。 ウヌニコさんのフェースブックには、確かお姉さんもいた記憶が。 そのフェースブックでお姉さんにメッセージが送ることが出来て、 すぐにお返事が。お二人の命は無事でした。 更にフェースブックの掲示板で、お姉様が ネット環境にいられないウヌニコさんに代わって 色々と報告をしてくれまして、 いやいやフェースブック、 お友達とワイワイだけではなく、 こんな安否確認に一役買ったんだなと感心しました。 ・・・と感心していたら、 またフェースブックを通してのことが。 でも今回は悲しいことで。 まさかのことで。 プレの友人が亡くなったのですが、 それも、その友人のフェースブックを通して 分かったのです。 彼女はドイツ人で、 ドイツ人の多くは、スペイン人とかに比べると あんまり友人同士でフェースブックに頻繁に 書き込みはしないので(掲示板とかは政治や動物愛護が テーマなのが多い。プレのドイツ人の友達に限ると)、 彼女が最近書き込みしていないのは 全く気にとめることはありませんでした。 最後に私が彼女の掲示板に書き込みをしたのは 5月の初め。 彼女が5月か6月頃にお母さんになるとは前から聞いていました。 掲示板には、彼女の赤ちゃんのエコー写真が。 プレも「おめでとう、早く見てみたいなー」とコメント。 その後そのコメントに返事をしてくれることは、ありませんでした。 プレものん気に「生まれたら、しばらくはフェースブックどころで ないだろうし、落ち着いたら出産報告があるでしょう」と思っていました。 でも現実は。 そのプレがコメントをして1週間経たないうちに 大変なことが起こっていたのでした。 たぶん、コメントした翌日か数日後には「それ」が 始まっていたのかもしれない。。。 プレの友人アーニャのお母さんは、プレの母の友人でもあります。 母親同士、手紙のやり取りをよくしていました。 プレの仕事が始まる10分前、いつものように メールチェックしようとしたら 母から短いメールが。 「アーニャがお産で亡くなったそうです、かわいそうに!」 急いで、彼女のフェースブックを開く。 そうしたらなんと1ヶ月以上前に亡くなっていることが判明しました。 「こと」の始まりを確認するため、今にも嗚咽しそうになる口を手で押さえつつ、 クリックして下のページに行く。 そうしたら、アーニャの旦那さんが短く亡くなった報告をしていた。 更に、いとこがアーニャのお葬式の案内(こっちの新聞に出ているような)を スキャンしたものを添付していた。 それを見て、プレは「何かの悪ふざけか?」と一瞬思ってしまった。 本物のお葬式の案内なんだけど、なんか偽造したような感覚に。 ドイツ人のアーニャの友人が何人かドイツ語でメッセージを残していた。 ドイツ語が分からない彼女の外国人の友人は掲示板に 「一体何が起こっているの!?お願いだから英語に訳して!!!!」と書き込んでいた。 その上には、アーニャのいとこが英語で アーニャに何が起こったのか一部始終を説明してくれていた。 このいとこは、プレは知らない。 そういえば、1ヶ月前にプレに彼女から 友人リクエストが来ていたけれど、プレは反応しなかった。 最近、知らない人からリクエストが来ることもあり、プレはそういう人達には フェースブックの友人にはしないと決めていたからだ。 今から思えば、アーニャのことで連絡を取りたかったのに違いなかった。 そう、プレが最後にコメントしてから約1週間後に・・・ いとこによると、 アーニャは急性膵炎(すい炎)で緊急入院。 その急性膵炎は、妊娠中だったからこそ発見出来なかったものらしい。 まず、お腹の赤ちゃんを帝王切開で生まれさせた。 その後、アーニャは集中治療へ。 膵炎の他に敗血症も合併し、 数週間意識不明の状態が続いた。 そして5月の末、アーニャのお父さんと旦那さんが立ち会う中、 延命治療装置のスイッチが切られたそうだ・・・。 いとこは「せめてもの救いは、彼女はずっと麻酔がかけられていたので 痛みはなく、そんなに苦しんで亡くなったのではないということだ」と言っていた。 その後、そのいとことフェースブックで連絡を取るようになりました。 プレの母と連名で白いお花を送り、 その届いたという写真もフェースブックを通して送ってくれました。 アーニャのご両親は年配なので、メールとかは書きません。 その両親に代わって、いとこがフェースブックでプレにメッセージを送ってくれました。 いとこはアーニャのお葬式の写真も撮っていて、 「これらはアーニャの子供が大きくなったら、お母さんに何があったのか 教えてあげるために撮ったのよ。でもプレさんも 良かったら、見てあげてください」 お葬式の場にはいられなかったので、 その写真を通して気持ちを共有したかった。 自分自身の目で見たかった。 でもアルバムのリンク先を開けるのが怖かった。 見てみると、開ける前の一種の恐怖が吹っ飛んだ。 「そうだったんだね」と 素直に受け入れられることが出来ました。 日本のお葬式と同じで、セレモニーの後は お食事会の様子の写真もありました。 お茶とケーキだけだったみたいですが。 アーニャは森の木の下に埋められました。 大きな森の 大きな木の下に。 そうだね、アーニャ。 アーニャは、その木になって、 その木の葉っぱにもなって、 そよ風に吹かれて、葉っぱになったアーニャは自由に飛んでいくでしょう。 真っ白になる雪景色の長い冬には 積もる雪に思いを託し、 雪が思いを風に託し、会いたい家族のもとへ、友人のもとへ行くでしょう。 又は、雪の中、静かに静かに 木の幹となって、思いを馳せているでしょう。 木になったんだね、アーニャ。 いつか絶対そこで会えるよね。 会いにいくね。 いつかそこでピクニックでもして、色々お話しようね。 アーニャのフェースブックには 今でも友人が時々、アーニャが生きているかのように 掲示板に書き込みをしています・・・
久々にブログへ立ち寄ることが出来ました。 なにしろ3月から私的なことで色々起こって、 なかなかブログで近況報告出来ず、プレの森のページは 雑草だらけの草ボウボウ。 今回もメモ的に: 3月からクマの(これまたエスパーニャ異国赴任地への)単身赴任 生活が始まりました。 単身赴任と言っても、週末だけ帰ってきてくれるので 半年全く会えないという訳でもなく、 「本当の」単身赴任とは言えないかもしれません。 プレとロバとの半母子家庭生活が始まったのでした。 そこへ、偶然プレの友人がとある理由で同居しに来ることに。 同居といっても、彼女用のプライベートな部屋はありません。 彼女は居間で寝泊まり。 彼女は彼女で色々な事情があり、そういう中で プレとロバとの(赤ちゃん半母子家庭)新生活に彼女も入っていくことに。 赤ちゃんとの生活は朝型。 夜は早く、朝は早く。 彼女は仕事上、夜型生活。 夜遅く帰宅、朝遅く出勤。 よって、同じ家で生活していても、顔を合わさないこともあります。 子供がいると、生活リズムが違う人と同居するのは 簡単とも言えないことも多々あります。 しかし、お互い家にいる時間が重なれば、 「今日どうだった?」 「明日の予定は?」 と声掛けも出来るし、 赤ちゃんとだけ話す家での一日だけでなく、 大人との会話も出来て精神的に助かります。 (ロバが寝た後、ネットをするより、 この彼女とおしゃべりすることが増えた) それに、やはり夜、誰かがいるのといないのとでは 違ってきます。 この3月からクマの単身赴任生活で 思ったこと: なんせ体力が要る(お風呂が一日の最大イベント) 一人でやりくりするので、時間配分をいつも 頭の中で考えておくこと(老化防止になりそうだ) ロバがいると昼間は料理なんかしていると 私のズボンを裾をつかみながらギャーギャー泣かれるので 料理はロバが寝た後、夜に限る。 ロバの前で料理したり、電話で話したり、パソコンを 使ったりすると、怒られる・・・不思議です。かまってほしんでしょう。 (結局、家事は何が出来るのか!?) さすがに後追いは落ち着き、ちょとした間シャワーを浴びたり、 掃除は出来るようになりましたが・・・。 ロバは家にいると機嫌が悪くなってくるので、 一日2回は公園に行く。 公園の世界が分かってきました。 私はプレという名前でなく「ロバちゃんのお母さん」。 公園の大人たちも同様。個人個人の名前でなく、 「・・・ちゃんのお父さん」 ここの公園世界は面白い。 午前中は働くお母さんが多いので、 公園で子供をあまり見かけない。 保育園に行っているのだ。 でもたまに、保育園に行っていない赤ちゃん・子供もいて、 そういう子の世話はたいていおじいちゃん。 道を歩くとおじいちゃんが乳母車をよく押しています。 おじいちゃんがブランコを押している。 午前中に顔を合わすメンバーはたいてい似たり寄ったりで、 ママ友(ママは仕事でいない)でなく、 こっちでは「じーちゃん友達」が出来る。 よくお父さんも子供の世話をしているけれど、 失業率の高いこの国だから・・・なんでしょうか? ママ友より、おかしいことに 「じじ友」「パパ友」の方が出来やすかった。 午後の公園は、仕事帰りのママ・パパ達で大賑わい。 ブランコや滑り台も順番待ちが多いほど、子供も沢山。 午後がひやひやするのは、 ロバや他の子のおもちゃの取り合い。 1歳ちょっとでお友達と仲良く遊べるはずがない。 まだまだ自己中心的。 「ゆずる」のが出来るのは2歳過ぎた頃なのかもしれない。 だから、近所の4歳の子がロバと遊んでくれる時は 揉め事も起こらず、安心なんだけど、 ロバと同じ年の子と一緒になると、 必ずと言っていいほど、思い通りにいかなく、 かんしゃくをおこし、大変。 大人たちは「あーこのおもちゃ、ロバちゃんも使っていいよ、 どうぞどうぞ」と初対面でもよく言ってくれるのだけど、 肝心の子供達が 「ワタシノ!」「ボクノ!」と 大騒ぎ。 ・・・・と最近の近況でした。。。 |一覧| |