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-0-01【妹姫】-


初稿:2008.05.21
編集:2022.08.19
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※プルミエールSIDEです

0-01【妹姫】




「アリエッタ~~~っ!!」

 澄んだ早朝の空気に周囲の閑静など一切はばからない元気な声が木霊する。

「ふぇ!?」

 兵士詰め所で、寝ぼけた碧色の団栗眼がゆっくりと開く。 それは、年の頃十二・三歳のまだ幼さを残した少女だった。 その容貌とは裏腹に、不釣合いなほど大きく発達した胸元が目を惹く。

「う~ん……」

 寝ぼけているのか、少女の瞳は焦点が定まっていない。 曲のある栗色髪を撫でながら石造りの室内をきょろきょろと見回す。 そこは聖アルジャベータ守護騎士団、通称“ガーディアン”の居館―――アダマストル本宮殿を取り囲む城砦の一部であった。
 ガーディアンとは、若い娘だけで構成される、大陸最強の娘子軍である。 団員にはアダマストル正規軍とは違い、国家の威信にすら優先すべき血務が与えられている。 それは、聖アルジャベータ公会の精神的象徴であり、殉ずるべき存在でもある“聖女”の血を守護する事。 その特務は全ての事項に優先されるものであった。 公国各地から集められた団員候補生達は、幼き頃より公国と教会が共同で設けた娘子軍養成学校に入り、騎士として必要な技術、神官として学ぶべき知識を叩き込まれる。 そして、中でも心身共に優れた成績を修学したものだけが、ガーディアンの一員となることが許されていた。 高潔優美、才知と武勇共に優れたガーディアンの存在は、アダマストル公国のみならず、近隣諸国の娘達にとっても憧れであり、その一員となることは大変な名誉だった。
 もっとも、現在ガーディアンの面々は公国の特務に召集されてこの場には居ない。 未だ見習い騎士の身分である少女―――アリエッタ・ルーンフォルテだけが、兵士詰め所で待機を命じられていたのだった。 普段は団長であるミルフィーナの小間使いとして随伴しているのだが、今回の任務はよほど重要な案件だったらしく留守番を任されていた。 要は足手まといを連れて行く余裕がなかったのだろう。 元々、アリエッタの存在は例外中の例外であり、本来、ガーディアンには未熟な騎士見習いを置く制度はない。 この少女が、ガーディアンに推薦された経緯はかなり異質なものであった。
 アリエッタはアダマストルでも有数の良家の末娘として生を享けた。 物心ついて間も無く、公国の第二王女の相談役として公家に仕えることになる。 それは公国への忠誠の証として、悪く言えば人質のようなものであったのだが、有力貴族の庶子が公家の女官となることは、この時代珍しくはなかった。 アリエッタは第二王女の話し相手兼、護衛として守護騎士団の心得を学んでいるのである。

「アリエッタ~~~っ!!」

 再度、自分を呼ぶ聞きなれた声。 小気味よく石畳を打つ足音が兵士詰め所へと徐々に近づいてくる。

「はわっ」

 アリエッタも声の主にようやく合点がいったようだ。 長机に垂れた涎を袖口で拭い取り惰眠を貪っていた痕跡を消し去る。 それから、慌てたように扉口へと駆け寄ると、頑丈そうな蝦錠に鉄製の閂を填めこもうと試みた。 だが焦っている為か、はたまた不器用なのか、いや、恐らくその両方だろうが、一向に閂が通らない。

「グガッ! んぎゅ!?」

 と、不意に鋼鉄の扉が蹴破られて、アリエッタの両眼に火花が散る。 遅れて石床の上に重たいものが崩れ落ちた。

「むっ!?  この“きんきゅーじたい”にノンキにねているとわー! しょくむたいまんです!!」

 桜色の頬をぷくぷくと膨らませた金髪の少女が、冷たい石床の上で目をまわすアリエッタを見下ろしていた。 右眼は深い紅色、左眼は綺麗な紫色―――その双眸には魔力の象徴、そして不吉の前触れとも謂われるオッドアイが宿っていた。

「プ、プルミエールさま。 な、何か御用ですかぁ?」

 アリエッタが驚くべき回復力で身を起こす。
 この突如、出現した人間台風の名はプルミエール・リュズレイ。 アダマストル公国の第二王女にして、アリエッタの仕えるべき主人であった。

「うい、そうでした!  そこになおりなさいですっ!!」

 プルミエールの興奮した口調にあわせ、頭の左右で結われた金色の髪束がぴょこんと跳ねる。
 王族としての威厳を間違ったカタチで体現しているが、其々の所作が愛らしく嫌味にはなっていなかった。 当人には遺憾だろうが、子供っぽさばかりが強調されている。 アリエッタにしてみれば、プルミエールのそういった行動には慣れていたし、本人に悪気が無い事も十二分に承知していた。 それでも咄嗟に扉に鍵を掛けようとしたのは、アリエッタの自己防衛本能が無意識に働いたからであろう。

「な、なななっ……なにがあったのですか!?」

 アリエッタは目を白黒させると、年の割に大きく発達した胸元を両腕で挟み込むような姿勢をとった。

「むっ」

 プルミエールは一声唸ると、アリエッタの豊かな双球と、己の絶壁に近い胸板を交互に見比べる。 身体的格差が生み出した理不尽な現実。

「あっ……」

 更にアリエッタの胸元から鈍い破裂音が響き、持たざる者に追い討ちをかける。 内側から生じた強い圧力に屈した真鍮製の留金が、これ見よがしにプルミエールの足元まで転がった。

「うに……。 ぐ、くぅ……」

 一瞬、プルミエールのこめかみに青筋が浮くが、珍しく自力で溜飲を下げたようだ。 そのまま、不自然な笑顔と共にアリエッタへとにじり寄る。

「プルとアリアリは、ふか~いふか~いキズナで結ばれた“しんゆー”どうしですよねぇ?」

 アリエッタは尻餅をついたまま腕だけで後ずさる。 過去の経験からプルミエールの遠回しな物言いが、不吉な予兆であることを敏感に察知したのだろう。 第二王女の我侭に振り回され続けた苦渋の日々が走馬灯のようにアリエッタの脳裏を掠めた。

「と、とっても勿体無いお言葉ですが……。 どちらかと言えばぁ……今までずっと奴隷扱いをされてぇ……」

 ふっ、とアリエッタの頭上を翳りが覆う。 真上から迫る物体がプルミエールの踵だと気づいた時には、アリエッタの小さな世界は、再び暗闇に閉ざされていた。

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「それにしても、ムカムカするカタマリですね」

 プルミエールが引き攣った顔で不愉快の権化を足蹴にしていた。

「はぅ!?」

 胸元に得体の知れぬむず痒さを覚えたアリエッタは唐突に意識を取り戻した。 その視線を違和感の発生源に移すと、プルミエールの足の動きにあわせてユサユサと跳ね躍る量感のある大きな胸。

「わっ、んひゃう……。 あうぅ……」

 たまらず、鼻にかかった可愛い呻き声を漏らすアリエッタ。
 同年代の少女の甘い声に感化されたのか、プルミエールの頬にも僅かに朱が差している。

「へんな声だすなーっ!!」

「んぎゅ!?」

 限りなく理不尽に、本日二回目の鉄拳制裁。
 アリエッタは薄れゆく意識のなかで、三度目の目覚めこそ平穏であって欲しいと切に願っていた。

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「あ、あの……」

 一刻後、アリエッタは心ならずも再度の失神から回復していた。 もっとも、その身体は荒縄で縛り上げられた挙句、床に転がされている。 平穏どころか、最低限の人権さえ失っていた。

「それで……これはなんの冗談ですかぁ?」

 アリエッタはまるで腫れ物に触るようにおずおずと口を開く。

「ゆーずーのきかない“お友達”への愛のムチ(おしおき)です。 なにか不満があるのですか?」

 アリエッタは壊れた首振り人形のようにぶんぶんと首を横に振る。 いつの間にか例えが「親友」から「友達」に格下げされているようだが、今は些細な事であった。 

「そ・れ・で♪ お友達は隠し事などしないものですよねぇ?」

 プルミエールの回りくどい言い回しが、更にアリエッタの不安を誘う。

「そ、それは時と場合に……い、いえ、きっとしないものだと思いますぅ~」

 一瞬、否定しかけたアリエッタ。 しかし、プルミエールに三白眼で睨まれると、滝のように冷汗を流し肯定する。 視線で人を殺せるとしたら、きっと今の状況を指すのだろう。

「では、“アルジャベータせいたんさい”なるモノのしょーさいを教えなさいです♪」

 既に友達ですらないような命令口調でプルミエールが告げる。

「……え」

 プルミエールが尋ねてきた内容は、よりにもよって守護騎士団の機密事項にあたるものだった。 アルジャベータ聖誕祭は三大祭祀のなかでもリュズレイ公家に縁深いものである。 故に国内外の祭典で度々問題行動を起こすプルミエールには内密にことが進められていた。
 まだ、騎士見習いでしかないアリエッタにしてみれば、自分の失態でプルミエールが聖祭に乗り込むような事態になっては一大事である。 なにより敬愛するミルフィーナからきつく口止めをされているのだから尚更であった。
 公国内でプルミエールを直に制御出来る人材は数少ない。 姉であるシャルロットを除けば、その後見人として国を治めている祖父のウィルホードと、姫君達の教育係として招聘されたヴィルヘルム老だけだった。 無論、常にその三人がプルミエールの傍にいるわけもなく、困り果てた家臣と教会関係者が導き出した結論は、このお転婆姫に対し、触らぬ神に祟りなし天機洩らすべからずであった。

「さいきん、どうもシャル姉様のご様子がよそよそしかったのですぅ……」

 アリエッタの苦渋に満ちた心中を知ってか知らずか、プルミエールは可愛らしい唇を不満気につきだしたまま更に続ける。

「しんぱいしたプルが手下数人(※お付の侍女)にわけをたずねた(※しめあげた)ところ。 どうやらそのお祭りとカンケーがあるらしいとわかりました」

 プルミエールは小さな腰に手をあてて偉そうに踏ん反りかえる。 だがすぐに不満顔に戻ると、その場で激しく地団駄を踏んだ。 

「きっと、またあの冷血女(ミルフィーナ)がカンケーしているはずですぅ!!」

 プルミエールが足踏みをする度に、膝上で広がる紅と黒のコルセット風ドレスの裾が捲くれ上がる。 当然、下から見上げるかたちのアリエッタには白い下着が丸見えである。 もっとも、当人はそういったことに関して至って無頓着であるようだ。 アリエッタのほうも踏み潰されないように顔面蒼白で左右に身を捩っているので、それどころではない。

「む~、もちろんアリアリも同意見ですね?」

「き、きっとミルフィーナ団長にもいろいろとお考えが……」

 本音も事実も明かせないアリエッタはしどろもどろである。

「ふみゅ、よーするにアリアリはワケを知っているのですね?」

 既に状況は危険水域にまで達していたようで、お馬鹿にも現状が理解できたようだ。 無論、プルミエールが誘導尋問などという高等弁術を駆使するわけもなく、単なる偶然の賜物である。

「お・し・え・ろ♪」

 プルミエールが表面上は笑顔で命令する。

「あぅ……」

 アリエッタがぞくりと身震いする。 否定すれば、とてつもなく不幸になりそうだった。 しかし、肯定しても同じくらい不幸になりそうなので困る。 そんな究極の選択にごくりと唾を飲み込む。

「そ、それはミルフィーナ団長に堅く口止めを……」

「ほほ~う、アリアリはあの女のみかたですかぁ?」

 プルミエールは唐突に踵を返すと、広い詰め所の壁際の方向へつかつかと歩いていく。 行く手の石壁沿いには口広の大型瓶がずらりと並び、様々な形種の武器が所狭しと立て掛けられていた。

「シ・ネ♪」

 プルミエールの声と共に、アリエッタの鼻先に鈍い輝きを放つ硬質な物体が突き立っていた。
 アリエッタは不自由な姿勢のまま恐る恐る目線だけを上下させて現状を把握する。 それは馬上槍試合に使用される長槍だった。

「ひぃぃぃ……」

 アリエッタが引き攣った悲鳴をあげる。 唯一自由に動く首を不自然なまでに傾けて壁際を見ると、武器棚を物色していたプルミエールと目があった。 その手に剣術の模擬戦に使用される長剣を持って笑みを浮かべている。

「なにか言いのこすコトはありますか?」

 プルミエールが長剣をぶんぶんと振り回しながらアリエッタへとにじり寄る。 修練用に刀身を丸めてはあるが鍛錬の為に幾分重く設計されているので、当たれば怪我どころではすまない。 アリエッタは全身の血の気が退いていくのを感じていた。

「あ、あわわわ……、全部丸ごと隠すことなくお話させて頂きますですぅ~」

 あっさり悪魔に魂を売る。 人としての尊厳とか自尊心などは、目先の安全の前ではとても儚く脆いものだったようである。

「うみゅ、ちゅーじつなる“げぼく”アリアリ。 よきこたえです♪」

 プルミエールは親指をぴっと立てて微笑む。
 短時間に「親友」から「友達」、「友達」から「下僕」と急下降した自身の立場にアリエッタは涙の粒を滲ませる。 だが、そもそも最初から下僕扱いだった気がしないでもない。

「それじゃあ、しゅっぱつです! アリアリ案内しなさいです!!」

 アリエッタは「何処に?」―――と聞き返そうとしたが、胸元で括られた荒縄が唐突に引かれて息を飲み込む。 本日一番の不幸を背負い込んだ少女は不自然な海老反り状態で引きずられていった。

「ふええぇぇ~、せめて縄をほどいてくださいぃ~」

「にげるからダメですぅ♪」

 下僕の儚い訴えをきっぱりと拒絶する主人。 アリエッタの垂れ目気味の大きな瞳から涙の雫が零れ落ちて石床に消えた。
 もっともこの時までは、二人にとって“いつも通り”に分別される平穏な日常だった。



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