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ダメダメパンツァー駐屯基地

ダメダメパンツァー駐屯基地

00:妄執ゾンビマン

00 妄執ゾンビマン

どこかの町。
ごく普通の何処にでも在りそうな町。
そんな普通の夜闇に包まれた普通な町の普通の道を、Tシャツにスウェットを穿いた男が疾走している。それも裸足で。
だが、こんな普通の町である。
深夜に走っている者が居たとしても、大して珍しくは無い。かの有名な大阪では、酔っ払ったテンションに任せて道頓堀に飛び込む輩までいるのだ。それと比べてみれば、彼の姿はとことん「普通」のそれだった。
敢えて普通でないといえば、「裸足であるにも関わらず、この男から足音が起こっていない」ということだろうか。
「……チッ」
そして次の瞬間、そこにあった「普通」は「不自然」へと変化を遂げた。
僅かに身を屈めた男は、疾走する勢いそのままに6、7メートル程の高さまで飛翔したのだ。満月に自らのシルエットを翻しながら宙返りをこなすと、彼は傍らの電柱の天辺へと着地して両手をついた。
「クハッ」
呼吸のような、はたまた笑み声のような乾いた音を口から吐き捨てる。
電柱の天辺へ両手両足を置く姿は、どの獣にも似ない不気味な前傾姿勢だった。振り乱した髪は鮮やかな白で、その隙間からは真紅の瞳がギラリと姿を覗かせている。何より不気味だったのは、男の肌が健康そうな肌色ではなく、異質な紫色に染まりきっていたことだった。
刹那、男が睨んだ下方の闇より別の男が飛び出した。
「せあァッ!」
黒いコートを着た二人目の男は、赤眼の男の眼前で静止するやいないや、右脚を水平に薙いで蹴りを見舞った。軽い舌打ちと共に、赤眼の男は後方に跳躍、別の電柱へと辿り着く。
「しィィつこいねェッ!」
悪態をついた赤眼の男は、ニタリと口元で歯を剥いた。
黒コートの男は電柱の天辺に左手をかけると、落ち行く身体を引っ張り上げ、ついさっきまで相手が居座っていた場所へと降り立った。
右手に銀色の棒を携えた彼の顔は、赤眼の男に比べると至って普通の人間だ。メガネをかけ、黒い前髪が目元までかかった地味そうな青年だが、この高さまで一跳びで辿り着いたことを考えると、やはり「普通」とは程遠い存在だ。
対峙して睨み合う両者のシルエットが、煌々と輝く満月にくっきりと浮かび上がった。
「逃がしはしないぞ! いい加減に観念して成仏しろ、悪霊!」
「うるせェ。何処の誰だか知らないが、俺の復讐を邪魔をするな……殺すぞ」
――悪霊。
そう呼ばれた男は、片目を歪ませて黒コートの青年を睨んだ。歯と共に剥き出した憎悪を相手に向けると、突如として煙のような瘴気が現れ、硬く握った拳に纏わりつく。
「何ッ!」
黒コートの表情が驚愕へと変化するより早く、悪霊は右拳を握り締めて飛んだ。
「制ィィ裁ィィィッ!!」
「ちいっ!」
棒を構え直した青年も飛ぶ。悪霊のパンチはその軌道を遮る棒に激突し、宙に紫色の火花を飛散させた。
「制裁! 制裁! 制裁! 制裁! 制裁ィィッ!」
声の度に繰り出されるパンチの嵐を、青年は顔を歪めつつもガードしていく。相当重たい威力なようで、一発を防御する度に青年の顔の歪みは増していく。
「物騒な奴だな! 何をする気なのかは知らないが、お前は既に死んだ人間、現世に存在しちゃいけない決まりなんだ――ハッ!」
攻防を繰り広げながら着地した両者は、一旦間合いを取って再び構える。
「ルール違反だ、そう言いたいのか?」
「その通りだよ」
「お前にそれを裁く権利が在るのか? 傲慢なことだ!」
 狂ったように歪んだ笑みを浮かべる悪霊。それから視線を外さず、青年は棒を手元で回転させた。
「何の権利も無いお前が主張するな、それとこれは……僕の、仕事だ!」
言うやいなや、青年は地面を蹴って悪霊へと飛んだ。一瞬で肉迫し、鈍く光る棒を薙ぎ払う。右端で一撃、水平に返して二撃、回してからの突きで三撃、と連撃を繰り出すも、悪霊は悉くそれを受け流した。
「悪霊ハンターの名にかけて、貴様を魂滅する!」
重い金属同士が衝突するような、耳障りな音が辺りに響き渡る。幾度目かの連撃となる青年の一撃を、悪霊が両腕を交差させて防いだ。
両者の動きが止まる――その静止した律動の中、悪霊がプッと嘲笑を零した。
「何がおかしい!」
「言っていいのか?」
「何をだ!」
これ以上無いほどに卑屈な笑みを浮かべ、上目遣いで悪霊は言った。
「――ダッセぇ名前」
青年の表情が固まった。
「わ……」
「あァ?」
「笑うなぁっ!」
「ぐおっ!」
怒り心頭の青年は悪霊の腕ごと棒を振り上げ、ガードが解けてガラ空きになった腹へと渾身のミドルキックを見舞った。悪霊は弧を描く形で吹っ飛び、ゴミ集積所の粗大ゴミに突っ込む。
「終わりだ、悪霊!」
嘲笑の恨みをプラスして、青年は右手の棒を回しつつ背面に回す。右手を立ててゆっくりと前方に構えて意識を集中させる。
「オンキリサレングーレイソワカ……オンキリサレングーレイソワカ……!」
「随分痛いことをしてくれる! お返しさせて貰うぞ!」
「何ッ!」
詠唱を中断した青年が見たものは、粗大ゴミの中から飛び出す悪霊の姿だった。両腕をバンザイの態勢に変えて両脚をぴんと伸ばすと、先刻の拳同様、紫色の瘴気が現れて、たちまちの内に悪霊の足へと纏わりつく。
「くっ! この凄まじい電磁波は……!」
「ジャ・ジャァンプ!」
悪霊の着地と共に発生した衝撃波に吹っ飛ばされ、青年は敢え無くアスファルトに転がった。
「ぐわっ!」
ククッ、と喉を鳴らして立ち上がると、悪霊は右手で青年を指差し、そして嘲笑を投げかけた。
「悪いが、まだ消される訳にはいかないんでねェ」
悪霊はすぐ傍らに置いてあるゴミのテレビに手を置いた。すると、映る筈の無いテレビのブラウン管に光が灯り、モニター内には砂嵐が渦巻き始めた。
「さよならだ、悪霊ハンター」
ずぶり。
硬質なガラスの画面に、液体の思わせる波紋が広がる。悪霊はそこに下半身を滑り込ませると、ひらりと手を振った。次の瞬間、その身体はブラウン管の奥へと吸い込まれるように消えていた。
「ま、待て!」
受け入れられることのない制止を投げつつ、急いでテレビへと駆け寄った青年は、すぐさま棒をブラウン管へと突き入れた。割れるかと思われた画面は、まるで液体のように棒を吸い込んだ。未だ、画面には砂嵐が映りこんでいる
「まだ道は繋がってる……クソッ、こんなことに手間取っててどうするんだ。僕にはやることが在るってのに」
砂嵐の画面に、時折ブラックアウトが入り始めた。悪霊が作った道が閉じ始めているのである。この得体の知れない抜け穴が一体何処に繋がっているのか、戻って来られる保証は在るのか。それは青年にも皆目見当がつかなかった。
だが一つだけ。
ほんの一つだけ彼にはハッキリと分かっていることがあった。
「……このまま奴を放っておく訳のは危険すぎる、か」
どうやら悪霊を追う他にも使命があるらしいこの青年。意を決したようにブラウン管を睨むと、トンと地面を蹴って足先をブラウン管へと滑り込ませた。
「待ってろ悪霊! だりゃああああーっ!」
青年の姿が悪霊と同じようにブラウン管へと吸い込まれる。同時に青年の叫び声とモニターの光が唐突に消失した。

溢れんばかりの不自然が止み、町には自然極まりない闇が再び広がった。

数秒の後、ピシリと音を立ててブラウン管に亀裂が走った。





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