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ダメダメパンツァー駐屯基地

ダメダメパンツァー駐屯基地

04:奇襲戦デパートメント Part1

04 奇襲戦デパートメント Part1



「きゃっ!」
短い悲鳴の後、バサバサと音を立てて、本が床へと散らばった。
立ち読みをしていた他の客が、一斉に音の出所へと目をやった。
「ああっ! す、すいません!」
「いえ、私もちょっとボーっとしてて……」
ミオンデパートの3階。本屋の一角に工藤は居た。目当ての雑誌を見つけて購入しようとレジに向かっている最中、見知らぬ女性に腕へとぶつかられたのだ。
既に工藤は床にしゃがみこんで散らばった本を集めている。ぶつかった女性も、数回謝った後にその作業へ加わった。全部で6、7冊はあるだろうか、結構な量だ。「ムー」と書かれた雑誌を小脇に抱え、相手の本四冊を自らの膝でトントン叩いて揃え終える。
彼はそこで初めて、その本が全て大学受験用の参考書であることに気付いた。
目前で未だ慌てつつ本を集めている女性を見遣る。年の頃は21、2だろうか。自分よりやや幼い印象、普通に考えれば大学生だが、参考書を買い揃えていると言うことは――浪人生だ。
工藤は今一度参考書を眺める。現代文、数学、物理……どれも懐かしい類の単語だ。
「あ、あのぅ……」
声をかけられて工藤はハッとした。前髪と眼鏡で隠れた目を見開き、すいません! と頭を下げる。
「はい、どうぞ、これで全部だと思います」
「ありがとうございます――あの、何か変でした? その本」
「え? ああいや、別に……その、つい懐かしさに耽ってしまったと言いますか」
「懐かしさ?」
立ち上がってコートの裾を数回はたくと、ばつが悪そうに工藤は側頭部を軽く掻いた。
「僕、行ってた大学を休学してもう二年になるんです。その、行きたくても行けなくなっちゃったって言うか」
女性が驚いたように顔を歪めた。
「ご、ごめんなさい。変なこと聞いちゃって……あたしなんか合格すらしてない上、もう三浪してんのに」
三浪――予想以上に重たい言葉に、工藤は頭を殴られた気分だった。
「ああいや、別に気にしてる訳じゃないんで大丈夫ですよ? 何て言うのかなぁ、月並みだけど、何気ない日常って、人間は無くしてから初めてその価値に気付くのかなー、なんて思っちゃって……」
ああ、話を返さなければ良かった、と工藤は思った。彼の中で“知らない女性とのコミュニケーション”は、苦手な行為トップ5の中に間違いなくランクインしているのだ。また、搾り出した言葉がこんなクサい代物であったことも彼は恥じていた。だが、自分のルックスの程度を良く知っている工藤景介という男は、この出会いが運命的とは程好く無縁であることをよく理解している。変な期待などは絶対にしない。
「あの、他人の僕がこんなこと言うのもアレなんですけど……頑張って下さいね。受験とか、今やりたいって思ったら、何より実行することが大事ですから」
言いながら彼は、大学に行っていた頃の自分を思い出した。最早思い出でしか感じられないそれに、軽く溜息をつく。
「ありがとうございます。何とかあたし、頑張ってみます」
「それじゃ、僕はもう行くんで――」
「あのぅ」
背を向けかけた所で、女性に呼び止められる声に工藤は振り向いた。見れば、三浪の彼女は何やら訝しげな顔で工藤を見つめている。まるで何か恐ろしいものでも見るような表情だ。
「ど、どうかしました?」
「あの、早くこのデパートから出た方が良いと思いますよ」
「へ?」
「その、上手く言えないんですけど、ここに居たら貴方、すごく酷い目に遭う気がする」
「はぁ……酷い目、ですか」
「はい、早く出たほうがいいです。絶対すぐに出た方がいい」
何を言い出すんだこの子は。右目だけ前髪を持ち上げ、工藤は首を傾げた。
「それじゃ、気をつけて下さいね」
逆側のレジに走っていく女性。その背中を見ながら、工藤はえぇ? と誰にともなく聞き返した。酷い目、と心中で反芻しながら自分の右肩の辺りを見た。
「特にとり憑かれちゃいないみたいだけどな」
呟いた後で、彼は小笠原に言われた地図を購入していないことを思い出した。
「ええと、地図は……と」


「うぁいてっ!」
一階の休憩広場。
多数置かれた正方形ベンチの一つに、小笠原と村田が座り込んでいる。村田はノートパソコンを操作し、小笠原は束になった村田の調査結果を読んでいた……のだが、突然通りかかった男女カップルの女に足を踏まれ、素っ頓狂な声を上げた。
「ねーねーターたぁん、マーちゃんお腹空いちゃった~」
「あ、う、うん。それじゃ駅前辺りで何か食べよっか」
小笠原の声が聞こえなかったのか意図的に無視しているのか、カップルは適当な会話を繰り広げている。怒りを感じた小笠原は思わず声を荒げ、二人を呼び止めた。
「おいオメーら! 人の足踏んどいて知らんぷりかコラ!」
ようやくこちらを振り向くカップル。小笠原の右足を捕らえたヒールは深く突き刺さった為、未だに痛みを神経へと滲ませている。
「ぼ、僕らですか?」
「他に誰が居るってんだっつの」
紫のサングラス越しにギロリと睨む小笠原。男の背中に隠れるように移動した女の挙動が、より一層彼を苛立たせた。
「マーちゃん、ホントに踏んだの?」
「え~? マーちゃんわかんなぁい」
「分かんないそうですけど……」
「アホか! 踏まれたっつってんだろがよ! 謝れよ!」
「はぁ……す、すいません」
頭を下げたのは“マーちゃん”でなく男の方だった。何で当事者の女の方が謝らないんだ、えぇマーちゃんよ、心中でそう問いかけて小笠原は目をつぶった。
「もういい! 行け! 失せろ!」
当惑した表情で再び歩き始めるカップル二人。まるで被害者の顔だ。
「ターたん、マーちゃんああいうオジサンってマジきらぁい、だってぇ、怖いんだもぉん」
「あ、ああそうだね、怖かったね」
「でもターたんが守ってくれて嬉しかった~」
出口へ向かうカップルの会話に小笠原の苛立ちは更に増し、一、二発小突いてやりたい衝動に駆られたがそれは何とか我慢するに至った。
「ちっくしょ、これだから近頃の若い連中は……死にやがれクソが」
「こっちまで空しくなってくるからやめましょうよ。それにまだそんなこと言う歳じゃないでしょ」
「いえいえ、ワタクシめはもうオジサンでございますから」
パソコンに向いたままの村田の言葉を受け、小笠原はマーちゃんの言葉を皮肉に変換しつつ、何とかストレスを忘れることに勤めた。傍らに置いてある村田の調査結果を持ち、再び目を通す。様々な文字の羅列が記されたその資料には、“卒塔婆ストゥーパ”に関する情報がこれぞとばかりに満載されていた。
サングラスの位置を直しながら、小笠原はふむ、と声を漏らす。
「しかしまぁ、一日とかからずによくここまで調べ上げられたな。パソコンとかはよくわかんねーけど、ソレって相当凄いんだな」
ノートパソコンのディスプレイ一杯に表示された黒い背景のウインドウ。そこに次から次へと表示される情報を処理している村田に、小笠原は感嘆の声で賛辞を述べた。
「勉強したんスよ、このソフトとツールはその成果かな」
「“Y・B”を捜すためにか?」
「……はい」
顔色一つ変えない村田の表情は、どこか無気力のそれだ。
「その“ZEONG”ってのも?」
「ええ、自作だから非合法なんですけどね。ま、不正にネットワークを使って、色んな情報媒体にアクセスを……って、話しても分かんないスよね」
「うん、全然分かんにゃい」
「ガム食います?」
「ああ、もらう」
キシリトールガムを手渡して、村田は再びキーボードを操作する。
「スゴイって言うけど、でも小笠原さんだってあのノートの情報、全部一人で歩いて集めたんでしょ。スゲーッスよ、アナログもまだまだ馬鹿に出来たモンじゃないスね」
「そう?」
「ええ。だって結局、俺一人じゃY・Bとストゥーパの繋がりは発見できなかったんだし」
流れるようなキーボード捌きで信号を入力しつつ喋る村田の姿は、小笠原がその手の映画で見た情報技術者の持つ、いわゆる“頼れる”姿そのものだった。
村田の存在は、間違いなく小笠原の計画を一歩前へ進ませていた。そしてその逆もまた然り。上半身がジャンパー、下半身がジャージ姿のままでパソコンを操作する姿は、聊か格好がついていないが。
「おい、買って来たぞ」
いつの間にか城石が立っていた。メモを唇で器用に挟みながら、手には大きく肥大化したビニール袋を四つ持っている。
「言われた食料はこれで全ての筈だ。無駄買いはしていないぞ」
言いながら、小銭入れを小笠原へと投げ渡す城石。どうやら買い物に行かされていたらしい。正方形ベンチの一角に腰掛け、彼は不機嫌そうにフンと鼻を鳴らした。
「おうお疲れさん。しかしアレだな、幽霊でも買い物って出来るんだな」
「今のオレは普通の人間にも見えるし、触れもする」
「へー、じゃあ質量ゼロにも成れるってこと?」
「そうだ」
「便利なんだなー」
そんな会話をしている内に、黒コートに身を包んだ工藤が近付いてきた。手には本が入ったビニール袋を携えている。
「只今戻りました、お待たせしてしまってすいません」
「おう、お帰り」
包みをベンチの上に置き、工藤は小笠原に小銭入れを渡す。やはり、こちらもお使いを命じられていたらしい。

話は丸一日ほど遡る。
本棚が倒れた後、城石は自らが“卒塔婆ストゥーパ”の元信者であり、彼自身が復讐しようとしていた相手もまた同じ団体であることを語った。
これを聞いた村田が城石へアドバイザー的な協力を仰ぎ、彼は「あくまでも連中の壊滅を念頭に行動すること」と「ストゥーパに関する確実な情報提供」を条件としてこれに同意。小笠原も賛成し、「悪霊をこのまま放って置く訳にはいかない」として工藤もまた同行することになり、遂に四人で行動することが決定した、という訳である。
それから少しの休息しつつ話し合い、更に実際に卒塔婆ストゥーパの主要施設を探索するにあたって、彼らは今、近場のデパートまで必要な物資を買い出しに来ているのであった。

「つーか、どうでも良いけどその格好暑くないの? 今は七月だぜ」
まったく暑苦しい、と言った表情の小笠原へ、工藤は笑みを浮かべて余裕の表情を向けた。
「慣れてるから大丈夫です。えっと、買ってくるのは地図と、あとビジネスアリスで良かったんですよね?」
ベンチの一角に腰掛けた工藤は、購入した本を出して小笠原に手渡した。全国版の道路地図と、そして“ビジネスアリス”と記された雑誌が重ねられている。
「OKOK、いやー、今週分をまだ読んでなかったからさぁ。いいねいいねぇ」
「マンガとか読む人なんですね。小笠原さんって」
「ああ、これで連載してる“喧嘩芸健太”ってのがずっと好きでさぁ」
「それって確か、人気が無くて週間少年アリスから移動したヤツですよね……アレ面白いですか?」
途端に、小笠原の表情が一変した。先ほどのカップルが生み出したストレスの余波も手伝って、呈した感情は必要以上の怒りに満ち満ちている。
「このクソが! お前あれはな、金田先生の最大最高の傑作だぞ! お前なんかどうせ“一つなぎ”とか“漂白”とかしか読んでねーだろ!」
「そんなことありませんよ。僕はノンジャンルでマンガ読んでます」
「つかお前は何読んでんだソレ!」
工藤はB4サイズの、「ムー」と表紙に書かれた雑誌を開いていた。
「何って、ムーですよ。無論、自費購入です」
「お前……ムーっつったらそれこそインチキなオカルトやらSFやらで塗りたくった子供だましの産物じゃねーか」

「ま、UMAや大予言なんかはそうでしょうね」
何時になく工藤の表情は得意げだ。あんだと? と聞き返した小笠原に対し、フッと鼻で笑いすら落としてニヤリと不敵な笑みをも浮かべている。
「しかし宇宙人は違います……特に、グレイはね」
「何ぃ?」
「彼らは実在します。今も太陽系内の各地で地球人を観察しつつ、主要国とのコンタクトを取っているんですよ。その証拠に、冥王星が太陽系から外されたのはアメリカ政府がMIBやFBIを動かし、正式に彼らの駐屯基地として明け渡すために……」
「ああもういいよ。よーく分かりました。お前はUFOマニアなんだってのが。アダムスキーさんと呼んでやろう。何がムーだよ」
熱弁を振るう工藤に対して、小笠原は至極呆れた表情でビジネスアリスを開いた。工藤はちょっと! と小笠原の肩を掴んで更に話を続ける。
「良いですか、ムーに書いてあることはですね!」
「うるせえな! そんなのに書いてあるのはインチキだよインチキ! 悔しかったらUFOが居る証拠を見せてみろよ」
「じゃあ小笠原さんもインチキだって証拠も見せて下さいよ」
「アホか! 昔っからそういうのはインチキだって決まってんだよ。UFOもツチノコも幽霊も――」
「幽霊は居るぞ」
ピタリと会話が止まる。
声を発したのは城石だった。吹き抜けになった休憩所の上方を見たまま、あぐらをかいて腕組みをしていた。
「幽霊は、居る」
ぼそりとアピールした城石に、小笠原と工藤は何故だか非常に申し訳ない気持ちになった。
「そうだったな……………幽霊は、居たな………」
小笠原は辛うじてそう返事した。
「よし、見つけた」
村田が声を上げたのは、その直後だった。軽やかなタッチで情報を編集し終えると、escキーを叩いてウインドウを閉じ、すぐさまノートパソコンも閉じて傍らのリュックサックへと仕舞い込む。
「目的地が決まったッスよ。ちょっとばかし長旅になりそうなんですが……まぁ後は車の中で話します。行きましょう」
立ち上がる村田。特に決まった訳でもないのに、すっかりリーダー的な位置が様になっている。
城石が買ってきた食糧の袋を持ち上げ首を鳴らす。キーボード操作が続いた所為か、指の動きが少々鈍い。すぐ後ろではへーい、と気だるげに声を上げて小笠原が立ち上がり、工藤と城石もそれに続く。
「――あれ?」
村田が何かに気付いた。
人が随分と減っている。まだ夕方前だと言うのに閉店間際のように疎らで、確実に閑散へ向かいつつある空気の雰囲気は、数分前のそれとは明らかに一変している。
「おい! あれ見ろ!」
小笠原が示した先の出口には、今まさに閉まろうとしているシャッターが有った。
「ま、まだ閉店じゃないですよね」
「おーい! まだ客が残ってるぞ! おい!」
慌てて走り出す四人。だが、制止を呼びかける小笠原の声も空しく、寸での所でシャッターは完全に閉まり、その前にある自動ドアすらロックされてしまった。
どん! と自動ドアのガラスを叩く小笠原。何の反応も返ってこない。
「どうなってんだこりゃ」
「何か……おかしいぞ……」
城石が周囲をぐるりと見渡しながら呟いた。

ピーンポーンパーンポーン……

突然、シーンと静まり返った屋内で館内アナウンスの呼び出し音が鳴った。天井を見上げる四人。
『お客様のお呼び出しを申し上げます』
男の声だ。
『小笠原蓮十郎様……小笠原蓮十郎様……お連れ様とご一緒に一階、休憩所までお戻り下さい』
「何!? お、俺?」
アナウンスは尚も続ける。
『係員より、虐殺の用件が御座います。休憩所に戻り、漏れなく虐殺をお受け下さい』
「何がどうなってんだ! 虐殺だと!? 村田っち!」
「こっちが聞きたいくらいッスよ」
「ちょ、ちょっとアレ!」
驚愕しながら工藤が指差した。彼が指した柱の影からは一人の人影が現れていた。そこだけではない。従業員の消えたありとあらゆる店舗の影、自販機の裏、二階、三階、エスカレータの陰から次々と人間が現れる。それだけでなく、残っていた客達も上着を脱いで全く違う服装へと変貌しつつある。一人や二人ではない。
四十人以上は居るだろうか。彼らは体格こそバラバラであったが、やや前傾した体勢と――真っ白な服に身を包んでいることだけは共通していた。
じりじりと元のベンチの所へ追い詰められ移動しながら、城石は確信の声を吐いた。
「コイツら……間違いない」
小笠原がもハッとする。彼らの格好は、自分が調べ上げた結果の一つに合致していた。白い服を身に纏い、顔に同じく黒子のような白マスク――そうだ、コイツらこそ。
「そうだ、卒塔婆ストゥーパ!」
まるで亡者のように現れる信者の数に押されて、とうとう彼らはベンチの所まで押し戻されてしまった。二階、三階にも十数人の信者の姿が見える。多勢に無勢どころの話ではない。
工藤は本屋で会った女性の言葉を思い出していた。

――上手く言えないんですけど、ここに居たら貴方、すごく酷い目に遭う気がする。

「あの子の勘は当たっていたんだ……」
「おい、どうするんだ小笠原」
「俺に聞くなよ。けど、何で俺のことを知ってたんだ? つか何で俺だけ? まだ連中とは接触すらしてねーのに」
『見えていたんだよ! 俺の目には!』
アナウンスと、そしてその本人の声が館内に響き渡った。四方を信者達に囲まれる中、その男は小笠原の斜め上、二階の大時計の上に立っていた。黒衣に身を纏い、大きなV字の鉄仮面を着けた男だ。口元に構えていたマイクを後方に投げ捨て、口元にニヤリと笑みを浮かべる。
「俺の予知のヴィジョンにはずっと見えていたんだ。お前達四人がこの店に来る、その時が!」
「予知? 何言ってんだアイツ?」
「俺の名は伝道師・N。“幸福の竜”の二級伝道師……盟友、卒塔婆ストゥーパに仇成す者として、お前らには消えてもらう。やれ、ストゥーパの諸君! 君らの敵を滅すのだ!」

ストゥーパーッ!

盛大な歓声と共に、百人近い人間達が声を上げる。小笠原の背筋に寒気が走った。彼は宗教団体を調べる過程で何件も例を見、そして知っていた。ヤバイ新興宗教は、過去に様々な事例で何人もの殺人行っている。それも決まって数に者を言わせた集団犯罪で。
「マジでヤバイんですけどこれェ!」
同時に、工藤と城石はその集団の中にある別の気配に顔を歪めていた。工藤においては自らの腕を寒気から逃がすように抱えている。同時に彼は見た。信者の被るマスクの間から、爛々と光る真紅の瞳が輝いているのを。
「コレは……死霊の気配……?」
「おいおいおいおい、どうすんだよコレ!」
引きつった笑みを浮かべて叫ぶ小笠原。信者たちはくねくねと奇妙な動きでゆっくりと近づいて来る。
「このままじゃ俺ら……え?」
ふと、小笠原は視界の端に妙な光景を留めた。
紺色のジャンパーを着た村田が懐に手を入れたかと思うと、突然中から銃を引き出したではないか。赤ジャージの彼は眉間に筋を立てながら右手でそれを構えると、躊躇うことなくトリガーを絞った。
刹那、連続した発射音と共に前方の信者数人が仰け反り、そして背中から転倒した。伝道師Nが驚きに声を漏らした。
「ほう……」
「……三人とも逃げるッスよ」
村田の口調は至って冷静だった。既に別の信者に狙いを済まして連射している。勇ましく戦うその姿に、三人は驚き絶句してしまっていた。
「何ボーッとしてんの、やんなきゃ殺られるんスよ!」
「あの……それは、本物?」
「まさか、エアガンッスよ。威力は通常の20倍だけど」
確かに被弾した信者は死んでいない、気絶しているかのたうち回っているだけだ。
だが、押し寄せる信者の勢いは止まらない。
「怯むな諸君! ストゥーパの名の下、その四人を虐殺せよ!」
Nが手を翳して叫んだ。
村田は階段方面に居る信者達に狙いを定めると、先刻同様一斉射をかけた。信者達のおぞましい悲鳴が起こる。
「小笠原さん、車は?」
「ちゅ、駐車場の3階だ」
村田が上を見る。見ながら、空いた左手でビニール袋を持ち上げた。
「どっちにしろ、1階以外の連絡通路は3階にしかない。階段を使って一気に上がるッスよ」
「けどコイツらはどうすんだ! そう簡単に通しちゃくれなさそうだぜ!?」
発問した小笠原に目もくれず、村田は呟くように言った。
「決まってるでしょ――蹴散らす」
村田がエアガンのスイッチを切り替える。フルオートからセミオートへと変化させ、一発一発を的確に信者の股間、もしくは額へと撃ち込んでいく。
「村田の言うとおりだ……喜ばしいことじゃないか。オレにとっては今こそ、復讐の時だからなァァ!」
ビニール袋を腕に提げ、狂喜に示されるがままに笑う城石。すぐさまその場から跳躍し、低く屈めた姿勢で疾走しながら、村田の背後を狙う信者を思い切り殴り飛ばした。
「ウゥオアァァァァーッ!!」
獣を思わせる雄叫びを上げ、猛然と信者達に襲い掛かり殴り飛ばし、蹴り飛ばし、そして投げ飛ばすと言った暴力を仕掛ける。腕には食料の入ったビニール袋がぶら下がったままだ。
猛然と信者達へ挑みかかる四人の姿を見下ろしながら、伝道師Nはニヤリと唇で三日月を描いた。
「ククク……いいぞいいぞ。見えていたよ。見えていた通りの光景――」
Nは黒衣の下からトランシーバーを取り出すと、スイッチを入れて口元に宛てた。
「そのままだ、そのまま攻め立てろ。先ずは奴らを二階に上がらせるんだ」


村田と城石が作った道を工藤と小笠原が駆けていく。小笠原は未だ事態をハッキリと飲み込めて無いようで、表情には戸惑いの色が見え隠れしている。
「どうすんだ工藤! 3階に着いてもシャッターは閉まってんじゃないのか!?」
「そんなの僕に聞かれたって困りますよ!」
「ストゥーパァァァァ!」
言っている二人の正面から、四人の信者が飛び掛ってきた。おわあ! と足を止める小笠原とは逆に、工藤は両手をファイティングポーズで構えて真っ向から挑みかかった。
「来たァァァァ!」
恐怖に引きつる小笠原の表情。だが工藤は一歩も引かず、小笠原の盾となる形でその前に躍り出て両掌を向けて構える。
「おおおおおっ! 仏滅ショット!!」
そのの両手に緑色のオーラが纏わりつき、発熱しているかのように光へと変わる。
「せあっ!」
工藤は半歩だけ踏み出し、一人、二人、三人、四人と連続で掌底による打撃を炸裂させた。二秒とかからず、床に落下して沈黙する信者達。
「小笠原さん! 僕から離れずに着いてきて下さいね!」
「……何で君らこんなに慣れてるの。俺がアタマおかしいのか?」
倒れた信者を踏みつけながら、小笠原と工藤は前方の二人を追った。
小笠原はこれが夢であることを祈った。だが、手に持ったビニール袋の重みが、これが現実であることをまじまじと伝えていた。
一人の信者の首を掴み、別の信者の胴体へと投げ飛ばしながら城石は絶叫していた。
「貴様達はァ! 居てはならない存在なのだァァ!」
更に襲い掛かる二人の信者。手に鉄パイプを持って振りかぶっている。
「そんな鉄クズでェ!」
叫ぶなり城石の身体は宙を舞い反転しパイプを回避、直上の天井に着地し、すぐさま床めがけて天井を蹴った。
「俗人共がァッ!」
腕を横に大きく広げ、ラリアットよろしく信者の顔面めがけて激突させる。ドガァ! と鈍く重い音が立ち、床に亀裂を入れながら着地する城石。二人の信者は床に倒れ伏し、既に沈黙していた。
だが、敵は城石に勝利の余韻すら与えず、再度鉄パイプによる攻撃を仕掛けてくる。チィッと悪態をつきながら城石はその一撃を両腕で防ぎ、反撃に相手の腹へと蹴りを見舞う。
「おのれ……!」
「ストゥーパァァァ!」
見れば、背後に鉄パイプを振り被る信者が一人。既に別の信者からの攻撃を防いでいた城石は、対応が遅れてしまった。死んでいるのに死の危機を察するとは妙な話だが、城石は頭でハッキリと殴られる自分の姿が想像できた。
「くっ!」
「ストゥ……アペペペペえッ!」
直後、鳴り響く乾いた連続音。奇妙な悲鳴を上げながらその信者は倒れた。その顔面を覆う布には、三つの大きな皺が発生している。その皺の中心には、いわゆるBB弾と呼ばれるプラスチック製の弾が有った。
「城石さん!」
村田が敵から攻撃を避けつつ、何とか城石を援護したのだ。城石は直ぐ前に居る信者の顔面を殴り飛ばすと、村田に向かっている二人の信者の後頭部を狙い、連続で殴り飛ばして村田の背中に辿り着いた。
「礼は言わんぞ」
「期待してないんでいいッス。それよか、会って間もないアンタにこんなこというのもアレですけど」
「何だ」
「一人でドンドン行かないで下さい、ここを打破するにはアンタと工藤さんの力が不可欠なんスから。俺一人じゃどうしようもないんスよ」
言葉はあくまでも冷静な見解を示しているが、村田の息はかなり上がっている。それを察しつつ、城石はチッと舌打ちを漏らした。信者達は周囲を囲み、こちらの様子を窺っている。
「この足手まといが」
「分かってるス。分かってるから頼んでるんス。俺はアンタらみてーな特別じゃねーんだ」
「……良いだろう、今だけは聞いてやる。今だけはな」
周囲を囲む白服達は既に二人を囲み、まさに袋のネズミを体現する形だ。階段は既に目と鼻の先だが、そこへ辿り着くには白服の壁を突破せねばならない。
「おおおおおおおお!」
突如として響いた絶叫と共に、白服らの一角が宙を舞った。それは、村田と城石が今まさに通り過ぎてきた方向からだ。
「どきなさぁぁぁぁぁいっ!」
城石と村田が視線を遣ると、信者達を弾き飛ばしながらショッピングカートを走らせる黒コート――工藤の姿があった。カート内には、先刻城石が買い揃えた食料やら何やらが入った袋が満載されている。
「工藤さん!」
「おっとととぉ! 大丈夫ですか村田くん!」
カートを停止させながら工藤が尋ねる。村田は無言で頷くと、カートの荷台に手をかけて停止を補助する。
「おいどうする! 幾ら倒してもキリがねーぞ!」
ガサッと音を立てて荷台から小笠原が首を出す。彼は体育座りの格好ですっぽりと収まっていた。
「そう言うセリフは敵を倒してから言って下さいよ! 僕が押してる間、アンタ隠れてただけでしょ!」
「まぁ落ち着けって。で、どうするよ村田っち」
尋ねられた村田が前方を見据える。よし、と呟いてからカートを掴み、違法改造の洗礼を受けた愛銃を構える。
「突貫するッス。工藤さんは先頭、城石さんは横、俺がカート押しながら後ろのを相手します。何とかして三階の連絡口から駐車場へ」
村田の指示に工藤は「了解!」と息を巻き、城石はやや不服そうに前を向いた。
「俺は?」
「そのままで!」
「ぐえっ!」
小笠原の頭を押さえつけながら村田がカートを持ち、工藤が先陣を切り、城石が少し遅れつつ続いて階段へと疾走する。無論、近づく敵は片端から薙ぎ払う形だ。
買い物に使われる筈の施設内は戦場へと変わり、襲い来る無数の白い兵士達を前に、たった四人の突撃戦が始まった。





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