元祖「獄中で襲われ」-イヴァン6世
イヴァン6世は18世紀中頃のロシアの皇帝で、生後わずか6ヶ月で即位しました。もちろん実権は大人に。すなわち母であるアンナ・レオポルドヴナとその夫ブラウンシュヴァイク公アントン・ウルリッヒが握っていました。この頃のツァーリの継承順序は入り組んでいて言葉で説明するとややこしくなるのですが、要約すると、ピョートル大帝の子孫の系統と、ピョートルの兄であるイヴァン5世の子孫の系統が対立していたと言うことができます。アンナ・レオポルドヴナはイヴァン系統の出身。したがって赤ちゃんイヴァン6世はイヴァン系の期待の星の男子だったわけです。ところがそこに、ピョートル系が巻き返しをはかります。ピョートル大帝の娘エリサヴェータがクーデターを起こし、自ら女帝となるのです。クーデター情報を事前につかめなかったアンナ夫妻は即刻逮捕。宮殿に足を踏み入れたエリザヴェータはイヴァン6世を抱き上げ、「あんたは悪くないのよ。悪いのはあなたの親なの」と言い、この赤ん坊を監獄送りにしたのでした。(ほんとにそう言ったのかは知りませんが、 こっちで読んだ歴史小説にはそう書いてあった。)やがてイヴァンは独房に監禁されて20歳を迎えます。子供の頃より家族から完全隔離されて、壁だけを見つめて育つと人間ってどうなるんでしょうね。ただ、イヴァンは自分がツァーリだったことは看守から聞いて知っていたそうです。池田理代子は『女帝エカテリーナ』の中でイヴァンを、知恵遅れ気味の、しかし自分をツァーリであると声高に叫ぶ狂人として描いています。そのエカチェリーナには、イヴァンは非常にまずい存在。なぜならエカチェリーナはロマノフ家にとってあくまでもドイツから来たお嫁さんなので、エリザヴェータ同様にクーデターで即位したものの、相当無理があるわけです。そこに、正真正銘の元ツァーリだったイヴァンがいるのは大変めざわり。かつて「あんたは悪くないの」と言われた乳児もいまや20歳を超え、反対勢力に担ぎ出されたりしたら致命的です。そこでイヴァンは獄中の身のまま、エカチェリーナの配下にぶすりとやられたとかやられなかったとか…獄死の真相は未だに不明です。ちなみにイヴァンの父母は極北の地に軟禁され、そこでつましく家庭を営み、第2子、第3子…と続けて産んでおりました。ところが第5子の出産時にアンナが死亡。以後、父子家庭でウン十年。獄中の長男のことはどう思っていたのでしょうか。やがて父にだけドイツ帰国が許されたときも、子供たちと離れることはできないと、幽閉地に残ったそうです。ああ、18世紀って、実に非人道的だなぁ…と思ったけれども、19世紀にはアレクサンドル2世が爆殺され、20世紀になってもニコライ2世が家族もろとも監禁、銃殺です。権力の周辺の残虐さというのは変わることがないのかもしれません。だから21世紀になってもホドルコフスキーがシベリアの獄中で襲われるんですかねぇロシアは…