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カテゴリ:宝永の大噴火
富士山大噴火-宝永の「砂降り」と神奈川- 神奈川県立歴史博物館 ※今回の特別展は11月19日(日)まで 【特別展観覧料】大人800円、20歳未満、学生500円 ※常設展とセットは大人1000円 【開館時間】午前9時30分から午後5時(入館は午後4時30分まで) まず初めは富士山噴火の歴史からです。 いろんな文献が展示してありますが やはり古い『万葉集』が興味深いです。 高橋虫麻呂の紹介があります。 この人は養老年間(720年前後)に富士山を見て 歌を詠んでいます。ネット上でも調べました。 万葉集巻3-0319の抜粋 『・・不盡(ふじ)の高嶺は 天雲も い行きはばかり 飛ぶ鳥も 翔(と)びも上(のぼ)らず 燃ゆる火を 雪もち滅(け)ち・・』と 火が燃える8世紀の富士山の様子が想像できます。 迫力満点の富士山でしょう 巻11に恋の思いを富士山の燃える火になぞらえている 歌があるというので調べてみました。 万葉集巻11-2695作者不詳 『我妹子(わぎもこ)に 逢ふよしをなみ 駿河なる 富士の高嶺の 燃えつつかあらむ』 訳:あの娘に会う機会がなかなか無いので私の心は 駿河の国の富士の高嶺(富士山)のように燃え続けてゆくのでしょうか いにしえの人々の想いはマグマのように熱い熱すぎる おっといけません!本題に入りましょう。 宝永の大噴火ですが、その前に噴火に結び付く地震があったようです。 宝永4年(1707年)10月4日の宝永東海地震です。M8.4の大地震です。 そしてついに宝永4年(1707年)11月23日噴火が始まります。 江戸の様子は次のようにあります。 ・前夜から地震が続きます ・午前10時、戸や障子がガタガタ震えます(空震) ・遠雷のような響きがします ・昼から灰色の砂が降り始めます ・夕刻黒色の砂になります ・灯火が必要になった この大量の火山灰が神奈川の人々を苦しめました。 宝永の神奈川県内降下テフラ(火山灰)の厚さは 南足柄57cm、大井町45~48cm、伊勢原36cm 横浜方面でも20cm程の場所があったようです。 火口からの距離、風向きで同じ地域でも厚さが違います。 小田原のテフラ12~15cmの場所でも麦畑が全滅、 江ノ島周辺のサザエ、アワビは全滅です。 この後の苦労は食料難と餓死、砂の除去という途方も無い作業です。 幕府も対応に苦慮したようです。 また次のような展示物がありました。 《富士山噴火絵図-神奈川県立歴史博物館HPより》 確かに宝永火口(富士山東南山腹)の噴火の様子のようです。 《噴火初日の火山灰-神奈川県立歴史博物館HPより》 やっぱり大事に保存しておく人がいるんですね。 私も降ってきたら保存します。 簡単に紹介しましたが展示物はかなり多く内容も熱いです ☆詳細はこちら神奈川県立歴史博物館HPへ せっかくですから写真を見てみましょう。 御殿場口から少し登った双子山から撮影した宝永山と宝永第1火口です。 先月撮影した宝永第1火口です。 富士山が眠っている間に登山、散策をいたしましょう ★Make your story...yokohama★ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.10.18 06:13:09
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