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2014/12/29
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ぶらり鎌倉一人旅 

 

 

最後に訪れるのは“円覚寺”です。建長寺方面から鎌倉街道と呼ばれる県道に沿って歩くと、北鎌倉駅の手前にあります。

寺院の庭園らしきものがあり、写真のように石橋まであるのですが、その先の総門までの間にJR横須賀線の線路が通っていたのでちょっと驚きました。  

PB170064.JPG

総門から先だけではなく、北鎌倉駅前を通る鎌倉街道のこのあたりまでが円覚寺の寺域だということです。明治時代の富国強兵政策の下、経済優先で鉄道を通したため、境内を横須賀線が通過すことになったそうです。

【総 門】

PB170065.JPG

この日、総門前では紅葉が始まっていました。

「鎌倉五山」の第二位の格式の高いお寺です。創建は1282年で、二度の元寇を戦い抜いた執権として知られる北条時宗が、戦いで亡くなった日本とモンゴル両軍の兵士の菩提を弔うために建立しまた寺院です。

【三 門】

PB170066.JPG

現在の山門は、天明年間(1781~89年)、第189世誠拙周樗によって再建されたものです。この三門は、明治時代の文豪・夏目漱石の小説『門』にも登場します。

1894年(明治27年)に円覚寺管長の釈宗演に参禅した夏目漱石は、のちに小説『門』でそのときの様子を次のように表現しています。
「山門を入ると、左右には大きな杉があって、高く空を遮っているために、路が急に暗くなった。その陰気な空気に触れた時、宗助は世の中と寺の中との区別を急に覚った。静かな境内の入口に立った彼は、始めて風邪を意識する場合に似た一種の寒気を催した」
この内容から、漱石のいう門は山門ではなく総門ではないかという説もあるといわれています。

【仏 殿】 

PB170068.JPG

仏殿(大光明宝殿)は、1964年(昭和39年)に再建された鉄筋コンクリート造の建物で、 もとの仏殿は1923年(大正12年)の関東大震災で倒壊しました。

仏殿に置かれてある丈六の釈迦如来像は廬舎那仏ともいわれ、頭の部分だけが鎌倉時代に作られたもので、仏殿の扁額「大光明宝殿」は、後光厳天皇の勅筆(1378年)と伝えられています。

建長寺同様に、三門をくぐると禅寺特有の空気が広がっていて、気が引き締まる思いがしました。

 

《続く》

 






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Last updated  2015/03/27 07:25:58 PM
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