テーマ:京都。(6074)
カテゴリ:京都検定1級受検勉強
天台宗の寺院編#6の解答です。
不正解だった場合は▲とし、その後に正解を記入しています。 ●愛宕念仏寺(右京区) ・平安時代より(厄除け)の観音として信仰を集める。 ・(称徳天皇)の開基により東山区弓矢町付近(旧愛宕郡)に建立された(愛宕寺)に 始まるという。 ・平安時代初め、天台宗の僧(千観内供)により再興され、(延暦寺)の末寺となった。 ・鎌倉時代の中期の再建になる(本堂)(重文)を保存するため、大正11年、現在の嵯峨 の地に移築された。 ・(地蔵堂)には(火之要慎)のお札として知られる(あたご本地仏火除地蔵菩薩)が祀 られている他、境内には一般の参拝者が彫った(約1200体)の石造の羅漢が並べられている。 住職(西村公朝)が進めた。 ●二尊院(右京区) ・寺名は(発遣)の(釈迦如来)と(来迎)の(阿弥陀如来)の二体の本尊に因む ・前身は(円仁)が承和年間(834-48)に(嵯峨上皇)の命によって建立した (二尊教院華台寺) ・(二尊教院)と(華台寺)の二寺ともいう。 ・永正年間(1504-21)に(▲広明恵教)が(三条西実隆父子)の援助で復興。 ・境内に(角倉了以・素庵父子)、(三条実万・実美父子)などの墓がある。 ・背後の(小倉山)には(藤原定家)ゆかりの(時雨亭)あとと伝える場所がある。 ●十輪寺(西京区) ・嘉祥3年(850)に(文徳天皇の后(染殿皇后))の懐妊・安産を願って創建された。 ・本尊は(腹帯地蔵)として信仰を集めている。 ・在原業平の墓と伝える(宝篋印塔)、業平のかつての恋人、(二条后(藤原高子)) の(大原野詣)での際、塩を焼いてその思いを託したという(塩竃の跡)がある。 ・(鳳輦形)をした本堂は江戸中期の建立で、本尊の他に(禅衣(おいずる)観音)を安置。 この観音は(花山法皇)が(西国三十三所観音霊場)を巡拝するときに背負っていた自作 の観音と伝えられる。 ●勝持寺(西京区) ・白鳳8年(役行者)が創建し、延暦10年(791)に(桓武天皇)の勅を奉じて再建したと 伝える。 ・所蔵の(細川幽斎)筆の懐紙は、元亀2年(1571)に催された(▲大原野千句連歌)と呼ばれる 連歌会で記されたもの。 ●吉峯寺(西京区) ・(恵心僧都源信)の弟子である(源算)が当地で小堂を建てたのが起こりという。 ・天喜元年(1053)頃に(源算)がのちの(▲後三条天皇)の皇后の安産を祈願したところ、男子 (後の(▲白河天皇))が生まれ、その功績により伽藍を造営。 ・鎌倉時代には(▲慈円僧正)や(証空上人)が住持を務め、(青蓮院)の各法親王が代々住職を 務めた。そのため(西山宮門跡)と称された。 ・その後も、(源頼朝)らの援助を受けて繁栄した. ・元禄年間(1688-1704)に(徳川綱吉)の生母である(桂昌院)の寄進によって再興。 ・国の特別天然記念物(遊龍松)は樹齢(▲600年)といわれる。 ・夏季の縁日に行われた(薬湯風呂)は(神経痛・腰痛平癒)の効能で知られた。 ・西国三十三所観音霊場の(第20番札所) __________________________________ 「京都検定過去問」カテゴリー一覧表 http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28 「京都検定出題傾向分析」カテゴリー一覧表 http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=30 「京都検定勉強」カテゴリー一覧表 http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=31 よろしかったらぽちっとお願いします。 にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2018/12/19 08:08:28 PM
コメント(0) | コメントを書く
[京都検定1級受検勉強] カテゴリの最新記事
|
|