『バジル』ウィルキー・コリンズ:臨川書店
正直、この作品をどこに分類するかは迷った。海外文学に入れてもいいのだけれど、読み始めると確かに面白いものの、英国の階級社会に縁のない現代の日本人、華族様のいない日本人には、ピンとこない話でもある。いったんそれを受け入れれば、そして『法と淑女』と同じく、否もっと類型的な人物描写とその展開を受け入れたなら、なかなかの娯楽作品であることは認めてもいい。だがやはり通俗だ。名家の次男が商人の娘に一目ぼれする。恋に盲目になった彼は、秘密結婚を受け入れ、一年後に晴れてその結婚を公にすることを承諾する。ところがその女は顔がきれいなだけですこぶる低俗な女だった。しかも不義密通を犯していた。勘のいい読者は、主人公が気がつく前にそのことに気がつくだろう。娘の父親はまるでテナルディエのようだ。母親がか弱くも善良なのが救いだが、娘の方にはエポニーヌほどの同情も覚えない。そして悪党どもは滅び、身の危険を感じていた主人公は、妹と兄に救われる。『法と淑女』もそうだったが、「主人」が弱弱しく、上流階級の御坊っちゃんが苦悩していることはわかり、同情は覚えるものの、共感はできないのである。読者はむしろ主人公の妹の方に共感するかもしれない。そして通俗であるにもかかわらず、短いエピローグで明らかになるように、事件の後もけなげな妹は兄とともに生活しているのである。結婚もせずに!だからよく考えた末、スリルとサスペンスの妙味を重んじ、『レベッカ』と同じくこのカテゴリーに入れることにした。言い訳である。最後まで主要人物の名前を書かなかった。「バジル」は主人公の名前だが、偽名であるという設定だ。そのほかの登場人物もみな、偽名で書かれてある。出版上必要だったから、というわけだ。要するに上流階級の読み物なのである。【中古】 ウィルキー・コリンズ傑作選(Vol.1) バジル /ウィルキーコリンズ(著者),北川依子(訳者),宮川美佐子(訳者),佐々木徹(その他) 【中古】afb