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猫たぬきの「シナリオ」は、どうでしょう?

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2008年03月28日
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 第二話「束の間の幸せ」

 読経が流れている。
 濃姫は、二年前のことを思い出していた。美濃から信長の元へ嫁いできた日のことを。
 あの日、今ここにいる顔に見覚えあるものが多くあった。姑である土田御前、居並ぶ重臣たち。ただひとつ違うことは、華麗な衣装で笑みを浮かべ濃姫を出迎えてくれたあの日の面々が、今は黒い衣装に身を包み、どの顔にも笑顔はない。知らない顔の女たちは、どの女も真っ赤に泣きはらした目をしている。
 信秀の葬儀である。
 皆、神妙な顔付きで読経を聞いている中で、平手政秀だけが、そわそわと落ち着きがなかった。それもそのはず、読経が終われば焼香が始まる。しかし、濃姫が嫁いできたあの日と同じように、肝心な信長の姿がない。
 嫡男であり、次の織田家家督を継ぐ者が、この席にいないことは考えられないことであった。
 土田御前が、非難するように守役の平手の方を見ている。
 読経が終わり、僧侶が焼香を促した。正にそのときだった。
 バンッと襖を蹴破るかのような大きな音と共に信長が入ってきたのだ。誰もが信長の方を見る。
一同の目が見開かれ、皆言葉を失った。
 信長は、実父の葬儀にも関わらず、いつもと同じ茶筅まげに泥だらけの身なりで入ってきたのだ。
 信長は、そんな皆の呆気に取られた顔などお構いなしに、信秀の位牌前にズンズン歩いていき、抹香を片手一杯に掴んだ。
「あっ」
 居並ぶ人間の、誰もが心の中で叫んだ。
 次の瞬間、信長は、信秀の位牌に抹香を投げつけていた。その勢いに任せ、位牌はカタンと音を立てて転がった。
 あまりにも軽く、あまりにも簡単に。
 誰もが、その音を聞き、その乱暴な所業を言葉もなく見ていた。
 信長は、位牌にくるりと背を向けて、そのまま出て行った。
 信長の遠ざかる足音と共に、一同は夢から覚めたように正気に戻った。
「何ということ・・・!!」
 土田御前は顔を真っ赤にして怒りを露にした。他の重臣たちも、口々に同じようなことを言い、小声で信長を非難したが、ただひとり濃姫だけが、「違う!!」と、心の中で叫んでいた。
 濃姫は、位牌に抹香をぶつけたときの、信長の心の痛みを感じていたのだ。信長は泣いている。今、この瞬間も、信長は馬の背に乗り野を駆けながら、涙はなくとも泣いているに違いないのだ。それが、何故誰にも解らぬ・・・?!
 その日、夜になっても、信長は城に戻らなかった。

 真夜中丑の刻。濃姫の寝所の襖が乱暴に開けられた。
 濃姫は、俊敏に褥から起き上がり懐剣を手に取った。
 入ってきたのは、信長であった。
「殿・・・」
 安堵の息を漏らし、懐剣を脇へと置き、褥の上に座り直した。
「このような時間に、いかがなされ・・・」
 問いかけた濃姫の口を、信長がふさいだ。そのまま褥の上へ覆いかぶさってくる。
 濃姫は、抗わなかった。信長の唇から伝わってくる微かな震えを感じたからである。信長の悲しみが、そのまま流れ込んでくるような接吻であった。

 信長が、褥から起き上がる。その裸の背に、濃姫はそっと小袖を掛けた。
「殿・・・」
 小袖を掛けた信長の背を、濃姫がぎゅっと抱きしめる。
「わかっておりまする。殿のお心・・・」
「何?」
 信長が、濃姫の方へ向き直る。
「たわけたことを申すな。何がわかるというのだ、俺の、何が?」
 濃姫は、真摯な瞳で信長を見据えた。
「殿が、まこと、お義父上様を愛しておられたことをです」
「何っ?」
 信長が、カッとなって濃姫を乱暴に褥の上に押し倒す。
「そなたに何がわかる、この俺の、何が!!」
「わかりまする!!」
 濃姫が信長を跳ね除けて、起き上がる。
「殿が・・・、あのようなことをなされたのは、お義父上が憎うてなされたことではないこと・・・。愛して愛して、お慕いしていたからこそ、あのような・・・」
 勢い込んで話す濃姫の目から、いつしか涙が流れていた。手で拭ってもそれは滝のように溢れ、しとどに頬をつたい落ちていく。
「お濃・・・」
 信長が、眉間の皺を深くし、反面、途方にくれたような声で言った。
「何故ゆえ、お濃が泣くのじゃ・・・」
「これは殿の涙でございます。殿が流せぬ涙を、わたくしが代わって流しているに過ぎませぬ」
「何・・・?!」
「殿は、お悔しいのでござりましょう。あのように早く、お義父上がお亡くなりになったことが・・・。殿は、愛していることを上手に示す手立てをご存じない・・・。殿の悲しみ、お嘆き・・・。わかっておりまする。この濃には、濃にだけは」
 信長は、胸を衝かれる思いであった。この女、どこまで俺の心を見透かすつもりか・・・?!
 濃姫の涙は止まらない。尚もしゃくり上げながら、
「・・・わたくしが美濃を出るとき、父上は優しい言葉ひとつ掛けてくださいませんでした。それが口惜しくて、心とはうらはらな憎まれ口をきいたのです。今生の別れとなるやも知れぬ父に・・・。でも今ならわかりまする。それも父の愛であったと。わたくしもまた、父を愛していたのだと」
「・・・!!」
 愛するがゆえに、心のままを口に出来ないときがある。愛するがゆえに、心とはまったくうらはらな振る舞いをすることもある・・・。
 葬儀の場にいた他の誰に解らずとも、濃姫にだけはわかったのだ。信長の心が。信長があげる心の悲鳴を、濃姫だけはあの瞬間、聞き取っていたのだ。
「お濃・・・」
 堪らず信長は、濃姫を抱きしめた。濃姫の細い体が信長の腕の中できしきしと悲鳴をあげるほど、強く、強く・・・。
「そなたは、俺だ。この世に分かれて生まれてきた俺の半身・・・。そなただけが、この俺を解る。本物の俺を知っている・・・!!」
 信長は、初めて逢ってから今まで、勝気で鋭い瞳をした濃姫を、まるで鏡に映した自分を見るように感じていた。自分と同じ感性を持つ者に、やっと出逢えたと思った。女というよりも、人間として、同志として、対等に濃姫を愛していた。その信長が、このときほど濃姫をいとおしいと思ったことはなかった。
 体を抱きしめてくれる女は、掃いて捨てるほど信長の周りにいる。しかしどの女も、心まで満たしてはくれなかった。濃姫は信長を、心ごと深く抱きしめたのだ。信長にとってそれは初めてのことだった・・・。

 「お濃!!」
 信長が、濃姫の居間へ入ってくる。最近では、昼も夜も気が向けば信長はやってきて、濃姫の居間でくつろいでいた。濃姫に、藤の枝を投げるように渡す。
「まあ、また枝を手折ったのでございますね。草花は生きているのでございますよ。手当たり次第に手折っては・・・」
「ああああ、うるさいのぉ。これは特別きれいに咲いておったから、お濃に見せてやろうと手折った枝じゃ。山で咲いているより、濃に愛でてもらえれば藤の花も本望であろう」
 そう言い捨てると、濃姫に背を向けてごろんと横になる。その背中が照れているのが、濃姫に見て取れた。粗野で荒削りではあるが、信長は、濃姫に少しずつ愛情を示すことを覚えていたのだ。
「濃! 腰を揉め」
「はい」
 濃姫は、素直に信長の腰を揉む。
 束の間の幸せな時間であった。濃姫は、自分の側にいるこのひとときだけでも、信長を寛がせ、癒したいと必死だった。
 信長が外でどれほどの苦難を強いられているか濃姫は知っている。幼少の頃からの守役であった平手政秀は、信長の本意を知らず、うつけを諌めるためと自刃した。いつでも矢面に立って、信長を守っていた盾をなくしたのだ。
 信秀の死後の織田家は、決して安泰ではなかった。信長が家督を継いだものの、それを良しとしないものたちが、今も水面下で画策している。織田家一族を束ねてゆくことを常に考えながら、まだ若い信長にはどうすることも出来なかった。

 そんな折、居城を那古野から清州へと移していた信長と濃姫の元に、一通の手紙が届いた。手紙の主は、斉藤道三。濃姫の父からだった。
 手紙の内容は遺書に近いもの。それと、信長に対する「美濃の譲り状」である。
 道三の息子、義龍が、二人の弟を切り殺し、道三に対して戦を仕掛けたのだ。これを知った濃姫は心痛のあまり、倒れてしまった。
 気は強いが、体は丈夫でない濃姫である。たちまち病の床に就いてしまった。
 信長は、たびたび濃姫の枕元を訪れ、
「俺がお濃の親父を助ける。だから、しっかりいたせ。必ず、俺が義龍から美濃を取り返してやる」
 と、濃姫の手をしっかと握って誓ったのだった。
 しかし、道三を助けるため兵を出すものの、織田家の内乱を逆に利用した義龍にしてやられ、信長は道三を助けることが出来なかった。

 長良川の戦いで、道三を討ち取った義龍は、今度は濃姫の母、小見の方の実家である明智をも攻めた。明智城の戦いである。その戦いでも信長は兵を出すが、及ばなかった。
 信長は、このときほど自分の無力さを実感したことはない。愛する女の父親も、母親の実家も守ってやれなかったことを、不甲斐ないと嘆いた。
 そして、それが二人の間に溝を作ってしまった。
 信長は、自分の不甲斐なさが恨めしくて、濃姫に合わせる顔がないと感じていた。
 濃姫は、病で心も弱り、昔のように信長を真に理解する心を失いつつあった。信長が自分の元を訪れないのは、父が亡くなり「美濃の譲り状」が反古同然となったことに対する苛立たしさだと、そんな風に考えていたのだった。
 もし信長が、濃姫の元を訪れ、信秀の葬儀の夜のように、ただ心のままに濃姫をしっかりとその胸に抱きしめてやっていたならば、こんなことにはならなかったのかもしれない。濃姫の邪念も晴れ、元のように仲睦まじい夫婦に戻れたかもしれない。しかし、信長にも男として、武将としての意地があった。美濃を取り返す。それが最優先だと思っていたのだ。
 ひとり涙に暮れる濃姫を、信長は癒してやる術を持たなかった。それほどに、二人はまだ年若く、愛を知るにはあまりにも幼かったのである。
 
 生駒屋敷。お鈴を鳴らす音が聞こえてくる。
 仏壇の前に女が座っていた。雪のように白い肌に黒装束が痛々しく見えるほど、か細く弱く、はかなげな女だった。
「お類」
 襖が開いて、お類と呼ばれた女の母親が顔を覗かせた。

 母に伴われて、お類が父親のいる部屋へ入ってきた。憔悴しきったお類が、父の前に座る。父親は、何と言って娘を慰めていいやら戸惑っている様子であった。
「弥平次は気の毒なことだった・・・。しかし、そなたはまだ若い。この屋敷に戻ったからには、そのうちまた良い縁もあろう」
「・・・いいえ」
 人形のように黙って座っていたお類が言葉を発した。
「わたくしはもう誰の元へも嫁ぎませぬ」
「お類・・・」
「わたくしは、ここで一生、夫を弔いながら生きとうございます・・・」
 このお類という女が、のちに信長最愛の側室と言われる吉乃である。
 お類の夫、土田弥平次は、道三の死後、明智家を攻めた明智城の戦いで、戦死したのだった。
 もし、義龍が道三を討たなければ・・・。弥平次が戦死しなかったら・・・。お類が生駒屋敷に戻っていなければ・・・。ほんの少し何かが違っていたら、信長は吉乃に出逢うことはなかったかもしれない。しかし、運命の歯車は、濃姫の嘆きに逆らい大きく動き始めていたのである。
                 
                         ・・・「束の間の幸せ」 完
                                         





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最終更新日  2008年04月01日 14時50分17秒
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