★投稿した小説「聖母たちの棺」(9)1~8から読んでね。
美緒は放課後に張り切って、問題児たちの溜り場になっている屋上に向かった。屋上からは部活動に励む生徒たちのかけ声が聞こえる。高校生たちの群れる学校らしい、さわやかな喧騒だった。 放課後なのに屋上にはまだ何人かの男女が死角になっているところで、しゃがんでタバコをふかしていた。階段を昇ってきた美緒に気付いた彼らはすばやく足でもみ消すと、その吸い殻まで指で拾って小さなカンに入れて隠した。美緒は彼らと友達になろうという、豆粒のような度胸にムチ打って歩み寄った。が美緒は目の前まできて、下をむいてしまった。その微細な度胸が異種の人類に声をかけるという大事を前に、いとも簡単に縮みあがってしまったのだ。その間に彼らは蜘の子を散らすように彼女をおいていってしまった。彼女の前には一人の生徒だけが残された。「あ、あのもしよかったらあたしと、あたしとお友達になりませんか?」「友達ぃ?」頭のはるか頭上で声がした。 美緒が顔をやっとの思いであげると、そこには頬に無数のキズをつけた長身の生徒が、彼しか持ちえない独特の存在感をオーラのようにくゆらせていた。まぶしいまでの赤い髪が陽光にすけ、緊張でしばたたく瞳孔に差し込んでくる。(優しい問題児) 美緒はあの時のヒーローを目の前にして感動したが、そのホオには何本も刻まれた異様なキズがあった。キズはすっかり固まり、血液のドームとなって盛り上がっていた。でもその悪魔が描いたような傷跡をさしひいてよく見ると、くっきりとした形のいい瞳だ。まっすぐに伸びた鼻梁にしっかりとしまった口元で、彼はなかなか姿のよい男だった。 濃い紺の学校の規定のジャケットを着てはいるが、タイはかなり緩めていて、美緒からみるとかなりだらしない。 髪の色も朝見たとおり筆で丁寧に描いたように朱色に染まって後に流されていた。その長身と彫刻されたような顔で、彼は鉄製のてすりに半身をまかせ美緒の前に立っていた。そんな男の顔に間近で見下ろされて、美緒は足がすくんでしまった。 彼女は目的の男女が逃げてしまい、ひとりでいた彼に代わってい たことを今になって気づいた。 女の子のフリョウと友達になろうと決めてやってきたのに、顔を合わせられなくて失敗してしまった。前にいるのは傷だらけだが、朝から善行ができる奇妙な問題児だ。 しかしいまさら彼を避けてきびすを返して、引き返す勇気もなかった。気になる存在になり初めた男と視線を合わせて、話すことなどできやしない。彼の視野に入り二人の緊迫した視線が接触するだけで、はじけてしまいそうだ。「あ、あ、あたしお友達になりたいんです。あなたとお友達になって自分を変えたいんです。このままじゃ石のようにお堅い女で終わってしまって、彼氏だってできないような気がするんです!」「あ、じゃあ、自分を変えたいなら、まずショジョ捨てれば?」「えっ?」「そうすれば頭のやわらかい女になれるぜ」「なんなら俺が相手になってやるけど」「あ、いえ、あの、やっぱりこーいうことには順番が・・・・・」 彼は勝ち誇ったような笑みを浮かべて、その赤い髪をかきあげた。 髪は豊かに後方に流れ、深紅の帳を描きだす。「ふん、まだショジョか」「・・・・・・いくじなし」「・・・・・・!」 処女がバレ、予想もしなかった展開になって、羞恥心で美緒の心筋は硬直し化石になってしまったようになった。これも一種のカルチャーショックなのかもしれなかった。