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南伊豆童話工房はこの美しい自然の中にあります。
南伊豆童話工房の創作は、自然、自由、知的な独創性を持って展開しています。これから作品を順次発表していきます。 興味のある方はどうぞメッセージを残してください。南伊豆佐藤工房のリアルショップへも気軽に是非おいでください。 作品の展示、直売、ミネラルジュエリー手作り体験教室。自然・流木アート体験教室、出張教室、南伊豆自然ウォーキングも おこなっています。 静岡県南伊豆町子浦99-39 電話0558-67-1357 南伊豆佐藤工房は内なる自然を見つめています。
カテゴリ:南伊豆童話工房
お母さんの裁判は3日間続いた。
夜はほとんど眠れなかったようだ。3日目には死人のようにうつろな目をしていた。それはとても普通の主婦のようではなかった。 裁判が終わってからしばらくしてお母さんは普通に戻った。でも時々夜中にお父さんと話し込んでいるようだった。 裁判所のお母さんは普通の主婦の目で裁判を見ていたのだろうか? 明るい日差しの入った部屋でお母さんはいつものように洗濯物をたたんでいた。 私はお母さんの横に座って、山のような洗濯物を手にとって一つ一つより分けながら、訊いてみた。 「お母さん、裁判所ってどんな所だった?」 お母さんはしばらく無言で、そして、静かにほほえんで言った。 「テレビで見たのと同じだったわ。」 「えっ、嘘、キムタクとかのドラマみたいな?」 「ええ、そんなかっこいい人はいなかったけど。」 「本当?嘘でしょう。」 「そうね、ミチ、お母さんは少しテレビを見過ぎてたかもしれない。新聞でもラジオでも週刊誌でもそうだけど、そんなのを全部合わせるとものすごい量になるものね。」 「うん、そうかな、そんなに感じないけど。」 「そうね、それが当たり前で、自然だものね。友達や先生でもご近所でも、皆同じようなテレビを見て、同じようなこと話してる。時々違うことや反対のことをいう人もいるけど、でも、やっぱり出どこは同じで、ただ別のワイドショーだったり、別のコラムだったりでね、結局は皆同じ方向むいて、皆で行けば怖くない、て感じかな。」 「うん、変なこと言うと皆に変に見られるし。」 「皆に嫌われたくないものね。」 「一人きりにされたくないし。」 「お母さんも、そうよ。とても一人じゃやってけないわ。」 私とお母さんは顔を見合して笑った。 「ミチ、裁判官て、どんなイメージ?」 「偉い人?」 「じゃ、検察官は?」 「怖い人?」 「弁護士は?」 「変な人?」思わず二人は噴き出した。 「被告人は?」 ヒコクニン・・ 「悪い人。悪い人かもしれない人?」 「そうね、じゃ、被害者は?」 「かわいそうな人。」 「被害者の家族は?」 ヒガイシャノカゾク・・?・・私は少し考えてしまった。 「もっとかわいそうな人?一番かわいそうな人?」 お母さんは何度もうなづいていた。 「そうね、たまらなく、救いのない人たちだった。」 私も何度も何度もうなづいた。 「後ね、傍聴席ってね、観客人がいるの。まるで小さな劇場ね。そんな色んな俳優たちが一緒にいるのが裁判所なの。」 お母さんは手を休めて、遠くを見ているような目をして言った。 「でもね、本当はそんなイメージを持って裁判所に行っちゃいけなかったの。お茶の間のね、テレビ番組のようにね。」 「お母さん。」 「ミチ、キムタクや田村正和みたいなイケメンが出てきて、犯人はあなただ!なんて言われたらどうする?お母さんはね、共犯者になってしまったのよ。お母さんは死刑執行人になってしまったの。」 「お母さん。」ソンナコトナイ・・と私の言葉は続かなかった。 「お父さんはね、行かない方がいいんじゃないか、て言ってたの。本当はね、国民の義務だから誰にも断れないんだけど、一つ方法があってね、こっちが嫌だと言わなくても、向こうから断ってくるような方法がある。国と法律に役に立つ人だけ選ばれて、国に意見のある人は排除されてしまう、そうやって暗に国民を調査するのだろうとお父さんは言ってたの。でも、お母さんはお父さんの意見には耳を傾けなかった。面倒くさいし、どんな所か分からないから、怖かったけど、お母さんには、お母さんなりの考えもあってね。・・と、その時は思ってたの。」 私は黙ってうなづいていた。お母さんの考えはよくわかる、と、でも、 「でも、今思うと、それはお母さんの頭の中にあったのだけれど、お母さんの考えたことじゃなかった。」 「お母さん、そんなことない。お母さんの考えは私にもよく分かる。私だけじゃない。皆もそう思ってる。」 「そうね、きっと、今でもそうなの。皆と同じ考えを持ちたかったの、それがお母さんの考えてたことなのかもしれない。」 「お母さん、どうしてそれじゃいけないの?」 「ミチ、お母さん今回のことで少し別のものを観たの。それで少しだけ気づいたような気がする。でも、ほとんどのことはわからないまま、こうして元に戻ってしまった。この生活の隅々まで、目に見えない力があふれていて、普段は何も感じることはない、自由で、平和で、仕合せな毎日だけど、もし、何かが起こった時には、個人ではどうすることもできないような力が現れてくる。それはあまりに巨大で容赦なく人の命にまで及んだりするの。まるで、ハリウッドの映画みたいな話ね。」 「でも、それはお母さんのせいではないでしょう。お母さんの責任じゃない。」 「昔ね、お母さんも生まれてない昔、多くの人がそう言って、殺したり、殺されたり、戦って死んでいった、らしいの。誰もね、それを止めることができなかった、らしいのよ。お母さんには関係のないことだと思っていたわ。いや、そんなこと思ってみることさえなかった。でもね、今回のことでお母さんも、けして無関係でないことがよくわかった。自分の知らないうちに見えない力はすぐそばまで来ていたの。昔のような姿でなく、今の、新しい姿でね。それがわかったということだけが唯一良かったことかもしれない。じゃー、わかったから、どうかしようと思っても、どうにもならないんだけどね。」 「そんなことない、お父さんはこれから考えていけばいいと言ってた。」 「そうね、お母さんも考えるわ。でも、お父さんと、私は違うの。ワイドショーもキムタクのドラマも見てしまう。流行のエコグッズも買うわね。メタボダイエットもやるかも。」 「そういうのが全部いけないことなの?」 「ううん、そうじゃないの、楽しいのよ。何をしててもいいの、呼ばれない限り何をしててもいいのよ。それがお母さん達に与えられた引換券なの。」 「引換券?」 「そう、福引の引換券みたいなもの。ことが起こらないうちは何をしててもいい自由な権利のこと、でも、その引換券を持っているということは統治されているということなの。」 「トウチ?」 「ええ、お母さんもお父さんから聞いたんだけどね、支配されているということなんだって。」 お母さんの顔に裁判所に行ってる頃の疲れた表情が少し浮かんだ。私は困惑でいっぱいだった。支配されてるなんて、実感は全くない。お母さんはもうお手上げ、というように力なく笑って見せた。 「ミチ、お母さんはきっと、今のミチと同じ気持ちだよ。大丈夫、何も心配は要らない。こうやって乾いた洋服をたたんで、日々の自分のやれることをやっていけばいい。」 私は頷いた。 「お母さんは裁判所で別の意味で加害者になってしまったけど、本当の意味で、救いのない人たちに必要なのは赦しだと思った。キレイゴトじゃなくてね。そうでなければ、いつまでも、加害者としての自分が赦せないの。なんだか皆、赦しあうことをどこかに忘れてしまったかのよう・・いつまでも、いつまでも一生、自分を苦しめることを引き寄せてしまったみたいに・・それが一番辛く悲しいことよ。」 お母さんはいったい何を観てしまったのだろう。 陽だまりで温まった洗濯物をひざの上でたたみながら、私はただ、ただお母さんの悲しみを見つめ、うなづき続けた。 おしまい 長文お読みいただいてありがとうございます。 ご意見ご感想などあったら、コメントでも、メールでも是非お聞かせください。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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