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窓辺でお茶を

窓辺でお茶を

本箱(海外ミステリーの棚)

・「すももの夏」
・「夜のフロスト」
・「暗い広場の上で」
・「ダンテクラブ」
・「灰色の魂」

「スモモの夏」ルーマー・ゴッテン著 野口絵美訳 徳間書店

 ルーマー・ゴッテンは「黒水仙」という映画(デボラ・カーがインドという異文化の中で奮闘する清楚な修道女を演じた)の原作で有名になった作家です。岩波書店から出版されている児童書「人形の家」もとても心に残っています。

 「すももの夏」はティーンエイジャー向けのようですが、大人にも面白く、前半は自分が子供と大人の境の年齢だったころの気分を思い出しながら、フランスの夏を主人公たちと一緒に楽しみ、後半はサスペンスのような展開にいっきに読んでしまいました。作者の体験をもとにしているそうですが、感受性の強い時期にずいぶん強烈な体験をしたものです。

 主人公のセシルには3歳年上で16になる姉ジョス、3歳年下の妹へスター、その3歳年下のヴィッキー、ヴィキーより3歳年下のウィルマウスというあだ名で呼ばれる弟がいます。学者の父は調査旅行で留守がちです。 色白で黒髪の繊細な美人のジョスとウィルマウスに対し、セシルはピンクの肌でがっちりしていてコンプレックスを持っていました。 子供たちが自分勝手でしつけに失敗したと思った母はフランスの戦場だった場所に旅行し、戦死した兵士たちのことを考えさせるのだ、と言い出し、5人の子供を連れて外国旅行に行く、というかなり無謀なことをしますが、出発の前日に虫にさされたのがもとで敗血症になり、到着するそうそう入院してしまいました。ジョスも具合が悪くなって部屋で寝ているはめに。

 子供たちが泊ったレ・ゾイエ(カーネーション)という名のホテルには経営者のマダム・ジジ、マダム・ジジに特別な思いを抱いているらしいマダム・コルベ、コックのムッシュー・アルマン、メイドのモリセットとトワネット、下働きのませた少年ポールら、それにマダム・ジジの愛人であるらしいイギリス人のエリオット、有名な画家ジュベール他何組かの宿泊客がいました。

 エリオットは長身でハンサム、女性にもて、子供たちもすぐにエリオットが大好きになりました。母はエリオットに子供たちの保護を頼み、エリオットも親切にそれに答えて何かと面倒とみてくれました。しかし、セシルはエリオットには3つの顔があると感じるようになります。やさしい顔、冷たい顔、もうひとつの謎めいた顔。

 健康を回復したジョスが身なりを整えて姿を現すと、皆ジョスに賞賛の目を向けましたが、エリオットも最初気付かなかったジョスの美しさにびっくりしたようでした。エリオットは子供たちをレストランやお菓子屋、ピクニックに連れて行き、皆は最高に幸福な時を過ごしましたが、妙なことがことがあったり、大人の女性の自覚を持ち始めたジョスとエリオット、マダム・ジジの微妙な心理と態度に、無邪気な幸福は壊れてゆきます。 これ以上はネタばれになりすぎるので書きませんが、夏休みに読むのにぴったりの1冊でした。(1年中くぎりのない専業主婦でも気分は夏休み)


「夜のフロスト」R.D.ウィングフィールド著 東京創元社

 先行するフロスト警部もの、「クリスマスのフロスト」「フロスト日和」のどちらを読んだのか忘れてしまったのですが、そのときは身だしなみも悪く、品も悪いフロストには、人間的にも魅力を感じませんでした。けれども、ミステリーチャンネルでイギリスでドラマ化されたシリーズで、名優を得て作者のフロスト像も変化していったのか、あるいは、私に最初見る目がなかったのか、はたまた、計画的に第一印象は悪いけれどだんだん良さが見えてくるように書いているのか、この「夜のフロスト」では、あいかわらず卑猥なことを言ったり幼稚ないたずらをしているものの、自分の功績を惜しまず人にあげてしまったり、部下の責任は自分がとったり、と見かけによらない魂が垣間見えます。

 女子高生がアルバイトで新聞配達中に行方不明になっているのも解決していないというのに、デントンの町では老女が連続して惨殺される事件が発生。ところが、デントン署ではインフルエンザが流行してひどい人手不足のために、感染を免れた警官たちはろくに家に帰る間もありません。墓地が荒らされたなどという被害にはとても手がまわりません。 新任のギルモアは地方に転勤になれば少しはのんびりした生活ができると期待していた妻との板ばさみ。 新聞販売店主が陰で裏ビデオを売っていたり、といくつもの事件が平行して展開してゆきます。

 他の作品も読んでみたいという気になりました。テレビで見ているはずなのですが、誰が犯人だったかはあまり思い出せないのでちょうどよいというかなんというか…

「暗い広場の上で」ヒュー・ウォルポール著 澄木柚訳 ハヤカワ・ミステリ

 第一次世界大戦の兵役から戻ってくると、職場を提供してくれていたハリーは亡くなっており、私リチャード(ディック)・ガンは食い詰めてしまった。なけなしの有り金をはたいて買ったドンキホーテの本と手元に残ったたった半クラウンを持って町に出た。ピカデリーサーカスを歩きながら、その半クラウンで何か食べるべきか、床屋で髪を切るべきか、悩んだが、むさ苦しいのに耐えられない性分なので床屋に行った。
そこで、ずっと会いたいと思っていた人物、ずっと知りたかったことの鍵を握る人物ベンジェリーを見かけ、後をつけた。
ベンジェリーは見失ったが、チャーリー・フラーに会った。フラーはオズマンドを訪ねるところだった。
オズマンドは貴族で子供のように純真な雰囲気の愛すべき男だったが、突然かんしゃくを起すとおさえられなる時があった。
オズマンドとフラー、そしてもうひとり、ヘンチという男は、もともとは善人でありながら、強盗を働こうとして捕まり、懲役に服した。オズマンドは嫌味な俗物夫婦を懲らしめたいがために強盗を計画したらしい。捕まったのは、ベンジェリーの裏切りのせいだったが、なぜベンジェリーがそんなことをしたのか、私は知りたかった。
オズマンドは今ピカデリーサーカスを見下ろす部屋に住んでいた。そこにベンジェリーが訪ねてきて、私は悪夢のようなできごとにまきこまれていった… その渦中でオズマンドの妻ヘレンに再会し、私たちはお互いの思いを悟った。

 たそがれ時から夜の広場、ネオンサインの広告、劇場、そこでうごめく人々…   モノクロームの映画のような、夢の中のできごとのようでありながら、リアルな描写でスリリングな展開をみせる佳作です。


「ダンテクラブ」 マシュー・パール著 新潮社

 南北戦争が終わって間もないボストンとケンブリッジ(アメリカの)で判事、牧師、実業家が連続して残酷極まりない妙なやり方で惨殺され、ちょうどダンテの神曲を翻訳していたロングフェローたち詩人と出版社のフィールズはそれが地獄編に書かれた劫罰を実現していることに気付き、ダンテ翻訳に反対している大学の理事会に利用されないよう、また自分たちが疑われるのを避けるために犯人さがしに乗り出します。

 著者のマシュー・パールはダンテを研究している学者でもあり、ロングフェロー訳の地獄編を復刊するにあたり、編集にも携わったそうです。私はロングフェローがダンテを翻訳していたことは知らず、ロングフェローの名は知っているものの、その詩も読んだことはないのですが、そういう知識なしでも面白く読め、新たな興味がわいてきました。
翻訳家を志す人にも興味深く読めることでしょう。翻訳とは、単に外国語ができない人にも読めるように言葉を移し変える、というだけではなく、時代、本に書かれた思想によっては、大きな意味がある行為なのですね。

 残忍な殺人事件の話にもかかわらず、後味が悪くないのは探偵役のロングフェローたちの人柄が上品で魅力的に、それぞれの悩みや弱みも含めて個性がうまく書き分けられているせいに違いありません。

「灰色の魂」フィリップ・クローデル著 高橋啓訳 みすず書房

 登場人物が言うように、人間の魂は白(善)とか黒(悪)とかいえない、灰色なのです。

 第一次世界大戦のさなか、10歳の美少女が絞殺され川に沈められているのが発見され、その日、岸辺で検察官が少女と話しているのを目撃した人がいた…
そこまで読んでモーパッサンの「プティット ロック」みたいな話かと思ったのですが(モーパッサンは結局怪談じみた展開だった)、そうではなくストーリーの展開をミステリーとして楽しむこともできるし、またそれ以上のものとして読み込んでいくこともできる小説でした。

 ミステリーチャンネルで紹介されていて興味を持ち、同時にみすず書房からミステリー?と不思議に思ったのですが、読んでみて納得。無表情に仕事をこなし幾人もの容疑者に死刑を宣告してきた謹厳な検察官も、いつも微笑みをたやさない若く美しい新任の女教師も、そして語り手の刑事である私も、 内面には人に見せないものをかかえていて、推理小説的ミステリーとしてもおもしろいけれど、人間の魂をめぐるミステリーとも受け取ることができます。
 読み終わった後も心の中で登場人物たちが影絵のように動き続けている、そんな感じがします。




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