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2005年12月17日
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カテゴリ:癌闘病記
■■日本のがん医療を考える 第四弾■■
■2005年12月 17日       マイスケジュール 12月    皆は、どう思うかな

              皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】

           皆!リレー・フォー・ライフに投稿しよう 【がんサポート伝言板】
     
【鬱にならない方法】
   
シュウの考える「がん撲滅・がん医療改革・意識改革」のレポート

今回の第四弾は

【鬱にならない方法】

私は、医師でもカウンセラーでもないので、私の体験と思いを伝えたい。


2003/04 がんの告知を受け、抗癌剤治療を何の疑問もなく受け入れた。

これは、なんの情報もなく、主治医の先生の言う通りにしかできなかった。

抗癌剤はシスプラチンにビノレルビンという組み合わせだ。

1ヵ月が1クールである。

まずシスプラチンを点滴1日一杯の9本の中で投与する。

毎水曜日にビノレルビンをルートから入れる。

ビノレルビンが2~3回投与される。

そして1週間は休薬である。そして骨髄抑制対策を行なう。

ここまでで1クールである。

第1クールが終了した。

私は副作用がほとんどなかったがこの1ヵ月はほとんどベットで暮らした。

テレビと漫画本で1日がすぎていた。

でも、告知から今まで毎日「がん」のことが頭から離れなかった。

今、思えば第2クールに軽い鬱になり 第3クールでそれは本物になった。

その経過と内容はこうだ。

第2クールのビノレルビン3回目から1日一杯、点滴を見ているか、寝ているかで1日を過ごす日が多くなった。

気持ちと頭は、「がん」のことばかり、不安と恐怖が渦巻いていた。

夜中に震えがでることも多くなった。

そして医師、看護師に不信感が何故かわき、人を信じられなくなり、ベットから離れなくなる。

どんどん気持ちが落ち込んでいくのがわかった。

悲劇の主人公だ。

その時の私は、看護師さんからみてもいやな患者だっただろう。

自分でルートを抜いたこともあった。

不安が不安を生み、頭がもう不安な事だけになる。

1日言葉を言わない、話さない日があった。

点滴を見つめているだけだ。

このままではいけない、とか何とかしよう なんて 考えられない。

いつ死ぬのだろう、死に方はとか、もうだめだ、毎日、この点滴のことを思う。


病室のトイレが使用中だったのでデイルームの近くのトイレにいった。

そして、天気だったので外の眺めを見たくなってデイルームへ

「にいさん 入院 長いのかい?」 と声を掛けてくれた人がいた。

「ええ まあ」 「若いのに元気ないね~」 「・・・・・・・」

Hさんだった。 その後 T君 Kさん と話をするようになった。

彼らは慰めは言わない。

病気のはなしが中心だが、自分の病期、状態をすべて語っていた。

私より、状態が悪いのに、元気だった。

それからだ、点滴をただ見ていることもなくなり、看護師さんと会話が多くなった。

デイルームでの「病院批評と先生の悪口」により私の鬱は治った。


Hさん T君 Kさん みんな卒業していったが、私の友人だ。 

今でも、彼らに心から感謝している。

「オーイ元気か?」と彼らの声が聞こえる。

皆がいなければ私は死んでいたかも知れない。

    

                            シュウ






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Last updated  2005年12月17日 17時29分35秒
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