カテゴリ:甲田療法
昨日の霊能者の木村藤子さんの話しで 実はもうひとつ 印象に残ったことがあります。
「人の悪口を言う気がないから、人の色んな事が視えてしまうのが 凄く嫌だった」 これは衝撃!! 恐らく私が思うに、この「悪口」というのは、人に対して悪感情を抱かない、という事だと思うのです。 良かれあしかれ、人は人に悪感情を抱くもの。 「嫌な人だ」もですが、 「いいな、、あの人ばっかり」なんていう妬みや 「それに較べ私なんて、、、」という劣等感、 「あの人、身体が悪いんですってよお~。私たちはそうじゃなくって良かったわね」 みたいなものまで、とかく比較して「相手を下げる」ような気持ちを 持ってしまうもの。 比較することは 自分自身を振り返り 成長の糧にもなるものだから悪いことではないけれど、 「だから自分はこうしよう」までいかず、 「嫌ねえ、、」や 「あいつが悪い」や 「自分じゃなくて良かった」 で 終わってしまっていたら、それは糧ではなくて ただの「悪感情」 自分も人も下げる 「低い波長」であり、非生産的なもの。 先日、スピリチュアルカウンセラーの江原さんがおっしゃっていたように「前向きとは 状況を考えずバカみたいに明るく突き進む事ではなく 失敗しても落ち込んでも それを繕って歩むこと」 これを踏まえて言うと、 失敗や悪感情はあってもいいが それよりも 自分がどうするか、、どう考え どう行動するか それが一番大事ということ。 何かのせいにする、低い波長に留まる事がよい事だとは 言っていないわけです。 「あいつが悪い」「こいつが悪い」「自分なんて」と思う 低い波長からは なるべく速やかに脱した方がいいわけですよね。 しかし、私たちは、 「あの人が」や 「私なんて」 からなかなか抜け出せないのです。 解っていても脱するのが 大変なのに、木村藤子さんは ハナ(余談:ハナって韓国語の゛1"から来てるんですよ!)から 悪感情を持たない部分があるってことで、それは本当に凄いことだと思うのです。 人格者なんだな、、と感心しました。 人格が低ければ、視えることに「へえ~」とか「あの人がねえ」とか 興味津々で視てしまうんじゃないでしょうか。 矛盾だけれど 多分藤子さんは本当に嫌だったんだろうと思うし だけど そんな藤子さんだからこそ 凄い霊能力を授けられたんでしょうね。。。 人間として こんな人もいるんだなという感心とともに、恥ずかしい気持ちでいっぱいです(v_v) 私の波長の低さと言ったら、、、 み 見習わなくては!! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
Jan 20, 2007 11:18:50 AM
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