自然 はり・きゅう治療院に関しましては 画面左のFreepage Listより御閲覧下さい。 人のからだ、存在は自然と一つ。
自然に学び、からだに学ぶうち、感じられるようになったこと。
同時に社会が自然の理から離れつつあることも。
社会は人の集合体。 自然の理から離れるならば、葛藤からの苦、いわんや病を生じる。
それでも僕らはその狭間、 「づれ(ずれ)」の中で生きていかなくてはならない。
ならば、その「づれ」の中で如何に充実した生をまっとうするか。
自然に添いつつ、社会を生きる。
内なる自然への気づきはその第一歩。
そんな探求の記録をここにつづることにした。
生きよい世界が広がりゆくよう、願いを込めて。
なまはげ侍の日記 [全378件]
お乳から離乳食への変化に伴い、便もまた変わります。
塊になってくるだけでなく、香りもグレード・アップ。まさに、米が異なると書いて糞…。
食べては、糞をたれる私たち。
親に始まり、死ぬまでにたくさんの人と接します。
中には、あまりうれしくないものを受け継ぐこともありますが。
それすらも糧に自分を変化、後は過去の糞(思い出?)と水に流したいものだ、と想います。
最近は、遺伝、遺伝と言いますが。
さまざまな出会いの果てに、遺伝すら突然変異で超えていく。そんなところに一人生の面白みがあるのではないか、と。
親から受け継いだものの中には、一生かけて乳離れしていく部分もあるのでしょうね。 
1月に入って離乳食を摂り始めた長男。
離乳食といっても、やわらかい米、潰したカボチャ、ジャガイモ程度。
食し始めた途端、やたらと活発になってきました。
お乳もすごいけど、食、命をいただくということのパワーを、改めて想います。
お乳もさることながら、食は明らかに自分にとって異物。
しかし、それを摂り込んで成長の糧とする。異物と接して成長します。
そういう意味では人間関係も同じで。
人と接する、ということもまた、お互いにとって成長の糧。
命の交流という意味では、そう変わらないのでしょう。
意識が働きすぎて、食わず嫌いをしていては、成長の糧とはなりません。
ナマコも酒のつまみにいけたりします。
一見苦手っぽい人から学ぶところは大きかったりします。
…というか、詰まりました。
トイレが。
 
宇部は珍しく雪。凍った可能性大でした。
朝、それとは知らず、「大」をして流したので、飛散…いや悲惨でした。
熱湯を流す(辛うじて水は少しずつ流れていた)こと数回、ゴボッという音とともに、息を吹き返す如く解消。
しかし、沸き立つ湯気の香に、こちらの息は詰まりっぱなしでした。
トイレが使えず、患家にはご迷惑をおかけしました(電話でその旨報告してから来てもらったが)。
「便」とかけて、「これぞ、不便、ですね」とお声をかけてみたところ、「昔はトイレットペーパーも新聞紙で…(中略)今は便利だよ」と歴史的なお答えをいただいたのでした。
此度の関西訪問では、大学時代の友人以外にも、お世話になった人たち数組と会うこと叶いました。
しかし、2泊3日という限られた時間。
会いたい人はまだまだたくさんあったのですが、回りきれません。
改めて、関西でもたくさんの人に育てられてたのだ、と胸が熱くなったものです。
同時に、もったいないような、申し訳ないような心持ちも生じて。
もっと思い込みを捨てて、子どもの如く素直に人と接することができていたなら(前回の日記参照)。
出会った多くの人から、より多くのこと、より深いところを受け継ぐことができたのではないか、と。
人のふり観て、我がふり治せ。
反面教師的な意味合いに限定してとらえていたものですが、最近はもっと広く、深い意味合いをもっていることに気づかされています。
意識的、無意識的、両方のレベルで意味深い。
問題になってくるのは、果たして相手を「観る」ことが本当にできているのか、という点です(もちろん、それは「聴く」など、他の感覚にも当てはまる)。
思い込みや固定観念、表層の意識が目を曇らせる。自ら壁をつくり、関係・交流を希薄にしてしまう。お互いの成長を妨げてしまう。
観ることができているつもりで、まるでできていない現実。人と接することができていない現実。学ぶことができていない現実。
士、別れて三日なれば、即ち当に刮目して相待つべし。
観る側、(成長を)観られる側、両方の視点から、そうありたいです。乞うご期待。
思い出話をもう少し。
秋田帰省の帰路、第3の故郷、関西に立ち寄りました。
そこで大学時代の友人たちと、およそ2年ぶりに再会。おおむね家族同伴で集合。
世間は少子化を嘆いて(?)いますが、私の周囲はそれなりに授かっていて。
集まった5家族もいずれも2人以上子どもがおります。したがって、会場はすこぶる賑やか。
いずれの子もまだ小さいので、この親にして、この子あり、という様相が如実で面白い。

前回の日記で少し触れた「無意識的に得る記憶」。
その積み重ねが人間形成のうち大きな割合を占めるように想います。
行動をともにする、ともに在るだけで、受け継がれるところがある。
生まれてから幼少期の人間形成においては、ほとんどそれのみと言っても過言ではないでしょう。
「生き写し」という言葉がありますが、子どもは文字通り、親を写し、また、映しています。
「教育」と気張るより、子という鏡を看て、親(あるいは周囲の大人)が自分の有り様を正すことが大切でしょう。
人のふり観て我がふり治せ…昔の人はよく言ったもので。
親子のみならず、対人関係の基本、成長、学びの基本のようにも想えます。
(本業と結びつけるならば、病気という、もう一つの自分の側面を看て、自分の有り様を正す養生も同じか、と)
それにしても、友人親子、いずれも親子ともに成長していて。友の成長は何よりの励み。
そんなわけで、わが子を通して自分を看るところ、最近のテーマは後始末でしょうか。
親子ともに励んでいます。
前回の「思い出」話ついで。
時さかのぼること数週。
正月秋田に帰省した折、二十数年ぶりに雪遊びをフルコースで楽しみました。子どものおかげで、再び、です。
かまくらに雪だるま、それから庭に坂を作って「そり」。雪合戦は、娘の泣きが入り、即終了でしたが…。 

雪で何を作るにしても、自分でも意外なほど手際よくできたことに、驚きと喜びがありました。
からだが憶えていてくれたのでしょう。

行動の中で、からだで感じ、無意識的に得た記憶は大きく、深い。

改めて、この雪多き土地に育まれたのだナァ、という感慨。
親と雪遊びをした記憶も甦ってきて、吹きすさぶ寒風がいっそう目頭を熱く感じさせたのでした。

今日は娘の誕生日。
早朝から近くの山に登りました。
娘の絵本に則ったアイデア。
山に登って、お誕生日がやってくるのを待つ。
…はずでしたが、少し寝坊したので“お誕生日”は一足先に昇ってきていました。
それでも、美しい朝焼けと真っ赤な“お誕生日”を拝むことができました(紅い朝日は何だか赤ちゃんを思わせるなぁ)。

そして、山でおにぎりを食べ、娘主導でルール無用(不明)の「高鬼」をし、娘は幼稚園へ、私は仕事へ赴いたのでした。
モノより思い出。
親子そろって山で小便したのがたたってか、下山途中、こけて一泣きしましたが、これも思い出? 
おかげさまで無事4歳を迎えました。
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