集美学村（２）

鰲（ごう）園の中にある建物に入ると、門廊と呼ばれる通路の両側に陳嘉庚の生涯を写真入りで説明してある。陳嘉庚は福建省同安県の集美村（現在の厦門市・集美地区）で育ち、 １７歳でマレーシアに渡って父親の経営する米屋で商売の修行を始めた。陳嘉庚の父は事業に失敗し、借金があとに残った。陳はパイナップル農園を興してこの借金を返済することから始める。

借金を返し終え、やがて第一次世界大戦が始まると陳はさらにゴム業に進出する。西欧諸国がアジアへの商品供給に手が回らなくなった隙間を見事に埋め、１９１８年までにゴム園３ヶ所で面積は５０００ヘクタールに達し、世界的に有名な「ゴム王」と 呼ばれるようになった。２０年代から３０年代に中国の大都市で大流行した輸入ゴム靴は 「陳嘉庚靴」とあだ名がついたほどだと言う。

陳嘉庚はこの商売で得た巨万の富を祖国の発展と教育のために使おうと、１９１０年の段階でシンガポールで孫文の主催する中国同盟会 に加盟、反清革命を経済面で支援している。


陳嘉庚と孫文（右）

１９１３年には故郷の集美村で最初の集美 小学校を設立、１９２７年までに小学校、中学校、師範学校、水産学校、航海学校、 商業学校、農林学校など十数種の学校を次々と設立、集美村は貧しい漁村から 忽然と現れた学園都市として全国に一躍有名になった。その総仕上げが厦門大学の設立である。陳嘉庚の生涯の教育投資は１億ドルに上った。桁外れのスケールだ。

１９４０年、陳嘉庚は中国に里帰りし、各地を視察して回る。蒋介石はこの「打出の小槌」である陳嘉庚をもちろん自らつきっきりで案内する。国民党の予算の２５％は陳嘉庚から出ていたといわれているのだ。しかしそこで見たものは蒋介石政府のすさまじい腐敗ぶりだった。陳は抗日にはやはり共産党と団結しなければならないと説き、延安を訪れることを希望する。蒋介石は資本家である陳嘉庚が実際に共産主義を見たらいやになるに違いないという自信があったので 「ではどうぞ行ってください」 と承諾した。

それ以前、陳嘉庚の共産党に対する知識はほとんどなかった。延安に着いた次の日に毛沢東と会見、タバコの吸殻もまたポケットにしまって再び吸うような倹約さが国民党の腐敗した指導者とは対照的だった。そして朱徳の案内で延安を視察、その平等な社会に衝撃を受けこれまでと違った見方をするようになった。

１９４２年始め、シンガポールは日本軍に占領されて２万人の華僑が殺された。この恐怖政治の中、陳嘉庚はインドネシアに３年間亡命している。１９４６年、新中国成立前に毛沢東は陳嘉庚に中国に戻るよう説得する。初めは視察のみで完全帰国をするつもりはなかったが、人民解放軍の希望あふれる姿を見て胸をうたれ、 帰国する決意を固めた。

一旦マレーシアに帰ってすべての財産を整理した後、１９５０年に正式に中国に永久帰国、すべての財産を厦門大学と集美学校に捧げた。解放後は故郷の集美に住み、華僑連合の主席を勤めるとともに、破損が激しい遺跡を修復するため、海外の華僑に寄付を呼びかけた。

参考：http://www.geocities.jp/realpupil/news/news.chen.html
近代史の人物伝・陳嘉庚

なんとも凄い人だ。陳嘉庚は「華僑の鏡」として尊敬されているのだろう。海外に住んでいる華僑は福建省出身者が圧倒的に多い。そして、シンガポールもマレーシアも、フィリピンも、タイもその国の経済を動かしているのは華僑なのだ。彼らは現在も祖国に対する熱い想いを抱きながらそれぞれの国で活躍している。将来華僑のネットワークはユダヤ人のネットワークとともに世界の経済を支配するという人がいるのも納得できるような気がする。

日本でも江戸時代以前から中国との貿易は盛んに行われたが、長崎や境あたりに住んでいた中国人は福建省出身者が多かったそうだ。今回の旅行で食べる料理の味付けが日本的だと感じるのは、実は逆に我々の味が福建省から伝わったものだからかも知れない。

門廊の写真の上には、左側は近代史の場面が、右側には古代史の場面が彫られた石のレリーフが並んでいる。どれも精巧で人物が生き生きと描かれていて素晴らしい作品ばかりだった。もっと時間があればゆっくりと鑑賞したいところだ。


三国志・赤壁の戦いのレリーフ