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《 幸せのひろいかた 》  フェルトアート・カントリー木工 by WOODYPAPA

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2021年03月12日
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カテゴリ:駄歌凡歌
日本が「東日本大震災」に襲われてから、10年がたった。

当日僕は休みで家にいた。
たぶんこんな風に、パソコンに向かっていたんだと思う。
2時46分、揺れが始まり、なかなか止まず、だんだん大きくなった。
埼玉県新座市の我が家でも震度5。
ついに書棚の本が落ちそうになり、慌てて抑えると、逆の棚から落ち初め、ついには雪崩のように本が部屋中に崩れ落ちた。
僕の人生で、一番長く大きく揺れた地震だった。
このブログは2005年5月から書いているので、当然オンタイムの記事があるはずだ。
しかし、読み返してみると、この事態を詳細には述べていない。

こんな記事――

卒業の息子に贈る『相田みつを』

たぶんまだ事態の輪郭がつかめてなくて、自分の中に落とし込めていなかったのだろう。

今思えばもっと記事を残しておけばよかったと思う。
2万人の命が失われた大事件である。
戦後の日本人としては、最大の悲劇だ。

大地震と津波の報道は連日続いていたので、考えや意識の大部分を占めていたはずだ。
当時の心境としては、毎日すごい量の報道がされていたので、あえて自分が書かなくてもと考えたのかもしれない。
直接東北で被害にあっている人たちの姿を見て、遠くで感想を記しても意味がない。

原発については16日に書き始めた。

原発事故を考える

以来このブログは、原発批判の記事を書き続けることになるのだが、一方では、震災・復興を具体的に述べた記事は少なかった。
衝撃的な出来事であったのは間違いないが、実体験が伴わないことは書きづらかったということもある。

実際にボランティアで現地に行った知人もいて、羨ましくも思えた。
人間は行動してナンボだ。

しかし、僕の心のダメージが深かったのも事実で、あの時覚えた痛みは、考え方を間違いなく根底から変えていった。

それまで心の勉強を続けていたつもりだったが、付け焼刃的きれいごとは、見事に色あせていった。
あらためて、地に足が付いた勉強が必要だと知らされた。

”震災”として書けたのは、年末の「2011年を振り返って」で記録を残している。

2011年を振り返って その2

「東日本大震災」の被害は、地震によるものも当然あったが、多くは地震発生後の津波によるものだった。
海が盛り上がって、街を飲み込んでいく、(不謹慎にも)東宝映画『日本沈没(1973年)』の特撮シーンを見るようだった。
あのTVの画の中で、多くの人の命が奪われていったのかと思うと、息が止まる。
直接の知人はなかったが、知人の身内で犠牲になった人もいた。
察すれば辛い。
彼らの10年はいかばかりであっただろう。

2018年のNHK朝ドラ「半分、青い」で、主人公の親友が震災の津波で死んでしまった。
ドラマだからと言って、ご都合で生き延びる選択はできなかったのだろう。
日本人として、震災の犠牲者を悼み続けなければならない。

そして、あの時もうひとつの悲劇があった。
「福島第一原発」炉心溶融による爆発、放射性物質放散による被害。

この事故が、日本における”電力問題”が国民に知れ渡った。
東電の企てた「計画停電」は、東京周辺にも被害を及ぼした。
たぶん原発批判をしのぐために、電力を人質にした猿芝居だった。
あれには、今でも怒りを覚える。

TVで『Fukushima50』が放映された。
あの時の、原発事故処理に奔走した吉田所長初め50人の作業員の話だ。
東電社員ではあるが、事故は彼らの責任ではなく、命を懸けて処理に当たった姿に感謝する。

事故の前に、電源の移設や、堤防のかさ上げを提案されながら、予算の都合で却下した上層部は、高額の退職金を受け取って去っていった。
虚しさを覚える。

現在日本は(世界は)「新型コロナ騒動」に振り回されている最中で、10年前を振り返るのに、少々気持ちの入り方が異なっているのを感じる。

「東日本大震災」は“天災”として語られる話しだが(福島原発事故は半分人災だが)、「新型コロナ騒動」は“人災”である。

昨年の一度目の緊急事態宣言解除の時、指定感染症も解除しておけば以後の2派3派も医療機関は吸収でき、2度目の緊急事態宣言は必要なかった。
政府は医療崩壊を恐れていたのに対し、それほどの物でないと分かった時点で、指定感染症2類相当を5類に選定し直せば、病床逼迫などというマスコミのあおりは受けずに済んだ。

10年後は、何で風邪に毛が生えた程度のウイルスに、世界が混乱したのか不思議に思うだろう。

原発批判と新型コロナ騒動の批判は、これからも続くと思う。
”天災”は日本人として受け入れるしかない。
しかし”人災”は、正しい科学で対応すれば防げる。



東日本大震災と福島第一原発事故から十年


十年を あっという間と いうけれど あの日生まれた 子も五年生に

あの日から 聞けなくなった 歌があり 封印解けず サザンのTSUNAMI

せり上がる 海が街を 飲み込んでゆく 特撮映画が 現実となる

天災を 目の当たりにして 神を知る 人は誰かに 生かされていた

原発を 再開せよと 地元の声 選べる道の 少なきゆえか 

今残る 廃棄物処理 ままならず 原発稼働 目先の利権

遅々として 進まぬ廃炉 遠くから ただ眺めてる タンクだけ増え

人々の 元の暮らしを 求めても 十年たてば 人も変わりて 

廃炉終え 四十年後は 戻れると 約束されても 希望にならず

進まぬなら 全部鉛の ふたをして 三百年後に 丸投げをする





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最終更新日  2021年03月20日 11時27分29秒
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