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カテゴリ:小説
いつものようにロング・グッドバイで飲んでいた時のことだ。
「ねえヨージさん。ディズニーランド行かない?」 杏が言った。 僕はマリブビーチを飲みながら。 「いいよ。いつ?」 「今度の日曜日」 「多分OK。何も無いはずだ」 「良かった。ちょうど友達に社員用割引券もらたんだけど、日曜で期限切れなの」 「僕のほかに相手居なかったの?」 「またそういうこと言うのね。アナタと行きたいのぉ!」 「ごめんごめん。つい口が滑ってね。済まなかった」 「デートなんだからちゃんとして来てよ? 髪も切って髭もそって…」 「OK。ちゃんとした格好で行くよ。前のときみたいでいいかな?」 「そうね。そうして」 空になったグラスをカウンターの奥へ押しやる。 「モテモテッすね」 ネコがからかう。 「ああ。杏は俺に気が有るからな」 僕も乗って答える。 「杏ちゃんは悪趣味だからね」 ネコが続ける。 「その通りだ」 僕が言う。 「いい加減にしなさいよ。あたしの人を見る目は確かなんだからね」 杏がむくれる。 僕とネコは二人で両手を上に上げ、降参の格好をした。 そんなわけで僕は土曜日に床屋へ行き、髪を短く切りひげを剃り落とした。 それから靴屋へ行き新しいナイキのランニング・シューズを買った。 これだけ準備しておけば良いだろう。 その日は酒を抜いて早く眠った。いつもより多目の睡眠導入剤を飲んで。 次の日の朝7:00。杏からのモーニングコールが入った。 眠い目をこすって僕は携帯電話を取る。 「おはよう」 生あくびをしながながら答える。 「ちゃんと起きてる?」 「大丈夫だよ。起きてる歯も磨いたし髭も剃った」 僕は嘘をつく。 「遅れないで来てね」 「ああ。ちゃんと行くさ」 「じゃあ後でね」 「うん」 僕は急いで身支度をし、なんとか待ち合わせに間に合った 。 電車に揺られ到着するなり、杏はスプラッシュ・マウンテンに走る。 「他は良いけど、これだけは、最初に乗らないと後で乗れないからね」 「なるほど」 どんなことにもノウハウはあるのだ 。 僕らが早めの昼食のためレストランに並ぶと、隣に車椅子の女の娘と父親らしい姿の二人が並んだ。なんとはなしに彼女を見ていた僕は愕然とした。 「あ、綾女!」 その声に振りかえったのは父親らしい男性だった。 彼の表情には驚愕の色が浮かんでいた。 そして綾女の顔にも同じ表情があった。 「徹君!?」 彼は言った。 僕はその意味の飲み込めないまま挨拶をした。 「あの、失礼ですが綾女さんですよね?」 「君は?」 僕は名を告げ彼女とは2回ほど会っていることを話した。 「綾女さん。どうしたんですか?事故に遭われたんですか?」 「もう3年になる。ずっとこの姿だ」 僕は困惑した。綾女は元気に僕の前に2度も姿を現した。 それもこの春のことだ。 彼女は車椅子の後ろに下げたバッグから新書版より一回り大きいポケットPCを取りだし。 「徹なの?ちがうよね」 と打ち込んだ。あーうーとうなるような声を発しながら。 彼女は口がきけないのだろうか。僕は本名とHNのダニエルとをPCに打ち込んだ。 彼女は合点が言ったようだ。 「アナタがダニエルね」 「あたしはエリス。あたしは綾女」 じゃああの元気な綾女は誰なんだろう。 不意に彼女と見た映画を思い出す。そして彼女の言葉。 「だから今日の映画を良く覚えておいて」 まさか彼女は綾女のドッペルゲンガー!? だから彼女は、つまり車椅子の綾女は1年しか生きられないというのか? 残酷だ。残酷過ぎる話だ。 僕はPCに打ち込んだ 「君は綾女を見たの?」 「彼女はあたしの分身。あたしの若い頃の分身」 「つまり、君のダブルなんだね」 「僕は彼女と2度会ってる。映画も一緒に見た。そのことは知ってる?」 「知らないわ」 「彼女は君があと一年生きられるかどうかだと、僕に言ったそのことは知ってる? 」 「知らない。あたしは後一年の命なの?」 「彼女がそう言った。僕に君を救えとも言った」 杏は僕らの会話を覗きこむように見ていた。 杏の表情にも困惑の色が濃く出ていた。 僕と綾女はNET上では幾度と無く話をしている。 初対面のよそよそしさは無かった。 「徹君て君の前の彼氏?」 その問いには父親が答えた 「フィアンセだった。事故で亡くなったが」 「君は彼に良く似ている。それで私も驚いてしまった」 僕は納得した。 「綾女は。 「ダニエル。あなたに会えて良かった」 「僕もだ。僕はずっと君に会いたかった。初めて君のマガジンを見たときからね」 そして僕らは4人で食事をした。彼女は手が不自由なのか、父親が食事を口元へ運んでやっていた。 杏は一言も口をきかなかった。 綾女の父が言った。 「彼女は君のステディかい?」 「いいえ、純粋な意味でのガールフレンドです」 「よさそうな娘じゃないか」 「ええ、稀に見るいい娘です」 「貴方のお嬢さんもとても良い人だ」 「私にも自慢の娘だよ。こんな風になってしまったがやはり自分の子は可愛いものだ」 「彼女はとてもピュアな人です。僕達はもう何ヶ月もメールのやり取りをしています。だからとても良く分かります。彼女は純粋だと」 時折彼は自分の娘に大きゆっくりく口を動かし、僕達の会話を伝えていた。 彼女は耳も聞こえないのか。 僕は彼女の境遇に同情的になっている自分を発見し、少し嫌気が差した。 彼女はそんなことは望んでいないだろう。 僕はとても恥ずかしい気持ちになった。 食事を終え僕達は儀礼的な挨拶をし分かれた。 いつまでも杏をほっておくことも出来ないし、綾女達にも予定が有ったからだ。 杏はやっと口を開いた。 「彼女がエリス?」 「そうだ」 「かわいそう」 「そうかもしれない。でもいらぬ同情は失礼だよ」 杏はもう何も言わなかった。 僕らはいくつかのアトラクションにのり。夕方のパレードを見た。 相変わらず幻想的なパレードだった。ここはやはり夢と魔法の国なのだ。 シンデレラ城の向こうに花火が上がり閉園時刻の近いことを知らせていたが、僕らは土産も買わずに最後まで花火を見ていた。 帰り際僕は杏に尋ねた。 「楽しかった?」 「うん、とっても」 そう言って杏は僕の肩に頭を持たせかけた。 こうして幸せな日曜日は幕を閉じた お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005/05/05 10:26:59 PM
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