初めての湯船
忙しいのに、本日2回目の書き込み。先ほどまで、父親の入浴の介助をしていました。入院中は、いつもシャワー入浴。退院後も、危険回避のためにそうしていました。しかし、それでは生活のノーマライゼーションが図れない、と思うに至り、心臓への負担などを考えて半身浴ですが、湯船に入れました。父にとって、ほぼ一年ぶりです。やはり、実行して良かった。本人も非常に喜んでくれました。なるほど、シャワーよりもはるかに体が温まり血行も良くなっている、と思います。何よりも、介護といっても、ちょっとした工夫・アクセントで、要介護者の精神面・肉体面のケアができるような気がします。確かに、慣れないうちは大変です、時間もとられます。しかし、いろいろな介護サービスを受けつつ、また、工夫することでそのいわゆる大変さを緩和できそうな感じがしてきています。 父親の背中を流しつつ思い出したことは、リハビリテーション専門の病院の医師が、強く施設介護を薦めてくれた?こと、そこの一部の看護師が「このままでは、必ず寝たきりになる。今のうちに(退院前に)、施設を探した方が良い」と、アドバイス?してくれた。こと。このブログでも、以前に同じことを書きましたが、彼らの見解は、確かにその時点では、医師・看護師の責任ある医学的所見ということで、正解であるかのように思われそうだが、しかし、その見解には可能性を見出す愛情・正確な医学的所見が欠如していたことが、いま判明しつつある。それでは困るのである。もっと経験を積んで欲しい。勉強して欲しい。あなた方の判断は、人の人生を左右することもある、重大な判断であるのだ。父親は、見違えるように元気になり、歩行障害も病院にいた頃よりも改善しつつある。この問題提起は、必ず将来、顕在化させよう。安易に施設に送り込まれてしまう高齢者がいるのではないか?確かに、介護者の諸事情から、皆が自宅介護に移行できるとは限らなし、立派な施設介護を実践しているところもあるのかもしれないが、(しかし、私の知る施設では、リハビリなどをせずに、ベッド中心の生活となっているようである)対象となる高齢者の意思を尊重しながら、よりきめ細やかな人権重視の責任ある妥当な判断がなされなければならない。これに欠けるところがある者は、猛省しなければならない。そのことに気づかなければ、そのうち、気づかせてあげましょう。以上、私の経験談を徒然に・・・・。これから、択一で気になる点を検討してから早めに就寝します。