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私的に主宰する勉強会「政策懇談会」を開催。
今回は特別ゲストとして、渋沢栄一の子孫であり、コモンズ投信株式会社会長として活躍される渋澤健氏からご講演をいただき、ディスカッションを行いました。 プレゼンの概要(文責 高田) ・これからの日本は「滴」からの時代変革である。社会が変わったから政権が変わったのである。 ・現在のみずほ銀行兜町支店に、銀行発祥の地のプレートがある。ここに、日本初の銀行である第一国立銀行が設立された。その株主募集広告には、銀行とは滴のように散らばった金を集める河のようなものであると記されている。 ・渋沢栄一は、道徳経済合一を説いている。彼の著した「青淵百話」中の「元気振興の急務」では、国民がリスクを取らなくなっていることを憂い、「論語と算盤」の中では、「大正維新の覚悟」を唱えている。 ・「論語と算盤」では、経営者一人が大富豪になっても、そのために社会の多数が貧困に陥るようなことでは幸福は継続されないとしている。正しい道理の富でなければ永続できず、従って論語と算盤という懸け離れたものを一致させることが必要であると論じる。「論語と算盤」は、現代でいうLOHASに通じる。 ・論語では、最高レベルの徳は「仁義」とされる。これは、空間的に、愛を他人や人々に広げることのみならず、時間的に、世代間を超えて愛を育むことを意味する。 ・ファンド資本主義は、効率性・合理性を基本原理とし、より速い投資回収を求める。これは、一つ一つのパーツの効率性に着目する西洋医学的・機械論的思考である。しかし、リーマンショックにより示されたのは、一つ一つの個体は合理的に動いても、全体としては効率的に機能しなかったことである。こうしたファンド資本主義の限界を超え、時間軸を持つために、機械論から生命論へのパラダイム転換が必要となる。生命はいずれ死ぬものであるが、DNAで次世代にバトンタッチして進化していくことができる。生命論は、矛盾、無駄を容認する。DNAのほとんどは通常、スイッチがOFFになっており、機能していないとされる。これは一見無駄なようでありながら、進化のポテンシャルになっているともいわれる。日頃、無為に過ごしているときに良いアイデアが閃くことも多い。「無駄」の中には隠れた資産があるのである。 ・ノーベル経済学賞受賞者のミルトン・フリードマンは、企業の社会貢献は合理的ではなく矛盾であると述べ、利益追求と社会貢献の峻別を主張した。 ・しかし、今日のノーベル経済学賞受賞者ムハマド・ユヌスは、価値には多様性があり、収益性だけが企業価値を反映しているのではないとしている。 ・コモンズ投信は、30年投資をテーマとする。30年とは、およそ一世代に相当する期間であり、世代間を超える投資を意味する。 ・また、市場の平均を追うのではなく、投資対象は30銘柄程度に厳選する。 ・それは、投資先との「対話」により、互いに育む視点を大切にするためでもある。株主として一方的にものを言うのではなく、企業価値の創造を担う企業自身を、共有地(コモン)に呼び入れるアプローチをとる。 ・30年投資の旨味は複利にある。コモンズ投信は積立投資を基本とする。複利の累積効果により、時間とともに投資は成長する。 ・「資本家」は、「投資家」「資産家」と同じではない。投資家はお金を作る人だが、資本家はできたお金をどう使うか考える人である。団塊の世代の人々の多くは、いわばプチ資本家である。一人一人は小さな滴でも、集めれば大河になる。 ディスカッションの概要 ・資本主義のモデルとして、アングロサクソン型と日本型がよく比較されてきた。リーマンショック以降、アングロサクソン型が再び批判されているが、今後のモデルをどう考えるか。また、そのどちらでもない、中国等の国が今後伸びていくが、長期投資に際して、日本の企業に投資し続けることが成り立つのか。 ・資本主義のモデルについては、アメリカでも多様な会社があり、一概にはいえないのではないか。日本で、100年以上続いている会社も多数ある。46代続いている池坊のように、伝統には、縛られる面もあるが、時代によってその表現は変わる。持続性のある会社は、環境の変化に適応する。資本主義の考え方も過渡期であり、今後30年で、日本企業の定義も変わってきているのではないか。コモンズ投信は、30銘柄を選び、投資先企業と対話していく。投資をするのは基本的に日本の生活者だが、コモンズ投信を通じて、中国、インド等の伸びていく企業と対話できるようになるとすれば、大きな付加価値になりうる。 ・投資先企業との対話とは、具体的にどのように行うのか。 ・通常の個人投資家説明会では、株価の話ばかりになりがちであるが、企業は、株価の話はできない。しかし、コモンズの場合、長期的な視点の投資家が中心であり、長期的な方向性について企業と議論することができる。本来、投信の運用会社が、投資先企業と個人投資家の接点を作ることは当たり前だが、これまで行われてこなかった。今後、もっといろいろな対話の方法も考えていきたい。 ・企業の本質的な価値について、企業の側からはいくらでも綺麗事は言えるが、継続して対話していけるのか。 ・そこは試行錯誤である。対話とは信頼関係に基づく。「対話」と「会話」の違いとして、「対話」は異なる価値観をぶつけ合うことに意味がある。 ・どのような尺度で投資先企業を判断するのか。 ・勘に近い面もあるが、6つの視点で見ている。(1)企業の文化、DNA。過去どのようなことをしてきたのか。(2)経営者。今の経営者がいなくなった場合に、他の人にバトンタッチしてやっていけるかどうかも重要。(3)国際競争力。世界を舞台としていけるかどうか。(4)ブランド力。会社のDNA、文化が表現できているかどうか。(5)ガバナンス、対話。(6)収益性。6つの視点のうち、数値化できるのは収益性だけである。見えない価値に投資し、見えないものを見えるようにしていくのが本質。 ・グラミン銀行のユヌスと話す機会があった。グラミン銀行の社員もけっこういい加減なところがあるが、その中に価値があるのかもしれない。日本では、草の根のレベルで他文化との接触が少ない。一般の人々に、生命論的思考をどのように広げていけるか。 ・人々が当事者としての意識を持つことが重要。日本とアメリカを比較すると分りやすい。アメリカでは、自分達の祖先が国を作ったという意識があり、寄付文化が根付いている。日本では、もともと国は存在しており、公と私の区別がある。公益活動は他の人、つまり政府にやってもらうという意識が強い。ここを乗り越えるには、人々に公への思い、感情を持ってもらうことが必要。 ・ファンドマネジャーは、短期的な利益を追求してきた。ボーナスに目を奪われ、長期的なことが考えられなくなった結果、リーマンショックが起き、現在はG20で規制強化の議論が出てきている。30年投信を運用するファンドマネジャーをどう確保するのか。 ・コモンズ投信においては、ファンドマネジャーも創業メンバーであり、思想を共有している。45年間運用に携わった超ベテランが、「自分のやり残した仕事」として取り組んでくれている。Give and takeではなく、giveがモチベーションとなっている。 ・東洋と西洋の比較が出たが、資本主義は西洋の考え方を元に成り立っている。西洋の資本主義は、プロテスタントの宗教的信条に根ざし発展した。東洋的思考においては、宗教に代わるのが「仁義」である。仁義は、次世代にも向けられたものであるということだが、次世代とは特定の次世代なのか、それとも社会全体の広がりを持つものなのか。 ・西洋と東洋を割り切っているわけではなく、機械論と生命論は両方必要。それが「論語と算盤」である。日本の会社にもいろいろなものがある。上場会社でありながら、株式持ち合いにより実質的に非公開会社としてやってきたところも多い。しかし90年代、ここに穴が空き、外国人が投資家として入ってきた。リーマンショック後、外国人が引き上げ、日本の会社の株価が下がったが、外国人に代わる買い手がいなかった。年金資金も秩序に縛られていて自由に動けない。コモンズ投信は、ファンドの75%が積立方式となっており、ゆっくりと自然に増加していく。投資家は、短期的な心配をしなくてよく、すぐに解約はしない。ファンドにとっては、こうした資金の「質」が大切。日本人の特性として、次世代に継ぎたいという願望がある。これは、孫、子といった特定の次世代に限らない。寄付も、ひとつの長期投資である。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Nov 27, 2009 12:34:23 AM
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