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2007.02.28
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カテゴリ:辻説法
戦後最強の右翼、戦後最大の黒幕として恐れられた児玉誉士夫という男がいた。
タイプは違えど、戦前に大活躍した頭山満と並び称すスケールを誇った黒幕と評価する人もいたほどの男。
簡単に略歴を紹介すると、児玉は1911年、福島県本宮町出身。少年時代は極貧を極め、高校卒業後、東京に出てきて向島の工場勤務。そこでも辛酸をなめた児玉は何団体かの右翼団体に所属。行動派右翼として武闘派な一面を見せるも、その過程で、戦前はもちろん戦後も巨大な権力を誇った笹川良一(財団法人日本船舶振興会創設者・初代会長。元・衆議院議員。右翼。社会奉仕家)に出会う。山本五十六 海軍大将と懇意だった笹川の命を受けて、上海においての秘密任務の「児玉機関」を設立して暗躍。それは、日本海軍への物資の供給。そして、中国側へのスパイ活動に、抗日スパイの殲滅の任務を請け負っていた。児玉機関は拳銃による強盗殺人を繰り返し、略奪を繰り返した。
終戦を迎え、児玉はそのドサクサに紛れ略奪したダイヤやプラチナを、根こそぎ日本へ持ち帰った。それは、当時で約450億円、現在の時価にすると約4000億円の価値があった。それを政界にばら撒き、一躍政界での黒幕の地位を確立。
ちなみに、その残りのダイヤやプラチナは、世田谷・等々力にあった児玉邸の地下に生前、貯蔵されていて、重要な局面の時々に切り札として懐柔の為に使われる事が多く、それが「ダイヤモンド外交」と呼ばれ、児玉の力の源泉の一つとなった。
また、児玉は笹川と共にA級戦犯として巣鴨プリズンに収監され、後に釈放されるが、その釈放された元・巣鴨プリズン経験者は戦後の支配者階級に連なる人が多く、その人脈も児玉の地位を押し上げる要因となった。「昭和の妖怪」と恐れられた岸信介 第56、57代内閣総理大臣も巣鴨プリズンの同期なのである。
それと共に、GHQに擦り寄り、釈放を条件にGHQを手始めにアメリカのスパイになる事を約束し隠匿物資の一部をGHQに提供。ソ連との冷戦が本格化し、戦後の日本を「共産主義に対する防波堤」と位置づけ、旧体制側の人物を復権させた逆コースと公職追放指定者の処分解除とレッドパージのアメリカの意向を鋭く察知した児玉はその後、CIAのエージェントとして裏工作に暗躍。
また、韓国にもその影響力は多大であった。戦時中、昭和天皇直属の大本営の若き天才として有望された瀬島龍三 元・伊藤忠会長(95歳。児玉と同級生)の日本軍当時の直属の部下に後に韓国大統領の朴正煕の瀬島への私淑度を利用。そして、昭和30年代の東京の極道界で一番勢いのあった町井久之こと在日韓国人の鄭建永 東声会会長の後見人として、韓国の裏社会及び日本のヤクザにも多大なる影響力を獲得し、児玉の暴力装置としても利用。後に、戦後のヤクザの最大のカリスマである稲川聖城 稲川会総裁(92歳)も取り込みに成功。関東のヤクザは児玉の掌中に治めるようになった。
日本の政財界に裏社会、そして世界のCIAをバックに抱え絶大なる黒幕に君臨する児玉は我が世の春で、「児玉」の名前が出るだけで、全てが解決するなど、実際には動いていなくても児玉の幻影で解決した事件は数多い位の影響力を誇った。
しかし、CIAの陰謀とか、笹川の陰謀とか噂されるロッキード事件で足をすくわれて、失脚。ほどない1984年に73歳で死去した。
しかし、それ以降の日本も、いまだに児玉チルドレンとか児玉グランドチルドレンといわれる児玉に所縁のあった人物が、日本社会のあらゆる場所で多大なる影響力を行使し、蹂躙してきた。それ位、日本において児玉の影響力は多大である男なのである。
この児玉のニュースが先日、新聞紙上に躍った。
その内容は、アメリカ国立公文書館で2005~2006年に解禁されたCIAの極秘文書で、児玉はCIAエージェントとして使えないエージェントとしての烙印を押されていたという驚愕の事実が書かれていたのである。
CIAは東西冷戦初期に、日本の戦犯容疑者や右翼を使って反共工作を画策していた。その工作に、白羽の矢が立ったのが児玉だった。影響力からして、児玉が選出されるのは当然だった。
このため、児玉がCIAエージェントであったのは公然の事実であり、それが児玉の神がかり的な威光にも結びついていた。
しかし、今回解禁されたCIAの極秘文書の内容が本当なら、児玉か児玉の周囲の人間が、児玉の威光を強くするために、死ぬまでCIAのエージェントであるという偽情報を意図的に流していたのではないかという疑念を抱いてしまう。
児玉のCIAエージェントとしての反共工作の一番の実績として知られるのが、1960年のアメリカのアイゼンハワー大統領来日における、大規模な安保闘争が起きるとの危惧から、その拡大を、児玉が関東のヤクザ・右翼を総結集させて運動を阻止しようとした事件。実際に関東ヤクザ側は稲川聖城、右翼は児玉自身が結集させて約10万人の警備陣を敷いたが、あまりの安保闘争の拡大に突如、アイゼンハワー大統領は来日を中止。この動員力から、児玉のカリスマ性が増大した事件としてつとに知られているのである。
しかし、この解禁された公文書はアイゼンハワー大統領離日騒動の事件より前の1950年代のもの。
その評価は、
「人格、経験の面でどうしようもない」
「自らの威信や利益のために度々、情報を捏造した」
「工作資金を持ち逃げしたり、同じ情報をアメリカ国内の多数の情報機関に勝手に売られた」
「名声や利益を得るために、情報を水増ししたり、完全にでっち上げたりする事がよくある」
「日本の戦後は、驚くべき数の役立たずの情報提供者を生み出した」
「情報要員としての価値は無きに等しい。児玉はプロの嘘つき、ギャング、ペテン師、大泥棒だ。儲ける事しか関心がない。」
と、酷評に近い。そのため、CIAはそれ以降、児玉とは接しなかったという。これが本当なら、児玉か児玉のグループの誰かがやはり、児玉自身の威光維持のために情報操作した可能性が強い。
もちろん、ペテン師でなければ、児玉ほどの黒幕にはなれない。それは、奇麗事では、そこまでの仕事は出来ないはずだからである。
だから、あながち全部が全部は信じられない。
児玉は共鳴は出来ないけれど、以前から凄く興味を引く人間である。
今回の事で、児玉の概念が根底から覆されたので、これを機にまた児玉について一から調べたくなった。
戦後の裏面史は、ほぼ全て、児玉に結びつく。
児玉チルドレンとして有名で御存命中なのは、児玉のマスコミ工作の先兵・渡邉恒雄 読売巨人軍代表取締役会長に、その渡邉の盟友として一緒に児玉のマスコミ工作の命に暗躍した氏家齊一郎 日本テレビ会長、児玉の秘書から中曽根康弘 元首相の秘書も経験した児玉イズムを一番継承した太刀川恒夫 東京スポーツ新聞社代表取締役社長に、大物右翼・豊田一夫氏、そして先に挙げた瀬島龍三 元・伊藤忠会長に、児玉の政界工作の歩兵である「風見鶏」中曽根康弘 第71~73代内閣総理大臣位。
是非、真の児玉について語って欲しいものです。
しかし、戦後史は当事者に存命者もあるため親近感もあり、非常に楽しいものである。





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Last updated  2007.03.03 05:18:24
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