タケノコmaxのパソコンでオーディオ

NHK「ためしてガッテン」でがん特集をやっていた。最新の治療法が紹介され期待の持てる内容だったが，がん細胞が触手のようなものをのばして転移を始める瞬間や，栄養を摂るために血管を自分のほうへ引き寄せる瞬間など，出演者の宮本亜門が言うようにかなりショッキングな映像もあり，がんの恐ろしさを改めて思い知らされた。

そのいかにも悪の権化のような姿を見て思わずウイルスのそれを連想した（前日の「爆笑問題のニッポンの教養」の話題がウイルスだったこともあるが）。不気味ながん細胞が体内を動き回り侵食していく様子を見ると，がんもウイルスや細菌の感染症のように「外敵」から攻撃を受ける病気のような印象を受ける。「悪性新生物」などとも呼ばれるし，エイリアンか何かに襲われているかのようなイメージがある。

しかし，番組でも説明されていたが，がん細胞は外敵などではなく，もともとは体内で活動しているごく普通の細胞にすぎない。細胞は遺伝子のコピーにより細胞分裂を繰り返しているが，遺伝子の突然変異の積み重ねによりある時ミスコピーが生じ，がん細胞が誕生してしまう。通常の細胞は不要になれば分裂を止め死んでいくので全体としての調和が保たれているのだが，がん細胞は無限に増殖が可能であり，その調和を乱しひたすら増殖を繰り返す。言わば自分自身の細胞がある日突然自分に向かってくるようなものだ。番組では50年以上前にがんで死亡した黒人女性から取り出されたがん細胞「ヒーラ」が紹介されていたが，主人がいなくなった今でも増え続けているというのだから不気味だ。



この「無限に増殖できる」という性質から連想したのが，昨年山中教授がその作成に成功し話題になった「万能細胞(iPS細胞)」。通常の細胞を「初期化」することで生み出される万能細胞は，無限に増殖できるからこそ再生医療への応用が期待されているはず。


たまたま万能細胞の記事目当てで買っていたニュートンの6月号に，がん細胞と万能細胞を比較した分かりやすい記事があった。日本人の死因第1位であるがんを引き起こすがん細胞に，再生医療の希望の星である万能細胞と同じ性質があるというのはおもしろい。もちろんがん細胞は，万能細胞のように他の細胞に分化することなどできず，ひたすら増殖し続けるだけだが。また記事によると，分化して皮膚などの組織になってしまった細胞を初期化して万能細胞にできるように，がん化してしまった細胞を通常の細胞に戻すこともできないか研究が進められているようだ。



また，がんが発生するメカニズムというのも不思議だ。素人考えだが，遺伝子の異常によるミスコピーという偶発的な原因で生まれるのであれば，その結果生じるがん細胞の性質もそれぞれのがん細胞で違ってくるのが普通ではないか。ランダムな要因で誕生していながら，どのがん細胞も無限に増殖できるなど共通の性質を持っているのはなぜか。

ニュートンの記事もこのことには直接触れていないが，細胞のがん化のことを「がん細胞への特別な『分化』」と表現しているのが興味深い。「分化」とは細胞が皮膚の細胞などに専門化していくことをいうので，ここで著者はがん細胞をそのような体の「機能」の１つとして捉えているものと思われる。確かにそのように考えれば，この疑問は解消される。体の中に，ある条件でミスコピーが起きるとがん細胞が生まれる仕組みがあらかじめ備わっているとすれば，どのがん細胞も同じ性質を持っていることにも納得がいく。

しかしそうなるともっと大きな疑問が生まれてくる。生物はなぜこんな恐ろしい仕組みを自ら抱えこんでいるのだろうか。個体を死に至らしめるこのように危険なものは，自然淘汰によって真っ先に除外されそうなものだが。がんと進化の関係を探ることで何か分かりそうだが，カール・ジンマーによる日経サイエンスのこの記事によると，この分野の研究はまだ始まったばかりで多数の論争があるようだ。