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売場に学ぼう [全252件]
PHOTO:TODSマジソンアベニュー店内 時差ボケで夜中2時に目が覚め、メールとネットチェックして再びベッドに。2時間ほどウトウトしてら会社からの電話で起こされました。が、携帯電話を手にした瞬間通話が切れ、会社の営業部らしき受信番号にコールバックしたらなぜか代表番号にかかってしまい、「誰か電話くれたみたいなんだけど」と言っても交換手はわからず。早朝5時の電話、何かあったのかと心配して連絡を待っていたら、屋外ファッションショー実現に奔走しているN課長からでした。 要件はやはりショーのこと。協力してくれる経産省のほか、国交省、東京都、中央区、警視庁、地元警察とお役所だけでもこの全てが許可してくれないと地元商店街に正式申請できません。途中なんどもダメ出しを喰らってくじけそうになりながら、N課長は粘り強く関係省庁を何度も説得に回り、数時間前やっと難関突破できたと朗報。Nくんホントに偉い、助けてくださった皆さんにも感謝、感謝です。あとは来週の地元商店街理事会で審議してもらうだけ。関係省庁の理解を得るため、今月開催の東京マラソンは構想から実現までに7年の歳月を要しましたが、我々は構想から数ヶ月で実現しようと試みています。「絶対に実行するんだ」と強い信念を持ってすれば時間がなくても夢は叶う、これを証明したいですね。 朗報に興奮、すっかり目が覚めました。これからもう一度ベッドに入るのは中途半端、だからこれを書いています。 1996年秋、松屋ニューヨーク研修で若手バイヤーらを引率して郊外ロングアイランド、ナッソー郡マンハセットにある屋外型ショッピングモール「アメリカーナ」に立ち寄りました。近隣住民の間ではかつて「ミラクル・マイル」と呼称される高級モール、エルメス、シャネル、ティファニー、バーニーズニューヨークなどが軒を並べ、駐車場にはメルセデスやBMW、アウディら輸入車がズラリ、全米でもトップクラスのグレード感を誇るショッピングセンターです。ここのホームページが実に魅力的、高度成長期の古き良きアメリカの上流階級の生活を感じさせます。ぜひチェックしてみてください。www.americanamanhasset.com/ そこに、セレクトショップのHERSHLEIFERS(ハーシュレイファーズと読むのでしょう。www.hirshleifers.com/)があります。このセレクトショップ、ヨーロッパの名だたる高級ブランドを大量に導入し、モール内にもブランド単独ショップを構えるほか、マンハッタンでもPRADAやTODSのショップを東57丁目に開店、デザイナーを招いてトランクショーを開催する実力ショップです。ナルシソロドリゲス本人が店内イベントでお客様を接客しているところを見たことがあります。 ここで初めてTODSのドライビングシューズを購入、幅広で利き足の右だけ甲高の私はその履き心地に魅了され、以来TODSとは15年のお付き合い。海外に出張するたびにいつも2、3足購入、積もりに積もって手もとには100足以上のTODSがあります。海外出張の際はトランクに別の靴を入れずに出発、毎回現地調達したものを履いています。昨日もバーニーズニューヨーク視察のついでにお隣の直営店で細いリボン付きスリッポンを2足購入、これでリボン付きコレクションは10足以上に。同じようなデザインをこんなに集めてバカじゃないかと言われそうですが。 私のTODSコレクション、ほとんどがコインローファー、バンプ、タッセルシューズとこのリボン付きスリッポン、ヒモの付いたプレーントゥやウィングチップは数えるほどしかありません。理由は簡単、「足袋」のように楽チンで軽くて疲れない靴だから。ネイビーブルーのセットアップにノーネクタイ、足下はTODSのヒモなし靴、年中このスタイルで通してきました。 が、先日部下たちと雑談しているとき、「ビジネスシーンでTODSを履いているビジネスマンは太田さんくらいですよ」と指摘され、この組み合わせが「世間一般ではおかしいんだ、」と初めて知りました。言われてみると確かにそうかもしれません。私、年中ノーネクタイだからスエードのローファーやスリッポンなどあのイボイボ付きラバー底のカジュアルシューズでもおかしくない、そう信じていました。タイドアップのセットアップ姿なら、同じTODSでもヒモ付きのウィングチップやプレーントゥの方が相応しいでしょうね。 ノータイでセットアップ、ラバー底カジュアルシューズは15年以上続ける「マイスタイル」、これを変えようとは思いませんが、世間の目にはおかしい格好なのかなあ、と気になりますよね。同時に、TODS社は日本でヒモなし紳士靴を履くビジネススタイリングを積極的に提案すべきじゃないかとも思います。これをしっかり提案できたら、毎日ジャケットを着て仕事するプロフェッショナルやSOHO族、カタカナ職業人にTODSファンはもっと増えるのではないでしょうか。なんと言ってもTODSの魅力はヒモ付きビジネスシューズではなく、ブランドの顔であるドライビングシューズをはじめとするカジュアルシューズでしょうから。 今日はショー視察が3本と売場回り、さっそく昨日ゲットしたTODSで出かけます。履き心地が良い靴なので新品をおろしても絶対に足が痛くならないのがこのブランドの魅力なんです。これからシャワー浴びて出かける準備、今日も暖かいと良いんですが。 Last updated 2012.02.10 22:01:23
PHOTO:サックスフィフスアベニュー8階婦人靴売場 ニューヨークに到着しました。ホテルにチェックインし、ネット設定してから街に出たのが正午頃。2月のマンハッタンは歩道脇に雪が凍っているのが当たり前、日中も氷点下で風は痛いくらいに冷たいはずなのに、今年は珍しく残雪なし、空は秋のように青く澄み、東京の方が寒く感じるほど暖かい。五番街を数ブロック歩いたらうっすら汗をかきました。 まず、マジソン街61丁目バーニーズに直行。回転ドアを開けたら1階中央部は工事囲い、意外でした。ニューヨークコレクションで世界からいっぱい旅行者が集まって来るのにもったいない、日本ならコレクション初日になにがなんでも工事を間に合わせるでしょうが。昨年10月改装工事していた8階が今回のお目当て、雰囲気が変わって奇麗に。同店は7、8階が値頃感あるファッションと雑貨のフロア、ここにどんなブランドを導入しているのかじっくり調べました。いくつか気になる無名ブランド、これからネットでその背景をチェックします。 昨秋視察したとき、高級店はどこも人気デザイナー服のフロアは閑古鳥、賑わっているのは特選婦人靴フロアだけでした。だからファッション商品は大量にバーゲン継続中と予想していましたが、バーニーズは秋冬セール品少なく、プレスプリングと早期デリバリーのスプリングもパラパラ、全館の商品量は極端に少なめです。恐らくセール品は同店名物のウエアハウス(倉庫)セールに送ったのでしょう。 それに比べると、近隣バーグドルフグッドマンのセール品のなんと多いことか。パリ、ミラノコレ人気ブランドが揃う3階インターナショナルデザイナーには75%OFFのラックがズラリ、2階特選婦人靴売場も大量のセール品、吐き気が出そうな有様でした。この光景をデザイナー本人が見たら泣けてくるでしょうね。セールは必要不可欠、ある程度は仕方ないにしても、全米随一の高級店、世界の人気デザイナーを集積した売場だからもうちょっと並べ方を工夫できないものか、と思いました。バーグドルフは1店舗しかないのでバーニーズのような倉庫セールはできないのかもしれません。 昨秋同様2階特選婦人靴売場は今日も人だかり、お金持ち然とした女性客が大勢ソファに座り込み、ルブタン、シャネル、ブラニクなど高級ブランドのボックスを山積みして春の靴をショッピング。まるでスーパーで箱入り菓子を買うがごとき光景、旺盛な購買欲にはただただびっくりです。ここで1足だけ買って帰るにはかなり度胸がいりそう。ベテラン販売員の数も多い売場ですが、接客待ちのお客様があちこちに。たくさん販売員がいるので写真撮影できませんでした。プロパーなのにまるでセール会場みたい、とにかく凄かったです。 サックス8階の特選婦人靴売場もバーグドルフに劣らず凄かった。ここでもソファには山積みのボックス、どうしてこんなに高級ブランド靴が売れるのか不思議です。日本はまだここまで人気沸騰という印象はありませんが、特選婦人靴のニーズはこれからきっと急上昇するのでは。特選婦人靴の品揃えバリエーションを増やす必要を強く感じます。 春だからでしょう、ヴィヴィッドカラーの多色使いや淡いミント系のパステル無地使い、プラットフォームでは分厚いコルク使いが増え、靴のトレンドは細いヒールの華奢なものから量感あるカジュアル感覚に移りそうな印象。華奢な靴全盛のここ数年ほとんど目立たなかったロベールクレジュリーがバーニーズでも、バーグドルフでもフェイス数が増えたのはその兆候でしょうか。 今日は初日、大雑把に売場をチェックしました。明日は部下たちが到着、ニューヨークコレクションを視察する合間に売場でネタ探しの予定です。このまま雪も降らず、寒くならなければいいんですが。 Last updated 2012.02.10 08:43:31
PHOTO:BERGDORF GOODMAN3階 「忙しいのに、いつブログ書くんですか」とよく訊ねられます。昨日もある記者さんに。1時間ほどあれば1200字程度は進むでしょうか、それを「下書き保存」しておいてあとで少々手直ししてからアップ、これが私の日常。毎日締め切りに追われる記者さんたち、頻度と原稿の長さは気になるようです。ニューヨーク時代はパソコンもインターネットもなく、コレクション取材が終わるとその日の夜一気に書き上げ、ファックス送稿や国際電話で速記者に書き取ってもらった経験があります。これで鍛えられたからでしょう、とにかく私、書くのがはやいんです。 今日はマーチャンダイジングの基本、定数定量の話。 昨年館内装飾がクリスマス仕様になった頃、わがMD戦略室は婦人服、紳士服、子供服の各売場から品出し数量や在庫状況など定数定量管理の実態を吸い上げ、売場に出している服と雑貨の商品量、その品番数、在庫としてストックに確保している商品量をヒアリングし、1品番当たり何枚、何個品出ししているのか、実効面積1坪当たり何枚、何個の商品を展開しているのかを1表にまとめてくれました。 ある程度予測はしていましたが、この表をもらってびっくり。まず在庫量。毎月の平均売上に必要な在庫量の2倍以上を確保しているブランドが数社ありました。正直言って弊社の店外倉庫、またはブランド側の倉庫でキープすべきもの、ショップ内ストックスペースや館内の倉庫に置いておく必要はありません。明らかに日々の販売業務に必要とは思えない無駄、これを館内キープすればストック場は山積みになり、もう少し在庫を増やしたいほかのブランドに迷惑かけます。 こんな状態を放置していてはお取引先のためにも百貨店のためにも良くありません。無駄な大量在庫をストックに置いていては商品がお金にかわらない。アパレルの営業担当、ショップの店長、弊社の現場も定数定量管理にもっと厳しくならないとストック場の整理整頓はできません。毎月の売上予算に対して適正在庫はどれくらいか、両者でキチンと話し合うべきでしょう。 1坪当たりの商品量、同じフロア同じゾーンに売場がありながらまちまち。1坪12枚を並べているショップもあれば、30枚以上並べるショップもあります。後者は棚什器をたくさん出すブランドに多く、ハンガーラックで商品を売るショップは少なすぎるケースもあります。同じゾーンでこの状態を放置しているのはおかしい。お客様から見れば、整理整頓していないリズム感のない売場は魅力的でありません。実用衣料の売場じゃないんですから。と同時に、一定のリズム感のない売場は百貨店にとって管理しにくいとも言えます。定数定量はフロアによって、売場ゾーンによって違いますが、同ゾーン内の守るべき数量を決め、売場マネージャーもショップ店長も協力して守らないといけません。 1品番当たりの品出し、これも重要。お客様の体型から、日本はアメリカほどサイズバリエーションがなくてもビジネスできます。他民族国家アメリカのようにいろんな体型のお客様がいる国では、1品番ごとに複数サイズを出さねばなりません。しかも日本のように売場ごとに数人の販売員がいないアメリカの百貨店では、店頭にある程度サイズ数を出しておかないと機会ロスを生みます。 が、日本のブランドショップには複数の販売員が常時いて接客してくれ、体型に大きな差のない国ゆえ1品番1サイズのみ1枚出しでもほとんど問題ありません。1品番3色展開であれば、1品番当たり3枚品出しがスタンダード。ところが欠品すると1品番当たり3枚ではなくなります。1色完売すれば1品番2枚に、2色完売すれば1品番1枚に。シーズン後半のセール間近、たとえば12月後半であれば、1品番当たり平均2枚を割っても仕方ありませんが、11月に1品番2枚を割る商品展開ではまともなビジネスはできません。せっかくお客様が買い物したいと思っても、色違いがなければ機会ロスの連続になりかねない。 3色展開の商品が仮に1色完売で2色展開になってしまうと、売れ足はガクンと落ちます。さらにもう1色完売して1色にのみの展開になると、その商品はほぼ売れなくなります。だから発注時に色ごとにメリハリを付ける。もっとも販売しにくいA色を倍率1にすれば、かなりたくさん行けそうなB色は6~8倍、ほどほど売れそうなC色は3~5倍と倍率で仮説を立て、店頭展開直後に1色完売、2色欠品とならないようプロの発注を心掛けたいですね。売場の定数定量が明確でなければいい発注はできません。 定数定量を意識すれば、100品番平均3色展開で300枚品出しのブランドショップなら、ストックに200品番もキープや、2000枚もの大量在庫をキープするなんてことはないでしょう。適正量で売場とストックを整理する、まずここから始めたいですね。 Last updated 2012.02.05 22:05:00
PHOTO:Saks Fifth Avenue 昨日、繊研新聞主催IFF展での講演収録の記事が同紙2面に掲載されたばかり。そして今朝、繊研新聞をあけてびっくり、今度は7面にインタビュー記事、連日同じ顔が登場したら読者もあきますよね。百貨店に元気を出してもらいたいと同紙は今年応援キャンペーンをはると聞きましたが、まさか連日私自身の記事が掲載されるとは。 かつて銀座、有楽町エリア百貨店には店長が意見交換する「7店会」というのがあったそうです。銀座の三越、松坂屋、プランタン、松屋、これに有楽町の西武、阪急、そごうを加えた7店。しかし、そごうはビックカメラに、西武はルミネになってしまい、阪急は言うなれば紳士服専門大店に変身、数年以内に建て直す松坂屋も百貨店形態を続けるかどうかわかりません。ことによると「7店会」はもうすぐ松屋、三越、プランタンの「3店会」になるのかも、時代の必然でしょうか。 百貨店淘汰は日本だけではありません。私がニューヨークに渡った70年代後半、マンハッタンにはたくさんの百貨店あるいは専門大店がありましたが、高級店のボンウィットテラー、B・オルトマンをはじめ、ギンベルズ、コルベット、オーバック、アレキサンダーが消滅、メイシーズ、ブルーミングデールズ、バーニーズは会社更生法を経験しています。ヘンリベンデル、サックスフィフスは資本家が何度も交代、倒産したボンウィットテラーを取り壊して新規出店したフランスのギャラリーラファイエットは短期間で撤退しました。ずっと普通にここまで営業できた店はバーグドルフグッドマンとロード&テイラーだけ、アメリカも百貨店受難の四半世紀でした。 でも、生き残ったバーグドルフや再生したバーニーズは私たちにマーチャンダイジングの次の手や売場作り、販促手法で大きなヒントを与えてくれ、いまも視察必須の商業施設です。顧客満足度に定評あるノードストロームが将来マンハッタンに本格進出してきたら、各店の切磋琢磨がまた新しい何かを生むのではと期待しています。 考えてみれば、どの国でも一般生活者の可処分所得が増え、人々がより良い生活を求めて消費する間は百貨店のような業態は右肩上がり、大都会から中規模地方都市まで開店ラッシュが続いて全国に行き渡る頃に人々の生活向上意識は薄くなってオーバーストアが表面化、こんな宿命ではないでしょうか。過去10数年間、毎年のように百貨店の開店ニュースが続いた台湾、このところオーバーストア気味になってきた印象を受けます。韓国も、ラグジュアリーブランドの導入が急ピッチで進んで改装が相次ぎ、百貨店のラグジュアリー別館建設が続きました。しかし、円高ウォン安で殺到する日本人観光客や原発事故で日本行きを取りやめ韓国旅行に切り替えた中国人の存在がなかったら、各店の今秋冬物在庫は相当膨れ上がっていたのではないでしょうか。そろそろ韓国もオーバーストアかな、と思います。 「百貨店にはまだやれることがある」と度々書いてきました。しかし、かつて百貨店が輝いていた昭和の高度成長期と同じような姿になれるとは考えていません。あの頃はまだ物がなく、人々の生活向上心は強かったし、格好良い生活用品へのあこがれもありました。私もそうでしたが、子供たちは親と一緒に百貨店に行き、玩具売場でおもちゃを買ってもらい、屋上遊園地で遊び、レストランで定番のお子様ランチを食べて喜んだものです。でも、いまどきの子供たち、屋上遊園地で遊びたいとは思わないし、お子様ランチよりもっと美味いものを知っています。買い物もゲームソフトが揃ったビックカメラやヨドバシカメラの方を選ぶでしょう。高度成長期の百貨店が提供できた夢の実現、1つ上の暮らし、いまそんなことをお客様は望んでいません。 かつてブルーミングデールズが仕掛けた「カントリープロモーション」、日本で言うならイタリア展やフランス展の類い、これもお客様がどれだけ新しさを感じるか、正直言って「またか」でしょうね。もうこの種のイベントではお客様をワクワクさせることはできません。従来からのプロモーション手法はもう通用しない、これも現実です。 成長する製造小売業と戦うため、そして同業他店との差別化と高いマークアップを狙って打ち出したはずのPB(プライベートレーベル)、結局は同じような売れ筋商品を作ってプロパー消化率を上げられず在庫過多になり、それを処分するために百貨店がアウトレットに出店、マークアップどころではなく自滅した会社もあります。高級店サックスフィフスは一時期PB商品の開発にかなり力を入れていましたが、そのほとんどを廃止しています。これも時代の流れでしょうか。百貨店は優れたベンダーから旬の商品を仕入れ、これを整理整頓して売場に並べ、ちゃんとした接客サービスで丁寧に販売するしかないと私は思います。 旬の商品、これから伸びるブランドをスピーディに導入したくても、既存ブランド売場の施工費簿価残が重荷になってすぐには動けません。整理整頓するにも、定数定量の概念がないから美しい陳列はなかなか実現しない。人件費削減で店頭の社員数を削減、お客様が声をかけたくても売場にいるのは派遣販売員ばかり、サービスは年々低下して逆にクレームが増える一方。ブランドショップだけでは人材が育たないから自主編集自主販売売場を維持するも、人事異動激しくお客様に親近感を抱いていただけず、プロパー消化率は一向に上がらない。販促経費も削減せざるをえないのでウインドーや館内VPスペースの装飾は見栄えがしない。安定的に商品供給できる鮮度の高いリソースなんて国内でそう簡単には見つからない。百貨店の多くがいま抱える課題、簡単には解決できません。 しかしながら、あれもできないこれもできないと言い訳していたらいつまでたっても課題は解決できず、お客様に満足していただけません。もう高度成長期の手法は通じない、いつもと同じお取引先とだけ組んでいても目新しさは表現できない、全館丸ごとリニューアルしてガラリ変えることもできない、そんな中でどうやっていったらいいのか「百貨店の明日」を模索しています。 今日の繊研新聞インタビュー記事の最後で、「モノポリーではなく、取引先と一緒に新しい切り口を作り上げていく」と発言していますが、これも模索の中から思い付いた1つ。昨秋、銀座三越さんと初めて合同イベントをプランしたとき「そんなことありですか」と言われましたが、第2、第3の「そんなことあり?」を仕掛けなきゃ百貨店は変わらない、本気出してやらないと明日はないとさえ思ってます。昨日もその構想を進めるべくあるお取引先幹部と会食、協力を約束してもらいました。構想を一歩前に進めるため、来週バイヤーらとニューヨーク出張です。 <追記> 2月3日付繊研新聞7面の私のコメント、私の言い方が悪かったから誤解がありました。百貨店のセレクト型自主販売売場、プロパー消化率50%ではダメと表記ですが、あれは「プロパーが50%に届かないようでは」と言いたかったのです。低い消化率でずっと営業しているのは「道楽」と同じ、せめて50%はプロパーで販売しないといけませんよね。 Last updated 2012.02.04 08:42:50
PHOTO:セリーヌ2012年春夏コレクション 1月30日付けWWDジャパン3面、山室編集長がデザインの模倣に関して強い語調で問題提起しています。発端は同紙の姉妹誌FASHION NEWSとレイアウトなどそっくりな雑誌が発行されたことだそうです。その山室さんから私のFACEBOOKに以下のコメント。 太田さん、今号コラムに対するコメントありがとうございました。援護射撃を頂いた気分で、この問題を追及していく勇気が湧きました。中野香織さんもブログでこのコラム内容を採りあげて下さるなど、業界有識者の方々から心強い応援を頂いています。中野さんへの返信メッセージにも書いたのですが、WWDジャパン読者の方からは、「このコラムの問題提起は理解できるが、それならば何故WWDジャパンは○○○(FBなのであえて名は伏せます)のような、海外ブランドを明らかにコピーしているガールズ系ブランドを紙面で紹介するのか?」というご指摘も頂きました。?我々は紙面のブランド表記において、意図的に「ファッション」と「アパレル」という言葉を使い分けています。クリエイションを評価の第一義に置くべきファッションと、ビジネス戦略や売上規模を評価軸において優先するアパレルとの差異はあると考えますか、太田さんの眼からご覧になって、これは詭弁に聞こえますか??またFBを通じての意見交換できれば嬉しいです。 私自身もCFD議長時代に模倣問題と取り組んだことがあります。当時の通産省繊維製品課とウルグアイラウンドで討議できないか相談、CFD会報でも内外の事例を取り上げました。当時問題として取り上げたのはタイのアパレルメーカーのブランド盗用と悪質なデザイン。このメーカー、現地のモード誌に「山本耀司」と大きくプリントしたTシャツを広告に出し、ブランド名は「ワイズプールオム」だったか「ヨウジヤマモトフォーメン」だったか。本家本元は「ワイズフォーメン」と「ヨウジヤマモトプールオム」、同じブランド名ではさすがにまずいと考えたのでしょうね。 このときお役所の見解は「訴えるのは難しい」でした。なぜなら不正競争防止法の国際協定にタイは加盟していなかった。これでは政府間交渉するルートもありません。 日本のアパレルメーカーとデザイナー企業との模倣トラブルも当時は頻発でした。コムデギャルソンがパリコレで発表したコレクションとそっくり商品が3週間後国内アパレルの展示会に登場したことがあります。素材こそ違えトップスとボトムのデザインはまるで同じ、でも組み合わせ方法だけは替えてあったのです。調べるうちに、パリコレ取材の日本人カメラマンが写真をアパレルメーカーに送っていることが判明しました。あの頃はメディアと契約している取材カメラマンの写真流出が数件あり、中にはメディア自体が内緒で写真をアパレルメーカーに流してもいました。かなり悪質ですよね。 ジュンコシマダでは、島田さんが何気なく描いた落書きのような図案が同じシーズンに国内アパレルから発売されたこともありました。スタジオVの入江末男さんが描いたエッフェル塔と香水瓶モチーフ、ちょっとだけ角度と間隔を変えて真似された例も記憶しています。でも、裁判所に訴えたくてもファッションデザインに著作権はなく、日本ではテキスタイルの意匠権で争う道しかありません。裁判するにも時間がかかり、争っているうちにシーズンが終了するので意味がなく、結局コピーされた側が泣き寝入りするしかなく悔しい思いをしました。あまりに悪質な写真の横流しケースだけはCFD議長として厳重注意したことはありますが。 また、イッセイミヤケのプリーツプリーズでは、ある百貨店が地元メーカーと組んでそっくりのプリーツ商品を作り、よく似た什器と陳列方法で販売、ショップ名も「ザ・プリーツ」、ロゴデザインも似ていたことがあります。これはあまりに節度がなさすぎ、確かイッセイミヤケは裁判所に訴えたはずです。 かつてフランスのオートクチュール協会はパリコレ写真の掲載解禁日を定め、世界のメディアに協力要請していました。もちろんコピーするメーカーから会員デザイナーのクリエーションを保護するためです。特にアメリカのアパレルメーカーブランドや百貨店のプライベートレーベルではコピーが露骨でしたから。しかし、インターネット時代になって翌日には世界どこでも誰でもコレクションのすべてを閲覧できるようになりました。写真掲載期限の規制はもう無理な世の中です。かつて3、4週間かかったそっくりコピーも、いまなら1週間で完成します。だからでしょう、オートクチュール協会は各国デザイナー協会に呼びかけ、アメリカ議会にファッションデザインの保護をする法改正を提案していると聞いていますが、果たして法案が議会を通過するかどうか。 コピー問題は業界人の良心に訴える以外に方法がないのかもしれません。あるいは業界全体でキャンペーンを打ち、一般消費者にコピー商品の不買を訴えるしか道はないでしょうね。最近ニュースで中国のなんでもかんでもすぐコピーする体質が報道されていますが、日本だって中国のことを悪く言えません。セリーヌが人気となればセリーヌそっくり商品構成のブランドが登場、それを百貨店がわかっていて導入する国なのです。パリコレ写真を必死で入手してコピーを作る会社が多かった70、80年代から業界体質は何ら改善されていません。 WWDジャパン山室編集長の問題提起、ファッション流通業界全体で真剣に考えるべきでしょう。時差も国境もない世界競争時代、ファッションの世界では「お兄さん」的存在の国なのですからアジアの新興国に模範を示す意味でも日本の良さを訴えるためにも、オリジナルデザインの強化にもっと資金を投下し、社内も含めてデザインできる人材をもっと育成せねばと思います。いかがでしょう。 Last updated 2012.02.01 17:44:26
木曜日、東京ビックサイトで開催された繊研新聞主催IFF展で「ファッションで何かができる」と題した講演をさせていただきました。三越銀座店との合同イベントGFW(ギンザ・ファッションウィーク)を計画した背景、その目的、初回実施で感じたこと学んだこと、そして次回3月でなぜジャパンデニムを特集するのかを説明。数日前社内ミーティングでサンプルチェックしたとき、バイヤーたちが期待以上にデニムと取り組んでいたので「売る側がワクワクしないでどうしてお客様がワクワクしますか」と講演会を締めました。ビックサイトから社に戻って同じ繊研新聞百貨店担当記者の取材。なんでも来月百貨店を元気づける特集企画があるそうで、今後百貨店が取り組むべきことや現在の課題をどう改善するか質問されました。近々掲載されるでしょうからここでは詳しく触れませんが、アメリカの百貨店がたどった道と同じで、どっちつかずの中途半端な店はいずれ滅び、勇気を持って現状打破した店が生き残る、と事例をあげて持論をお話しました。 金曜日の日本経済新聞電子版にアップされた三越伊勢丹・大西洋社長インタビュー記事、目に留まりました。「百貨店は15年連続で市場が縮小している」の質問に対して、「日本の全流通業の市場規模は約135兆円とされるが百貨店はそのうち約6兆円、わずか4%だ。そこまで縮んでいるのに(百貨店の経営者や従業員は)危機感がなさ過ぎる。店作りなどきぎょうごとの独自性を消費者に伝えてこなかったのが原因だ」。随分ストレートにおっしゃったようですが、全く同感ですね。百貨店という業態は概して保守的、やったことないことにはネガティブな人が多い業界。また、導入ブランドの売上がどんどん落ちても「まだ数字がついている」となかなかアクションを起こしたがらない。このネガティブシンキングとスピード感ない仕事の仕方が業界全体の衰退要因だと思います。 昨日の文化服装学院ファッションディレクター専攻今期最後の講義、ちょうど飛び込んできたばかりの石岡瑛子さんの訃報にからめて、70年代のパルコがいかに輝いていたか、石岡さんのパルコとの仕事がいかに刺激的だったのか、我々消費者は渋谷パルコをどう見ていたのかを話しました。「ポスターもイベントも導入ブランドも、当時のパルコはすべてが格好良かった」、と。あの当時のパルコで感じたワクワク、小売業には絶対に欠かせないものですよね。 IFF講演会でも言いましたが、必需品でなく必欲品を多く扱う小売店にとってまず大事なことは、販売する側自らがワクワクすることでしょう。百貨店で言うなら、バイヤーがワクワクする商品を仕入れる、社員も派遣販売員もワクワクするようなイベントを仕掛け、ワクワクするような楽しい売場を作る。社員がワクワクしないでどうしてお客様がワクワクするでしょう。社員が熱くならずしてお客様が熱くなるはずありません。 何度も触れてきましたが、永遠のライバルと組んでGFWをやってみようと考えた背景には、4月20日に全館あげて行った松屋チャリティーイベントがありました。「いま被災地に対してできることを全部やる。私たちがお取引先、お客様と被災者をつなげるプロデューサーになって銀座から被災地に希望を届けよう」と4・20 The Messageを開催しましたが、これがそもそもの発端でした。 お取引のある内外のファッション系ブランドや「デザインコミッティー」ゆかりの先生方にオークション品の提供をお願いして売上を寄付する。館内あちこちに募金箱を設置、加えて遠山由美さんのアート作品を佐藤卓さんがデザインしたハートカード(寄付を明記)をすべてのお買い物時に手渡しする。そのハートカードに全従業員がメッセージを手書きして正面ウインドーはじめ館内あちこちに掲示する。オリジナルのチャリティー商品も販売、現時点で入手できる東北地方の産品を並べる。もちろん我々の呼びかけにネガティブなお取引先もあってみんなが賛同してくれたわけではなかった。 が、このとき涙を流しながら東北の産品を買ってくださったお客様、正面ウインドーのハートカードを写メールするお客様がたくさんいらっしゃいました。「東京の百貨店さんが私たちのために。ありがとう」と被災者から感謝メッセージもいただきました。「松屋さん、いいことやるねえ」と褒めてくださったお取引先幹部。そして、「このイベントに関わり、松屋で働いていることを誇りに思います」と熱いメールをくれた社員。多くの方が、多くの会社が松屋を媒体にして心を1つにした印象深いイベントでしたが、このとき私は確信しました。「まだまだ百貨店にできることはある」。と同時に、「何かをやらない百貨店はいずれ消滅する」、これが次のGFWにつながります。 GFWを合同開催するにあたって私には聞こえてこない雑音や反対意見、両店ともにいっぱいあったでしょう。ライバル店となぜ組まなきゃいけないんだ。どうしてライバル店のロゴも入った手提げ袋を作らなきゃいけないんだ。どうしてライバル店のレシートでウチのノベルティーを配るんだ。どうしてウインドーが共通なんだ。どうして次はデニムなんだ。現職のみならず両店OBからもネガティブな声はきっとあがっていたことでしょう。 しかし、あれもダメこれもダメとネガティブな姿勢でいたら何も生まれません。両社でやると決めたらスピーディーにポジティブに行動する、新しいことに挑戦するなら自らワクワクして取り組む、これこそが百貨店にとって大切なことだと私は信じています。ネガティブな姿勢でお客様を刺激するなんてことは不可能なんですから、百貨店は既成概念を捨てもっともっと暴れないと...。繊研新聞の百貨店特集、前向きな意見がいっぱい掲載されることを期待しています。 写真:ブルーミングデールズ4階 Last updated 2012.01.28 15:00:12
ライバル三越銀座店との初の合同イベントGFW(銀座ファッションウイーク)を翌月に控え準備に追われていた昨年9月初旬、「次回のテーマはジャパンデニム。そのつもりで準備を開始して」と現場に発信。10月のGFW初回は決定から実施まで4ヶ月、「時間が足りません」は仕方ないけれど、第2回は半年以上の準備期間、「時間が足りませんでした」は言い訳になりません。「単純にジーパン作ったら良いってもんじゃない。日本が世界に誇れるデニムを使って新しい商品を開発、お客様にその良さをわかりやすく伝えよう」と言いました。私のパリコレ出張中、現場は広島県福山市のカイハラの工場を見学、カイハラの皆さんといろんな打ち合わせに入りました。普段は廃棄される運命にある「デニムの耳」も10月カイハラから大量に届けてもらい、「このデニムの耳を活用できそうなお取引先に渡して面白いサンプルを作ってくれ」とバイヤーらに渡しました。私自身も、講演会で出会ったアンテプリマのデザイナー荻野いづみさんに「これでワイヤーバッグ作れないでしょうか」、松屋の売場で顔を合わせたHPフランスの村松孝尚社長には「ジャックルコーで帽子できないでしょうか」と個々に提案しました。 そして先週金曜日、すべての部署がいまどこまで進行しているか、サンプルをチェックする会議がありました。いくらバイヤーがその気になっても、お取引先が理解し前向きに取り組んでくれなければサンプルは上がってきません。どこまでデニムの解釈を広げているか、本当に新しい商品を開発しているか、ちょっとだけジーパン作って参加した気分になってはいないか、正直言って一抹の不安はありました。 しかし、各バイヤーの商品説明が始まると、不安は吹き飛びました。予想していた以上に彼らは日本製デニムと真面目に向き合い、お取引先を説得して面白いものをいっぱい仕込んでいたのです。しかも、カイハラからいただいたデニムの耳をあらゆるジャンルで活用、ユニークなものをいっぱい準備、「やればできるじゃないか」でした。 1階雑貨売場でも、2階HPフランスでも、4階アキオヒラタでもデニムの別注帽子。デニムのバッグは1階から全ての婦人売場、5階紳士、7階呉服やリビング売場まで、カジュアルなエコタイプからしっかりした作りのショルダーやハンドバッグまでいろんな価格帯、いろんな種類がズラリ。婦人服では三越との協同企画もあれば、デザイナーブランドとのオリジナル品に別注品、紳士売場には職人さんに来てもらってジーンズを販売する企画もあります。デニムの靴、アクセサリー、呉服と帯、草履、エプロン、藍染めのきもの地や風呂敷とかなり盛りだくさん、全館インディゴブルーで統一できると確信しました。 デニム地製造過程でどうしても出るデニムの耳(=写真の人形参照)、これを捨てないで活用することはいま大切なエコ生活でもあります。デニムの耳だけを染め直してアクセントに使ったり、細くこよりにして素材活用したり、ていねいに縫い合わせて草履やサンダルにしたりと、それぞれが工夫した商品いっぱい。バイヤーたちが真剣に取り組んでくれたことで、3月のGFWはなんとしても成功させねばと決意を新たにした次第です。 2001年に松屋銀座本店が大リニューアルをしたとき、「+F」をキャッチコピーにファッションの打ち出しを行ない、全館200体以上のマネキンすべてをディレクションカラーのポピーレッドとアクセントのブルーで飾ったことがあります。あれは圧巻でしたが、あのときの感動をインディゴブルーで再現したい。が、これだけバイヤーとお取引先が熱を入れて取り組んでくれたので「+F」以上の強いメッセージをお客様に送ることができそうです。 ウインドーも1階広場でもデニムを飾り、カメラマンの大石一男さんが撮影した過去30年のパリコレ写真のデニムバージョンも館内に掲示(これとは別に大石一男写真展も開催)する予定。さらに、3月24日土曜日には銀座中央通りにデニム地の100メートルステージをセットして銀座初の屋外ファッションショーを計画、このショーは三越、松屋両店のみならず近隣の大型店やブランド直営ショップにも参加を呼びかけます。 現場がここまで頑張ってくれたので私は心置きなく海外出張に出られますが、その前に三越側と協議して第3回GFWのテーマを決めねばなりません。いくつかアイディアはあってほぼ固まりつつありますが...。それにしてもうちのバイヤーたち、実に頼もしい。皆さん、GFWを期待してください。 Last updated 2012.01.23 15:30:56
![]() 寒い毎日ですが、一部ブランドは春物が立ち上がりました。ブランドの常連様にはシーズン立ち上がりDMが届き、寒い中を駆け付けてくださる方は少なくありません。が、寒さもあってか「また今度来るわ」とお買い上げのないケースも多く、概して今シーズン立ち上がりは不振です。ただ、不振の原因は寒さだけではありません。売場を回りながら、今シーズンはブランド側の打ち出しに疑問を感じるケースが多いように感じます。はっきり言えば、マーチャンダイジングの視点が欠落しています。特にデザイナー主導で売場展開プランが練られているブランドにその傾向を強く感じます。 コレクションを作るとき、デザイナーや企画プランナーはシーズンテーマをもとにスタイリングを構成します。抽象的なテーマ設定もあれば、世のトレンドに沿った設定もあるでしょう。特別な色や柄、特別思い入れのあるフォルムや着丈、ディテールなど直接的な企画テーマもあります。どんなテーマであれ、軸を1つ決めてそこからコレクションとして膨らませるのは重要だと思います。その上で、マーチャンダイジングの視点、つまり軸をぶらすことなく売場で映える設計をしないと、いくらショーで評価されても、いくら人気ブランドであっても、店頭でのビジネスは失敗します。決めたシーズンの軸中心にアイディアをどう膨らませるか、どうバランス調整するかはマーチャンダイジングの作業、「感性」ではなく「理性」のフィルターで行われるべきと考えます。 色展開1つとっても、売場全体の色のめりはりをどうする、刺し色をどうする、実売タイプの色はどれくらいの構成比率でどのタイミングで見せるか。アイテムも同様、企画者が強く打ち出したいスペシャルピースを売場全体の中のどれくらいのバランスで展開するのか、スペシャルを咀嚼(そしゃく)した緩和剤的なピースをどういう形でどれくらい差し込むのか。こうした考察はマーチャンダイジングの視点、「理性」とロジックで設計されるべきであって、デザイナーの「感性」が押し切るものではないと思います。もちろん例外的にマーチャンダイジング力のあるクリエイターは存在しますが。 バイヤー的視点に立って言えば、ショーでまずデザイナーのクリエーションを観せてもらい、その次に展示会でどうマーチャンダイジングの視点で整理されているかをチェック、もしも効果的売場展開が難しそうならば営業担当に問題点を伝え、デリバリーまでの数ヶ月感で可能な限りの修整を求めます。これがバイヤーの仕事、同時にブランド側マーチャンダイザーや営業責任者の仕事でもあります。 しかし、デザイナーの意図だけを優先、みんながプロとしての仕事を放棄すると、売場はエゴ丸出しで絶対に売れません。ちょっと手を加えるだけで良くなりそうなコレクションでさえ、みんなが責任放棄してはお客様の支持は得られず、結果、売上はついてきません。デザイナーの創作意図がお客様に理解されないままならば、せっかく莫大な経費をかけてコレクション発表した意味がありません。 なんでもかんでも企画者任せはおかしいし、デザイナーが店頭展開の詳細まで管理するのもおかしな話。クリエイターに商品分類や展開分類の視点があるとは思えませんし、定数定量の意識はまずないでしょう。自社の直営路面店ならともかく、百貨店内ショップはこれでは困ります。クリエーションとマーチャンダイジングは別の視点で語られるべきこと、デザイナーがすべてを指令することに私は違和感があります。また、仮にデザイナーの意図を100%くんでシーズンを立ち上がったとして、それがうまく機能しなかった(お客様の反応が悪い)場合早急に売場で軌道修正すべきだと思います。 先日来、シーズン立ち上がったものの売上さっぱりのショップがいくつかあります。共通する疑問は、どうしてこんなマネキンの着せ方するんだろう、どうしてこんなバランスの悪い組み合わせにするんだろう、どうしてラックの中の調和を乱すものをわざわざ掛けるんだろう、どうして魅力的でない色がラックの先頭に掛かっているんだろう、ですね。館内でそんなショップを見つけたら、ブランド側の本社指針、デザイナーの意図がどうであれ、私は疑問点を説明して早急に修正するよう言います。ここは直営路面店ではなく百貨店、工夫してより魅力的に見せられるならばすぐ改善すべきでしょう。 前職では、シーズン立ち上がりに都内店を回ってVPの組み合わせやラックの掛ける順番をよく替えたものです。私も含めみんなでオフィス内でシミュレーションしたマネキンの組み合わせが、売場で実際に並べてみると決してベストではない、そんなケースままありましたから。売場は生き物。VPの背後には必ず商品が掛かったラックや棚什器があります。マネキンの背後にラックのない場所でのシミュレーションが機能しないなんてことがあっても不思議ないのです。売場でもっと魅力を引き出せれる方法が見つかれば、すぐに修正すればいいだけのこと。問題は、その柔軟性を店頭指針を出す本社側が持てるかどうかでしょうね。 もしもシーズン立ち上がって数日間お客様の反応が極端に悪い場合、本社任せにしないで臨機応変にショップが対応してもいいのでは、と私は思います。せっかくより魅力的に見せることができる商材があるのであれば。無論、そんな商材がないのであれば、手の打ちようはないでしょうが...。 写真:いつ見ても魅力的な店頭表現のラグビーNY路面店 Last updated 2012.01.17 02:18:37
銀座の歩行者天国でファッションショーやりたいね、と言い出してからもう半年以上が経過しました。「クリテイティブTOKYO」の1つにと賛同してくれる経済産業省クリエイティブ産業課の応援を受け、三越銀座と松屋両店の担当者が関係各所を説得に回っていますが、まだ正式に許可は降りていません。国土交通省、警視庁、築地警察、東京都、中央区、地元商店連合会、すべての機関の承認を得ねばなりません。そもそもが前代未聞のプランと関係者には言われるんだそうです。警備体制のこともあり、警察筋には歩行者天国でのイベントそのものを簡単に認めてもらえません。もしも認めてもらえるなら、ステージや観客席、楽屋テントの図面を別の機関に提出、認可をもらわねばなりません。その次には、スポンサー企業のロゴや看板がどこにどれくらいの大きさでいくつ入るのかを事前に申請、広告条例をクリアせねばなりません。たった30分足らずの短時間イベントを計画しても申請すべき役所が多過ぎ、こうも規制が厳しくてはまず断念してしまうのが普通でしょう。が、両店担当者は粘り強くネゴに奔走しています。 そして、どうにか最終決済をあおげそうなところまできました。来週前半に開催される地元商店連合会の理事会で承認されれば、開催そのものはどうにか可能となりそうな気配とか。もちろん、そのあとに作成せねばならない書類は山ほどあり、途中で却下されることも予測されます。弊社の販促課N課長は経済産業省の担当官と毎日電話で連絡をとり合い、関係機関に何度も足を運び、この間何度もくじけそうになりながら、ようやくここまでもってきました。実にえらい! それにしても、日本は規制だらけの国ですねえ。あまりにも交渉せねばならない相手が多すぎます。国から補助金もらおうなんてことは思っていません、せめて規制を大幅に緩和し、もうちょっと簡単な手続きにしてもらえないものでしょうかね。想像するに、恐らく被災地のがれき処理や復興策でも、国、県、市町村それぞれの金融系、土木系、交通系、治安系、保健衛生系部署に個別説明しないとものごとは動かないのでは。イベントと違い被災地復興の場合は補助金、給付金は必須条件でしょうが、規制緩和をまず最初に進めてあげないと復興スピードは上がらず生活者は不便のままでしょう。 我々の目標は3月下旬のJFW(ジャパン・ファッションウイーク)時での開催。来週承認されると、残りの準備期間は2ヶ月しかありません。題して「GINZA RUNWAY」、これは三越と松屋両店だけのイベントにはしないつもりで交渉を進めています。両店合同のGFW(ギンザ・ファッションウイーク)はそれぞれのリスク負担で行いますが、歩行者天国のGINZA RUNWAYは銀座の活性化と復興支援の意味もあり、銀座の街全体にムーブメントを広げたいと考えています。だから、これから銀座に店を構えるストアの皆さんに「一緒に銀座を盛り上げませんか」と呼びかけ、たくさんの賛同者を得たいのです。 企画立案は両百貨店ですから相応の負担は覚悟しています。既に協力してくれそうなスポンサー交渉にも入りつつありますし、国内大手メーカーや海外ファッションブランド協会所属のブランドで銀座に路面店を構えている会社の幹部にも順次お願いをしております。今週行われた海外ブランド協会の新年会でも数名の幹部には声をかけました。正式許可が降りたら、近隣の大型店やセレクトショップさんにもお願いに回ります。ショーのテーマは時間もないのでGFWと同様「ジャパン・デニム」を考えています。広島県の大手デニム工場カイハラさんには特別なデニムを作っていただき、これを銀座中央通りに敷いて100メートルの長いランウェイにしたいし、枝野経産大臣に以前お願いしましたがちびっ子と一緒にモデルとして登場してもらおうと計画しています。 昨日、日本百貨店協会の新年会場で日本橋地区の老舗企業の社長さんとお話しましたが、日本橋も銀座も規制が厳しいのかそれとも地元の自粛意識が強いのか、街全体を活性化させる大きなイベントがなさすぎます。積極的にイベントを仕掛けて街全体に動員を図らないと、街は次第に求心力を失い、いつの間にか「過去の繁華街」になってしまいます。かつて大正から昭和初期には中心街として栄えたのに、戦後衰退していった地域、東京にも大阪にもたくさんあります。新しい大型商業施設ができて人の流れがガラリ変わって閑古鳥、そんな場所もあります。日本橋にしろ銀座にしろ、人が集まる仕掛けを前向きにやっていかないと同じ道を辿ることだってあるでしょう。同じ国道でつながっているんですから、日本橋と銀座が共同で何か面白いこと、新しいことを仕掛けたっていいじゃない、そんな話をしました。GINZA RUNWAYが銀座のみならず中央区の活性化のきっかけになれば、そしてそこに集う人々に被災地への継続的な支援を喚起できたらなあと思います。 銀座にお店を構える皆さん、一緒に盛り上げませんか。 写真:この場所にデニムの100mランウェイを作ります。 Last updated 2012.01.15 01:02:31
![]() クリスマス明けから昨日まで地下通路ウインドーで展開したバオバオ・イッセイミヤケ、ウインドー効果はかなりありました。緑、黄、赤、ブルーの無地ブライトカラーの新シリーズ、内外のお客様に大変好評、1月2日春物スタートから8日間で1月売上予算の60数%を既に達成し、この調子で行けば月予算の2倍も夢ではありません。ブランド固有のユニークな製造方法、変わらない形状に対する信頼感、パンチのきいたカラーの季節感、そして手頃なお値段、いろんな要因があって段々社会に浸透してきました。生産量に限界があり、全国津々浦々というわけにはいかないのでバイヤー認知度がまだ低いのかもしれませんが、「繊研ベストセラー賞」バッグ部門で取り上げられてもいいのではと思います。 先日社内会議で関係者に再確認しました。「銀座通りに面した日本の一等地ウインドーなんだから、過去の展示実績にとらわれず、ブランドや商品の選択にはもっと細心の注意を払おう」、と。実売期が過ぎたシーズン端境期ならともかく、シーズン立ち上がりから実売期にかけてはブランド任せにはせず、自ら慎重にブランドを選び、飾る商品に口を出し、松屋として街に向け、お客様に向けてアピールしたいものを飾る。ウインドー壁面の装飾や全体のデザインの面白さも大事でしょうが、まずは何よりも商品そのものに通行する人々の足を止めるくらいのインパクトがないといけないと思います。そして、結果としてバオバオのように売上に結び付けば最高です。明日からのヨウジヤマモトにも期待してます。 ウインドーは春物、でも私たちは次の秋をそろそろ準備しなくてはなりません。先週末、コレクション視察のための海外出張フライトとホテルの予約を済ませました。今回はニューヨークコレクションにも足を運ぶことに。今後の店頭整備計画を練る上でどうしてもニューヨークの風に当たらねばと思い、コレクションも視察することにしました。 私が最後にニューヨークコレクションを視察したのが1985年秋冬シーズン、まだ繊研新聞ニューヨーク通信員でしたからもう27年前のことです。ラルフローレン、カルバンクライン、ペリーエリスの御三家がまだ圧倒的存在感を示し、ダナキャランはアンクラインから独立した直後でしたね。いまやニューヨークコレの顔の1人になったマイケルコーズは当時はまだ小さなメゾン、ミニマムな黒いジャージー服ばかり作っていた印象しかありません。マークジェイコブスに至っては恐らくまだパーソンズの学生、デビューすらしていませんでした。 数年前、イッセイミヤケから独立した滝沢直己くんのデビューでニューヨークコレの特設会場には行きましたが、あの時は滝沢くんのショーを観ただけ、だからニューヨークコレの視察はホント久しぶりなんです。今回はチャンスがあればなるべく若手デザイナーのショーを観たいと関係各社に招待状の手配をお願いしはじめたところ。久しぶりにパーソンズの教壇に立つことにもなるでしょうね。 ニューヨークコレから一旦帰国し、次は2月末からパリコレに出かける予定です。前回はサラバートンのアレキサンダーマックイーンにパリコレらしい華と若手らしい創造性を強く感じましたが、今回はどんなコレクションに感動するんでしょうね。また、前シーズンのヨウジヤマモトのように、コレクションや展示会を拝見して「これだっ!」と感じてすぐにウインドーの交渉できそうなメゾンがいくつか見つかるといいですね。 ウインドーは春物、売場は徐々に冬物セールが終わって春物展開になりますが、私たちはもう今秋の店頭整備やプロモーションを具体的に計画せねばなりません。メンズはもうすぐミラノコレ開幕、東京コレクションが終了する3月後半まで私たちにとっては「ファッションの季節」です。 写真:アレキサンダーマックイーン2012年春夏コレ Last updated 2012.01.10 16:59:22 |一覧| |