『印象派はこうして世界を征服した』
『印象派はこうして世界を征服した』(白水社)(フィリップ・フック) 原著 Philip Hook(フィリップ・フック) , 翻訳 中山 ゆかり とてもおもしろい本です。正月に一気に読みました。 私もそうですが、みんな、印象派の作品が大好きです。 世界中で、モネやゴッホの展覧会は多くの観客を集めているようです。 いつ頃からそうなったのでしょうか。 そんなことはあまり意識して考えたことがなかったのですが、この本の題名を見て、そうだな、なぜ印象派の作品はこのようにみんなに愛されるようになったのだろうと、と思いました。 1800年代、印象派が誕生した時には、その作品は、人々の嘲笑を浴びました。 「近づいて見れば支離滅裂なだけ」という酷評でした。 それが、わずか百数十年の間に、その評価は大逆転します。 印象派の出現は、確かに、画期的なものでした。 それまでの絵画は題材において、何か宗教的・政治的な意味とつながっていましたが、印象派絵画にはまったくそれがありません。 目に見えるものを、ただ写真にように精密に書くことだけが絵画の価値なら、印象派の絵は、確かに荒いタッチで、何のデティルも描かれていないように感じるわけです。 「近づいて見れば支離滅裂なだけ」 モネやルノワールはどうして世界中の人々に好まれるようになったのでしょうか? なぜあの国々の人びとははかの国々に比べて印象派を早く評価することが出来たのだろうか。 お金持ちは印象派絵画を所有していきましたが、富裕層を特に魅了する特別な何かが印象派の画家たちにあったのでしょうか? そうした視点でこの本は書かれています。 フランスは、自由を好むという国民性からまず改革派的思想の持主たちが印象派を受け入れ、それが徐々に上層階級へそして大衆へと広がっていきました。 一番早く受け入れたのはアメリカです。 フランス文化に強い憧れを抱いていたアメリカ人は、1880年代からすでにモネやドガを高く評価しました。 歴史的にフランスと絶えず不和だったイギリスは、それに比べると印象派の受容が遅れています。印象派の絵は、退廃のしるし以外の何ものでもない、というとらえ方でした。 一般に評価されるようになったのは、第二次世界大戦以後になります。 ドイツの戦争を通しての複雑な関わりも興味深いです。 日本については、別に書きます。 そして、忘れてならないのは、印象派の世界征服への道には、このブームを仕掛けていった画商、競売会社による時には詐欺行為すらともなう巧妙なビジネス戦略があったことです。 美術作品を「美術的価値」だけで見るのでは、見えないものが多いということが分かります。そこには金融的な価値というものがあるのです。 特に戦争の時にあって、「美術品は、持ち運びが出来、信頼のおける最終的な資産形態だった」、と記されています。 そして、「新しく生まれた富裕層は、自分たちの富を見せることが大好きだ。そのためには、ルノワールやモネの絵を壁に飾ることほど相応しい方法はない。この方法は、美的な感性と巨大な経済力とを同時に示し、しかもその二つを強く結びつける。新たに財力を得たすべての世代が、まるで磁石に吸い寄せられるように印象派に惹かれる理由はおそらくそこにある。」 印象派がそれほど重要視されて理由として、 第一に、魅力的な色彩と光、日常的なモチーフを描く印象派は親しみやすく、観る者を幸福感でみたしてくれること。 第二に、正確な作品総目録ができているので、反論の余地のない真作という鑑定が容易にできる。ということがあげられます。 印象派の絵画を見る目が違ってきます。