自分探しの心の旅

　あるセラピストのところに、３０代男性のクライアントが訪れました。

　以前の彼は公私共に絶好調でしたが、心の病にかかり、もう数年間引きこ
　もっているそうです。部屋の掃除もできず、人に会うのも怖いといいます。

　それでも何とか自分の人生を取り戻そうと、セラピストを訪ねたのでした。

　彼の口からは「できないこと」の話ばかりが出てきます。

　セラピストは訊ねてみました。

　「何でもいいです。何からならできそうですか？」

　すると「部屋を毎日掃除します」と答えたので、

　「それ、本当にできるんですか？ボクのところは、約束を守ってくれないク
　ライアントは、即お断りですよ」と言うと、

　「えっ！それなら週一にします」

　「絶対に約束できますか？４０度の熱が出ても、約束した事はやるんですよ」

　「そんなこと言われたら何もできませんよ・・・」

　「だから言っているでしょう。できないことを聞いているんじゃなくて、できる
　ことを聞いているんです」

　こんなやりとりがあって、最後に彼は言いました。

　「それじゃ、トイレから出るときにスリッパを揃えます」

　３０歳をとっくに過ぎた男性に対し、セラピストは真剣にそれを約束させま
　した。

　ところが、その日のうちに彼の両親から、抗議の電話がかかってきます。

　「あんたはうちの息子をバカにしているのか！弱みに付け込んで・・・トイ
　レのスリッパを揃えろだ？そんなことで社会復帰なんかできるわけないじ
　ゃないか！」

　しかし、忘れたときはわざわざトイレに戻ってスリッパを揃えるほど、本人
　はいたって真剣でした。

　一週間後、セラピストを訪れた彼は、スリッパだけではもの足りないので、
　新しい課題を決めたいと言ってきました。

　その後の彼は、半年後に営業の仕事につき、無理はするなという周囲の
　助言をよそに、売って売って売りまくったそうです。

　そして、仕事の関係で知り合った女性と結婚までしてしまいます。

　最初腹を立てていた両親が、菓子折りを持ってやってきます。

　「実は夫婦のことで相談に乗って欲しいのです」

　セラピストは言いました。

　「それでは、夫婦関係を良くするのに、今、できることは何ですか？」


　この話は、石井裕之著 ★ダメな自分を救う本★ の中のエピソードを、少し
　だけアレンジして書いたものです。

　前回の最後に書いた、「どうせオレなんか・・・」という価値観から抜け出す
　にはどうしたらいいか？という命題の答えを導くために、この話が非常に示
　唆に富んでいると思えたのです。

　私も毎日掃除から始めてみたいと思います。


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