519556 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

華の世界

華の世界

第三章

振り向けば夕暮れ

第三章:迷い

__ダイナーの声は僕を現実に連れて戻った。「何を考えてるの?」
__「別に。過去のことだ」
__「過去?もう過ぎたから、考えてどうするの?」
__僕はため息をついた「思い出したくないが、思い出しちゃったんだ」
__「そうですね。同感ですわ。あのマフラーは?」
__「家にある。あれはとても貴重な記念品だから、忘れないよ」
__潮風が波止場から吹いてきた。
__僕は「今どこに住んでる?前と同じ?」と尋ねた。
__「うちに来たい?」
__僕は黙った。
__実は僕もこの質問の意味が分からない。ただ思い付いたたけだ。
__「あたし、引っ越しした。今は北岸だ。ここからフェリーに乗って、バスに乗り換えて、一時間ぐらい」
__「本当に北岸に行ったか?」
__「遊びに来ない?」
__「彼は・・・」僕は躊躇った。
__「来る?来ない?」ダイナーは少し眉をひそめた。
__「OK。どうせ暇だから」
__僕たちはフェリーに乗って、後ろに座っていた。
__「やっぱり後ろのほうが好きだ」ダイナーは言った。
__「もう慣れたから、直れない」
__「何年ぶりかしら?一緒にフェリーに乗って」
__「久しぶりだ」
__ダイナーは海を見つめて「三年でしょう。そんなに長くないよ」
__「三年は長いんだ」
__ダイナーは首を振った「三年は別に大したことないわ」
__僕は黙った。
__「あなたに会えるなら、三十年も長くないよ」
__「ダイナー、僕たち・・・」
__「何もしゃべらないで。あたし、あの感じを懐かしんでる」
__僕は黙然だった。
__あの時、僕は彼女と一緒にフェリーに乗った。親密に。
__でも、今は・・・
__ダイナーの髪はいい匂いをしていた。あの時と同じだ。僕は酔っていた。
__突然、ダイナーの頭は僕の肩に近付いた。
__僕は彼女を少し離れたかった。でも、彼女はすぐ「動かないで」と言った。
__僕はこの一刻を享受していた。
__懐かしい感覚だ。
__もうとっくに忘れていた思い出が、心の底からゆっくり上がってきた。
__僕は思い出の中に落ちた。これは過去と現在の網だ。
__これはすべて夢だ。三年前、全部終わっちゃったから。でも、真実のようだ。
__フェリーの笛が聞こえた。もうすぐ北岸に到着する。
__ダイナーはきちんと座った。「あたしに従って」
__僕は黙って、彼女に従った。
__十五分ぐらい、バスは彼女の家に着いた。
__「車、持ってない?」
__「持っているよ。でも、中華街では駐車の所が少ないから、バスのほうがいい」
__ダイナーの家は白い色をしている。
__「誰もいない?」
__ダイナーは首を振った「あたし一人だけ」
__僕は「彼はどこだ」と聞きたかったが、ダイナーはもう僕の心を読んだみたいに、「入って」と言った。
__普通のオーストラリア式の家だ。キッチンとリビングは一緒に、廊下の両側は部屋だ。
__僕はソファーに座った。
__ダイナーは「何を飲む?」と聞いた。
__「コーヒー」
__「相変わらず、一日中コーヒーばかり」
__「慣れたから」
__「ミルク少量、砂糖二つ、でしょう?」
__「当たり」
__ダイナーはコーヒーをくれた。僕は一口啜った「懐かしい味」
__「悪くないでしょう」
__僕は彼女の家を見回した。
__壁にたくさんの絵が掛けてあるが、写真はない。
__「ここは、二人の家でしょう?」
__ダイナーは頷いた。
__僕はコーヒーを飲んでいる。
__ダイナーは「見学しない?」
__僕はカップを置いた。
__ダイナーはあるドアを開けた「ここは書斎です」
__「小説が多いね」
__「あなたのおかげで」
__僕は見慣れた本を発見した「これ・・・」
__「あなたの本ですよ」
__「まだ持っているか」
__「あなたの言うとおり、とても貴重な記念品だもん」
__僕はパソコンを指して「新しいね」
__「二ヶ月前買ったばかり」
__書斎を出て、僕はほかのドアを指して「そこは何?」
__ダイナーはドアを開けた「トイレ」
__「こっちは?」
__「入れば分かる」
__僕はドアを開けた。寝室だ。
__ダイナーはベッドに座った。
__僕は彼女を見つめて「僕のコーヒーはまだ残ってる」
__ダイナーは僕のそばに来て、僕の手を握って「座って」
__彼女の顔を見て、僕は迷っている。
__僕たちは一緒にベッドに座っていた。ダイナーはずっと僕の手を握っていた。
__とても近い。彼女の香りとベッドの匂いが混ぜていた。この感覚は僕を酔わした。
__「やめろ」僕は言った。
__「あの夜、覚えてる?」
__あれは悲しくて、忘れられない夜だった。
__僕は首を頷いた「一生忘れない」
__「あたしも」
__僕の理知は「やめろ」と叫んでいたが、僕の手は彼女の肩に置いた。
__唇が重なっていた。
__ダイナーはオーバーコートを脱いだ。いいボディースタイルが見える。
__僕はこれから何が起るかちゃんと分かっている。でも、止められない。
__ダイナーはセーターとジーパンを脱いだ。僕の息を奪う体は、ほとんど僕の目の前に現れた。
__僕はぼっとした。
__ダイナーはベッドに座って「寒い」
__僕は前へ一歩踏み出した。
__「抱きしめて」
__僕の心は戦っている。
__ダイナーは「あたしの身分を忘れて」
__僕はため息をついた。
__ダイナーの声が小さくて「あの感じをもう一度感じたい。お願い」
__僕は諦めた。彼女の体を抱きしめた。
__時間は過去に戻ったみたいだ。あの夜に戻ったみたいだ。
__ダイナーの目は閉じている。涙が見えた。でも、微笑みも見えた。
__僕はもう何もかも忘れた。今、彼女の体が全てだ。
__思い出はもう一度目の前に浮んできた。


(第三章・了)(第四章へ)



© Rakuten Group, Inc.