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カテゴリ:昭和
飯田濠は暗渠となる。 暗渠の上を流れる公園水路 江戸城の外濠は、関東大震災と東京大空襲で生じた大量のゴミ捨場所として二度にわたり使われて、殆ど消え去りました。 今は、外濠だった日本橋川が僅かに残っていますが、これも前回の東京オリンピック開催の際に造られた首都高速道路で蓋をされて暗渠のようです。濠らしく残っていた外濠は、弁慶堀、市ヶ谷濠、牛込濠、飯田濠でしたが、それも都市再開発の名のもとに少しずつ消えています。 神田川に注ぐ飯田濠は、JR飯田橋駅沿いにありましたが、今はビルの敷地となりました。残った濠の一部は完全な暗渠となりました。さすがに気が退けたのか、その暗渠の上には水路を造って公園としています。 濠を下水道のようにして、その上にコンクリート製の公園水路を設けるという発想は、何処か倒錯していてグロテスクです。歴史的な飯田濠を潰してまでして駅沿いに高層ビルを建てる必要はあったのでしょうか? 都市の美観はコンクリートで化粧しても生まれません。伝統と自然を生かしてこそ都市景観は美しくなります。この飯田濠の埋立は昭和50年代に行われたそうですが、最近発見して唖然とした次第です。濠の上の濠とはグロテスクです。 (以上) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.06.08 21:49:35
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