|
カテゴリ:カテゴリ未分類
東京大空襲で焼け野原となった東京の下町にも被害を免れた地域が所々に残っていますが、万世橋の袂の一廓に戦前の町並みを残した一廓があります。その区画は南北を神田川と靖国通りに挟まれ、東西を幅広い万世橋通りと昌平橋通りに囲まれていたので、戦火の延焼を免れたのです。
この区画の北端を流れる神田川に沿って、万世橋から昌平橋に延びる煉瓦造りの長大な構築物がありますが、これは甲武鉄道のターミナル駅、即ち万世橋駅として建設されたもので、当時としては将来は現在の中央線と総武線を繋ぐ交通の要所となる筈のところでした。ターミナル駅前の一等地でしたから、この地域には戦前も早い時期から高級料理屋や飲食店などが建ち並びました。 (写真1) しかしその後、中央線は東京駅が始発駅となり、総武線は秋葉原経由となり、万世橋駅は不要となり、駅周辺は発展から取り残されることになりました。その結果、取り残されたのが今日の静かな高級料理店街と言う訳です。今の東京には珍しくなった純日本風の木造建屋が数軒建ち並び、日本料理あんこう鍋、鳥すき焼き、甘味処などが狭い地域に纏まって建っています。 この近くには若者で賑わう秋葉原電気街やサラリーマンで混み合う神田駅周辺の飲食街がありますが、この須田町の一郭は、それらとは対称的な静かな街区で、戦災前の東京の古い町並みの情緒を残すところとして人々を惹きつけています。 (写真2、3、4) (以上) 人気ブログランキングに参加しています。応援をよろしくお願い致します。 人気ブログランキングへ 写真1 甲武鉄道のターミナル駅、即ち万世橋駅 写真2 あんこう鍋 写真3 鳥すき焼き 写真4 甘味処 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2022.01.17 13:20:39
コメント(0) | コメントを書く |