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東京今昔物語  (写真の世界 http://wakowphoto.world.coocan.jp/ より)

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2023.10.14
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カテゴリ:カテゴリ未分類
大正時代に洪水防止のため荒川排水路(今の荒川下流)が開削される前までは、隅田川は荒川の下流でもありましたから、江戸時代に大川と呼ばれた隅田川は水量も豊かであり、きれいな水が流れていました。

歌舞伎の一場面で、早春の隅田川では小舟が漁り火を焚いて白魚漁をする情景が演じられていますが、白魚は清流にしか棲まない小魚ですから、当時の隅田川は川底も見えるほど澄んだ川だったのです。

昭和時代になりますと隅田川上流地域に大規模な化学工場などが進出し町工場も増加して、戦前には既に隅田川はどぶ川のように汚れてしまいます。永井荷風の「墨東奇譚」や吉行淳之介の「原色の街」は、いずれも隅田川の東岸の花街を舞台にした小説ですが、それらの小説の中で描かれた戦前の隅田川の水は既に醜悪そのものになっています。

東京大空襲で東京が廃墟になった一時期は工場の活動が止まったこともあって、隅田川は昔の清流に戻りましたが、戦後に工場も復活し人口集中が進むと、再び工業汚水と生活排水で隅田川の水質は悪くなります。

隅田川の流れは墨汁のように黒くなって「墨だ川」と揶揄される程に汚れ、隅田川の水の臭気は両岸一帯の町中にまで広がりました。そのような隅田川には、汚泥海洋投棄の作業船が隅田川を行き来していた時代が暫く続き、まさに隅田川そのものが東京の下水道になっていたのです。
(写真1、2)

しかし、昭和45年(1970)公害対策基本法が制定されて工業汚水や生活排水の排出規制が強化されて以降、隅田川の汚染状況は徐々に改善され、平成の頃(2000年の頃)には隅田川の水も年々綺麗になっていき、上流から中流の墨田川の岸辺で釣り人が隅田川に糸を垂れている光景が見られるようになりました。今では浅草の乗船場から浜離宮やお台場の間を遊覧船や屋形船が頻繁に往来しています。
(以上)


写真1 汚泥を東京湾に捨てて隅田川を戻る汚泥廃船船


写真2 隅田川を下る廃棄船の汚泥





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Last updated  2023.10.14 11:54:22
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