第1章 トラキアの密約 7
第1章 トラキアの密約 7 「結局、俺の出番は無かったな」 バリアスポランの一行を見送ると、ラーマクリオスは呟いた。 「それではマクシミヌス様、わたくしはこれで」 サッフィーネはそう言うと、この館から立ち去ろうとした。 「待ちなさい、サッフィーネ!外は未だバリアスポラン達がうろついて居るかも知れ無い。今夜はここに泊まって欲しい。食事と飲み物を運ばせるから部屋でゆっくりして呉れ。アマリウス、彼女を客間にお通ししろ!」 「マクシミヌス様の仰せと有らば」 サッフィーネは、アマリウスに案内されて客間に向おうとした。 「サッフィーネ、今日は貴女に助けられた!改めて礼を言うよ。ところで俺もエディルネ市で育ったが、林檎で祝福する話は初めて聞いた」 「ふふ、マクシミヌス様、あれは嘘です。林檎は早く食べないと悪く成ってしまいますから」 「馬車に林檎が一杯入っていたのは、あの、その、僕の個人的な理由でして・・・サッフィーネさんの機転には、正直、驚きました」 アマリウスは、サッフィーネの機転を称えた。 「アマリウス、お前、林檎売りの林檎を全部買い占めでもしたのか?」 「ぎくっ!さあ、サッフィーネさん、客間はこちらです」 アマリウスはラーマクリオスの問い掛けには答えず、サッフィーネの手を引いて客間の方に消えた。 「サッフィーネと言う娘、容姿も一級品だが、あのバリアスポランを相手に堂々とお前の婚約者役を演じ切った。流石はベリガウス殿の息女だけの事は有る」 「そうだな、若いのに大した娘だ!これもルフィアの薦めに従ったお陰かな?」 「ところでお前、今夜はあの娘の部屋に忍び込む積りか?」 「馬鹿を言え!この婚約は飽くまで芝居だ。それに俺が敬愛するベリガウス殿の息女にそんな不義理な事が出来る訳が無い!まあ、これからお互いの事を知って二人がその気に成れば、本当の婚約をすれば良いだけの話さ」 「そうか?それじゃ、ルフィアの方は俺が貰うからな!」 「何でそんな話に成るんだ?ラーマクリオス、言って置くが、俺は未だルフィアの事を諦めてはいないんだ!」 マクシミヌスは、ムキに成ってラーマクリオスに反論した。 「そんな事を言ったって、ルフィアはお前とは一生、清らかな関係を望んでいるんだろう?」 「それはそうだが、女の決意ほど脆い物は無いからな。そのうちあたしを抱いて!とか言って来るさ」 「お前の性格は、楽天的を超えて能天気だな!きっと長生きするだろうよ」 「どうだった?マクシミヌス、サッフィーネは良い娘だったでしょ?」 ルフィアはマクシミヌスの両膝に腰掛けると、そう問いかけた。 「ああ、見事の一言だった!だから今日は、こうしてテンタツィオーネにお礼参りに来たって訳さ」 「それはどうも有難う。ところで、貴方達はそろそろローマに戦勝報告に行く必要が有るでしょう?その時はサッフィーネを一緒に連れて行かないと拙いわよね!」 「実はその件なんだが・・・先ずは前領主のベリガウス殿に、俺とサッフィーネが婚約した事を直に報告しないと何も始まらない。だがベリガウス殿は現領主のダンダリオスから名目は蟄居だが、実際は門番が見張っていて幽閉されている」 「知ってるわ」 「勿論、そんな門番など蹴散らしてベリガウス殿に会うのは簡単だが、義を重んじるベリガウス殿はそれを望まないだろう」 「そうね、そんな事をしたら娘との婚約は破棄だと言われかねないわね」 「だから、俺とベリガウス殿が極秘裏に会える様に、お前からサッフィーネに頼んで貰いたいんだ」 マクシミヌスの言葉に、ルフィアは思案する様な素振りを見せた。 「サッフィーネは貴方の婚約者でしょ?そんな事は貴方の口から直接、サッフィーネに頼むべきよ!」 「お前も知ってる通り、俺は若い女性に対しては口下手なんだ」 「良く言うよ。アタシには平気で色々と頼み事をする癖に!若い娘には口下手だけど、アタシみたいな婆あには饒舌だって事ね」 「何も、俺はそんな事は言ってないよ・・・」 「仕方無いわね。どうせそんな事だろうと思っていたし。貴方とラーマクリオスがこの店に来るって情報が入っていたから、ちゃんとその場の設定はしてあげているから」 「本当か?」 「ガラシアノス、控室から呼んで来て頂戴!マクシミヌス、アタシに心から感謝しなさいよ。そして感謝の気持ちは飲み代で支払うの!」 「ルフィア、分かっているとも!お前の重い体をこの両膝で頑張って支えた甲斐が有ったと言う物だ!アタタタ、膝が痺れてる!ルフィア、お願いだから俺の両膝に座るのはここまでにして呉れないか!」 「マクシミヌス様、先日はお招きを戴き有難うございました」 「サッフィーネ?」 「今日はマクシミヌス様から折り入って、わたくしにお願い事が有る筈だとルフィアさんに言われましたので」 「サッフィーネ、貴女の様な気品に満ちた娘さんが、こんなアバズレばかりのお店に出入りをしてはいけません!」 「ちょっと~、マクシミヌス!」 ルフィアは、痺れている筈のマクシミヌスの太腿を思い切りつねった。 「痛いよ、ルフィア!これは言葉の綾だよ、単なる言葉の綾!」 「あのう、マクシミヌス様のお願い事とは、ルフィアさんが言われていたわたくしの父との面会の件でしょうか?」 「おお、流石はサッフィーネ!察しが早い」 「そのお願い事なら簡単に叶います」 「簡単に叶う?」 「ええ、わたくしは週に1回、父への差し入れを蟄居先に持って行く事が許されています。そして、その差し入れは従者が持ってわたくしと一緒に入りますので、マクシミヌス様はその従者に成り済ますのです」 「俺に、貴女の従者をしろと?」 「そうです。今度はマクシミヌス様が演技をさなる番です。ほほほ」 「ほほほって、おい、ラーマクリオス、何とか言って呉れ!」 「それは名案です」 アーカイブス(ミトラの指輪) ←ここをポチっと押して戴けると、この作者は大変喜びます。 ←PVランキング用のバナーです。ここもプリっと押して戴けると、この作者はプウと鳴いて喜びます。ファンタジー・SF小説ランキング →ここまでグニュ~と押して戴けると、この作者はギャオイ~ンと叫んで喜びます。