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HANNAのファンタジー気分

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October 28, 2009
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テーマ:本日の1冊(3687)

 画像は、少女漫画風の新書版を載せてみました。タイトルになっている天女のほか、主人公の少年阿高と、ヒロイン苑上(そのえ)が描かれています。私は抽象的な表紙のハードカバーを持っているのですが、これだけ分厚い本だとやはり表紙でぐぐっと惹きつけられなければなかなか手に取るきっかけがないかもしれません。

 荻原規子の古代日本を舞台とする「勾玉三部作」最終巻です。といってもそれぞれ独立した物語で、さらに中世を舞台に同軸の『風神秘抄』もあります。私は神話が好きなのでもっとも古い時代の『空色勾玉』がいちばんのお気に入り、この『薄紅天女』は、ちょっと「うーん」なのです。
 その理由の一つは、作中にも説明されるとおり、この物語が平安遷都の頃(792年)に設定されており、神代の勾玉が神秘的なパワーをいかんなく発揮するにはもう時代が下りすぎているためです。

 タイトルの「天女」は、征服欲と同族殺しに自家中毒してしまった天皇家を救うため、勾玉をたずさえて現れるべき女性でしたが、実際には病んだ皇太子の夢にしか登場しないのです。
 『空色勾玉』『白鳥異伝』で勾玉を持っていたのが少女(巫女)であったのと違い、『薄紅天女』では、表紙左の野性的な少年阿高が勾玉の主でした。そしてその勾玉の来歴はついに分からずじまい。阿高の母である蝦夷族(アイヌの人々)の巫女姫も、天皇が期待したように勾玉の主(=天女)とは、なりませんでした。

 さらに、天皇の座す都(長岡京)では物の怪が跋扈し、狙われた皇太子を守ろうとして皇太后も皇后も命を落としたので、ヒロインの皇女苑上は、父帝に、伊勢へ避難しろと命じられます。

  (父上は苑上のことなどいらないのだ……)
  (わたくしが男にさえ生まれていたら、こんなふうにないがしろにされることはなかっただろうに……)
                 ――荻原規子『薄紅天女』

 そこで苑上は男装して御所を抜け出します。表紙の中央下にいる貴族の装束の男の子は、実は苑上の変装姿です。その手助けをするのは、これまた男装の麗人、藤原仲成こと薬子(史実では仲成と薬子は兄妹なのですが、このお話では同一人物となっています)。

 つまり、宮中には“女性”がいないのです。脇役である苑上の乳母さえ、去ってしまいます。権力争いと支配欲でいっぱいの男性社会。生命をはぐくんだり、いやしたりする象徴としての女性が生きていけない、不毛地帯。そして夢に見た天女が来るどころか、母ゆずりの破壊的な力を持つ少年阿高がやって来るに及んで、御所は地獄絵のようになってしまいます。

 阿高の父方の故郷である坂東(関東)の風土や人々が対照的に明るく力強いので、物語のバランスが保たれているのですが、それにしてもクライマックスへ向かって、とても重苦しい感じがしました。男装した苑上も藤原薬子も、がんばってはいるけれど、かなり無理をしていていたいたしい。

 むかし、トールキンの『指輪物語』に女性キャラクターがとても少ない、というテーマで小論を書いたことがありますが、『薄紅天女』でも同じことが言えます。ニッポンの中心である都と天皇家に、生命の守り手である女性の生きる余地がない。それほど悪環境である、ということです。
 結局、阿高が天皇に勾玉を手渡すことで物の怪は消え、皇太子の病も快方に向かいます。しかし、宮中に戻った苑上は死んだように無気力になってしまう。阿高が大胆にも彼女をさらって坂東へ連れて行って初めて、苑上は本当の人生を歩み始めるのです。
 残された兄の皇太子は嘆きます;

  「皇(すめらぎ=天皇家)は妹を犠牲にして長らえたのだ」
  「わたしは、近親の女性を最後の一人まで失ってしまった。」 ――『薄紅天女』

 そうではない、最後に残った“女性”藤原薬子はこのあと女に戻って皇太子の側にいる、というところで宮中の話は幕をとじるのですが、やはり閉塞感はぬぐえません。歴史をひもとけば、このあと何が起こるかがわかっているからです――平安遷都のあと、皇太子は平城天皇となりますが、4年で退位して弟嵯峨天皇が立ちます。しかし、平城太上天皇は弟と争い、それがもとで薬子の乱が起こるのです。またもや同族争い、そしてただ一人残った“女性”薬子は謀反の首謀者として自害。・・・なんだか、元の木阿弥です。

 そんなふうに天皇家をつきはなした作者は、坂東に希望をつないでいるようです。なるほど、やがて坂東の武士たちが活躍する時代がやってくるのですから、歴史の大きな流れをきちんとふまえています。続編『風神秘抄』にもつながります。
 しかし『空色勾玉』の千早矢(天皇家の祖とされる)が好きな私としては、阿高と苑上のハッピーエンドの一方で、天皇家の重苦しい結末に「うーん」とため息をつくのです。



  





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Last updated  October 29, 2009 12:10:36 AM
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