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カテゴリ:ちょっとなつかしのファンタジー
『ふしぎをのせたアリエル号』は、作者はアメリカ人ですが、とてもイギリス風な海洋-冒険-少女-ファンタジー。まず本の分厚さがすごいです。ストーリー自体も盛りだくさんだし、ユーモラスで意味深なセリフがいっぱいあって、それをていねいな文体(私は訳本しか読んでないんですけど、たぶん原文も)でしっかり語っていくので、この長さになったのでしょう。 各章の冒頭にはマザーグースの童謡が一つずつ掲げられています。物語全体が、マザーグースに着想を得てできあがったのではないかと思わされます。 邦題に「ふしぎをのせた」とあるのはなかなか適切な説明で、このお話ではモノ(人形)から人間へ、人間から人形へという変身が、いとも自然に行われます。 主人公の孤児エイミイは、生まれたときから一緒だった船長(キャプテン)姿のお人形を大切にし、語りかけ、マザーグースを歌って聞かせます。するとその人形は、人間になり、エイミイを「妹」と呼びます。 人間になったキャプテンは、海へ行って本当の船長になり、孤児院にいるエイミイを迎えに来ますが、彼を待つ間、いろいろと悪意や誤解のせいでエイミイはキャプテンが死んだと思いこみ、自分も生きる気力を失ったようにベッドに横たわってしまいます。そして、彼女は何と人形になってしまうのです。 人間になったキャプテンは、人形になったエイミイを大切に抱いて船(アリエル号)に乗りこみ、海賊の宝を探しに出かけます。 捨て子や海賊の宝、戦いや裏切りなど、オーソドックスな冒険物語の要素がたくさんあるにもかかわらず、この写実的なまでの変身のために、物語はおとぎ話よりもリアルな感じがする一方、なにか浮世離れした雰囲気も持っています。 おまけに、帆船アリエル号の乗組員たちの多くも、マザーグースと聖書によって命を得た動物!や人形なのです。それから厚化粧の魔女風の女「オニババ」もいます。普通なのは「クラウド一等航海士」だけといえるでしょう。 エイミイの父は彼女を孤児院に捨てて船乗りになりました。孤児院にいる善玉・悪玉2人の女性教師「エクレア先生」「ニガウリ先生」も、若いころ船乗りの恋人に去られてしまった過去があるようです。そしてキャプテンも船乗り・・・ こうしたことを全部考え合わせてみると、このふしぎな物語は、少女エイミイの心の旅のお話ということができるかもしれません。キャプテンはエイミイの分身、ユングの心理学風に言うなら、彼女の心にある男性的な人格なのでしょう。エイミイが4歳でものごころつく頃、人形のキャプテンは箱から出されてエイミイの相棒となります。 そして、彼女に自我が芽生える思春期前の10歳の時、キャプテンは人間の男性になります。孤児院の先生がいろいろと干渉したせいで、キャプテンが海へ去ると、エイミイは彼(魂の半身)を失って、 ・・・エイミイはほとんどごはんを食べなくなり、まったくあそばなくなりました。 ・・・エイミイは一日中、ベッドにねたきりで、ほとんどぴくりともせずに、天井ばかりをじっと見ていました。 ――リチャード・ケネディ『ふしぎをのせたアリエル号』中川千尋訳 と、自分を閉ざしてゆき、ついに人形になってしまいます。キャプテンが生きて活動するかわりに、エイミイは死んだも同然の状態になるわけです。 しかし、人形になったエイミイは、キャプテンに連れられて海へ行き、アリエル号に乗りこみ、すべてのできごと――冒険、危険、悲しいこと、嬉しいことをみんな見聞きして体験していきます。 見方を変えると、アリエル号の旅はエイミイの心的体験なのだと言えないでしょうか。外的には活動を停止して、内界にひきこもってしまった彼女のの心の中で、キャプテンやぬいぐるみたちが命を得ていきいきと動きだし、海へ行き、冒険とそれから何かもっと運命的なできごとを求めて、旅をしているのです。 マザーグースや聖書が繰り返し出てくるのも、エイミイの心にその二つの本がしっかりと根づいていたからでしょうし、乗組員の言動がユーモラスなのに起こる事件が結構血なまぐさいのも、彼女の心の状態を表しているかのようです。 そして、生ける屍(人形)となってしまった少女のかわりに、分身であるキャプテンは精一杯の大活躍をし、ついに生き別れた父に感動の再会をします。孤児院の少女には追えなかったけれど、キャプテンは海へ追いかけていって見事に父を見つけるのです。 ここで、エイミイと同じように置き去りにされたらしい、昔の2人の少女、つまり孤児院のエクレア先生とニガウリ先生のことが気になります。あまりに対照的で、表裏一体なのではと思わせる両先生もまた、実はアリエル号で海に出ていたのです。とすると、これはエイミイ一人の心の旅ではなく、エクレア/ニガウリ先生の心の旅でもあるのかもしれません・・・ 戦いに勝利し、黄金を手に入れ、父を見つけ、こうして自分の役割を果たしたキャプテンは去ってしまいます。人形に戻るのでもなく、どこかへ行ってしまうのでもなく、彼自身の人生をまっとうしてアリエル号のこの世から去ってしまうのです。リアルな死の場面は衝撃的ですが、その少し前から人形のエイミイは息を吹き返し始めています。生と死の入れ替わり。今度のそれは旅の終わりを暗示しています。 もちろん、最初はこんなあれこれを考えずに、どんどんストーリーを読み進んで行くことができます! ハラハラドキドキ、途中でやめられません。最後の場面でアリエル号は故郷の港へ向かってまっしぐらに進み、読者はおさまるべきところにすべてがおさまって、大団円を迎える心地よさに浸ることができます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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