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2024/05/16
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カテゴリ:小説











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 新しいクリニックは人気を博した。
 さすが、ユング心理学者の大家、神山や二十一世紀の医師二人にかかれば、インドのスパイスや薬草から、紀元前五世紀には知られていない薬の製造も、左程には難しく無い事であった。

 精神科医の雲井は特に、この時代、未だ良く分からなかった、精神が身体に及ぼす影響やその薬の作用について熱心に研究し、皆に感謝された。
 身体が、精神の影響でどんな症状を表すものなのか、如何な古代の経典『アーユル・ヴェーダ』にも、記される事は僅かである。
 雲井はこの分野では優れた医師で、『宮崎女子医大』に勤務していた頃には、幾つかの研究論文も残していた。雲井は気が優しく人懐こい。研究医を目指そうか臨床医になろうかと決めかねていた若い頃には、それらの研究が高く評価されて、研究の道に入るようにと強く勧められていたが、生来の人懐こさや、おしゃべり好きな性格を考え併せて雲井は臨床医となったのだった。
 
 神山は、ユング心理学の知識を駆使して、この時代の騒霊現象の研究に取り組んだ。
 ユング心理学者の視点からこの古代インドの社会を見渡せば、いたるところに「訳の分からない事象」は発生していた。特に神山は、二十一世紀では目立たず、人には知られない「隠れ騒霊現象」が、大都市部では半径五百メートルの範囲に一つはある事を知っている。古代社会には特に、その人たちの持つ、集合無意識が事象に作用して派手な騒霊現象が起きているのだった。
 神山はそれらの事象に関して相談に乗り、またその話を熱心に聞き取り、調査に赴いていた。そんな神山にはこの、紀元前五世紀のインドが研究対象の宝庫に見えた。
 
 一方、内科を専門とする楠は、患者の往診まで引き受けて、医院で自作の、薬効のある薬を処方した。
 三人の働きはたちまち評判となり、医院『a-yuru deva』の門前には、長い行列が出来た。
 三人もまた、ホッジ中佐の部隊員と同じく、天から降りてきた神様の仲間と見なされていたので、医院の名称は、その繫盛に拍車をかけたのだ。



 この時代には国を問わず伝染病が皆を苦しめている。その多くは質の悪い水のために感染している。川下の住人には、川上の住人が出す、汚れた川の水が飲料と生活用水を兼ねている。また、質の悪い井戸水による胃腸の病も、これに輪をかけた。
 内科医の楠は患者らに、生水を飲まない事。飲むなら沸かしてからにする事を、固く約束させ、感染した人を隔離するようにと教えていたが、感染数は想像を超えた。
 はしか、水疱瘡なども、この時代では大変恐ろしい病だ。下手をすると命取りにもなりかねない。その他、執拗に人類を苦しめていた肺結核も多く、楠はこれらの患者たちに、出来るだけこと細かく指示を出しながら、どうにかして患者たちが栄養価の高い食物を摂る事が出来る様にと、社会へ訴え、広く献金を募ったりもした。
 幸いにこの時期の、富裕で教養高いインド人の間には、社会正義の基礎となる、助け合いの心が広がりつつあった。楠だけでなく、この時代の思想家の中にも、結果として社会正義を説く人たちがいた事で、彼らの新しい医院『ayur deva』は大いに助けられた。
 
 結果、古代インドの人たち自身の力で、栄養価の高い乳製品や肉、卵を入手するための資金が集められたのであった。
 また、特に重い症状の伝染病に罹った人を隔離するための新しい建物も建てられた。

 多忙を極める『ayur deva』だったが、ある日の事、一人の若者がやって来た。
 若者は、武家で出家修行者の援助活動も行う篤信家で、筋肉質で上半身は裸が当たり前のこの時代に珍しく、左の肩からは、袈裟を真似た薄絹を纏っていた。



 若者の年齢は15~6歳ほど。富裕な武家の家に生まれた、その跡取りであった。
「私も、もうすぐ父の跡を受けて武士の家を継ぐ事となりますが、そうなる前に為しておきたい事がございます」若者が神山らにこう告げた。
「為しておきたい事とは?」神山が尋ねた。
「はい。実はわたくしが師匠と慕う一人の浄行者がおられます。私はその方のお世話を続けたいが、師はお金による援助はお受けになりません。後眼を継いだ後、私は師にお供して浄行を続ける事が出来なくなってしまいます。しかもわたくしが家の跡目を継いだ後は、縁を切るとおっしゃるので・・・」
「それで、私どもに何をせよと?」神山が再度訪ねた。
「はい。そのお方がおっしゃいますには、私と師との間の縁を保って参るには、どこかに庵を結びたい、そこに私と師とを住まわせて頂ければ、後眼を継いだあとでもこちら様方へ、金銭や物質的なお力になれるかと思いまして、師に変わってそれらの金銭を受け取っていただければ、師の暮らしに必要な分を除いて、こちら様へ喜捨という形でお納め出来ると思うのです。こうでもしなければ、師は私との縁を立っておしまいになります」
「そこでお困りになって私共をお訪ねになったのですか?」
「はい。こちら様の事は今、国中の評判を得ております。記者と言う形で私どもの資金をお納め頂頂けないでしょうか?」若者は懇願した。
「その方は今、どちらに?」
「はい。このmadrasの街に支持者がおりますのでそこに滞在しています。私が家を継ぐまであと数年しか残されておりません。縁を絶たれてしまってはこのマドラの街から離れてしまった後、師の教えをうけられません。どうか、お願いできないでしょうか?」

「いいお話ですよ!ねえ、神山先生!資金繰りをシヴァ神様に頼ってばかりでは、インドの社会も変わりません。助け合いの心がわたしどもを支えてくれているのですから、その偉いお方にここに逗留して頂けば良いじゃありませんか」雲井が嬉しそうに言った。
「なあるほどねえ。う~む・・。わたしどもにねえ・・。」神山は暫くの間、思案に暮れた。そうしてこう、言った。

「よござんす!わたくしどもでお引き受けします。そうすれば医院も大助かりだ!」
その行者を明日でも明後日でも、お連れになって下さい。あなたが私どもへ資金や物資の面でお助け下さいますなら、願ったり叶ったり!」
 神山たちが快諾したのを受けて、その若者はまだ彼らが知らない浄行者を連れに帰って行った。

 果たしてこの行者は何者なのか?神山の胸に密かな期待の念が差した。

 (続く)

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Last updated  2024/05/17 10:45:34 AM
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