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2024/05/21
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カテゴリ:小説












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 海野は釈迦がどうした、仏陀がどうだと言う話にはもう、うんざりしていたので、そっちの話に夢中な他の皆に話題を盛り上げさせながら、若武者の話に耳を傾けていた。それに依れば、若武者の名前はカヴィ・サルマン。王の旗本で、父は大臣を務めるかなり高位の武士である。彼は数年後にこの家を継ぐと、この国ではかなりの地位に就く事になる。そのために師であるパパカンダヤーナの側にはいられなくなってしまうのだ。だからこの武士の「師」に当たる人がこれまでの師弟関係を絶ち、この国を去っていくのだと言う。
 海野にもこの点は納得が行く。高い地位に就けば忙しい。これまでみたいに浄行者の世話などに映せ身を費やす暇など無くなるに違いない。然しそれも考えようだ、出世の好い機会なのだから。 どうせ彼は暗殺に暗殺を重ねて生きる宿命なのだろう。然し、それでもこの社会では考え得る限り高位の武士なのである。自分本来の務めを果たすのが幸せと言うものだ。こんな田舎に逼塞して、浄行者と一緒に浮世を厭うている場合ではあるまい、と海野は思い、この若武者が考え違いをしているのだと感じていた。だが、意見などする気はさらさら無い。海野たちには、この二人のインド人たちに、どんな義理も無いのだから。なんだったら、この話は神山の勘違いから出来た事で、それを、この二人の説明から来た祖語のせいにして、このまま帰ってしまっても良かったのだ。
 なにせ神山も海野も、探している人は釈迦その人であって、この二人には関係が無いのだからだ。面倒を抱え込む前にそうしてしまおうかと、海野はこの屋敷の会談で幾度か考えたが、このパパカンダヤーナの過去の前世で「釈迦だった事があった」のだという言葉を彼は無視する事が出来なかった。それは自分では無くて神山の判断に任せなければならない事だと海野は考えたからだ。神山もこの事はまだ知らないだろうし、この若武者の、おそらくは急な訪問に、医院の三人は落ち着いてこの若者の相手をする時間さえ無かったのでは無かろうか。医院はそれだけ多忙を極めているのだし、彼もそれは、見て分かったのでは無かろうか?
「で、如何です?医院はお気に召しましたか?多忙で禄にお相手もままならなかったでしょうに」と海野が水を向けると、今度はパパカンダヤーナが答えた。
「勝手に訪れた私がいけませんでした。ご評判は聞いておりましたが、あのようにご繁盛とは思いませんでしたから」
「そうでしょう。こちらも失礼は承知の上で申し上げますが、あのように喧しい所で、あなた方はほんとうに宜しいので?」海野が尋ねると、パパカンダヤーナは、どの様でも文句を言いません、支持して下さる方の家で過ごしますのも、私共の日常ですからと言う。詰まるところ神山は、この人のために新しい土地や建物を用意する事になるのだろう。海野はそう決まったら文句を言う筋合いはない。だが、この人をどうしてわれわれで支援する義務があるのか?海野はここをよく考える様にと、神山にも意見はする気でいた。我々の探しているのは飽くまでも、釈迦なのだからだ。
 然し今、そこは胸中に抑えて海野は、これといった否定的な事項を思い浮かべずに、すぐ近郊なのだから明日にもまたマドラへ参りましょうと、二人を誘った。
 明日神山に会うまでに、詳しい事をまだ色々と聞き出したい。海野は話を若い皆の自由に任せ、自身はこれを聞いていた。話の方向は多岐にわたったが、海野以外の皆はとても熱心にこの行者に関する話を続けた。

 青年や麻衣は特にパパカンダが釈迦であった前世についての話を聞きたがっていた。
 それはパパカンダヤーナの遡る事、おおよそ二百年前の過去生の事である。苦行者としての更なる過去生や、河原で掃除夫をしていた過去生、薪売りだった過去生など、死にまつわる幾つかの過去生に遡り説明してくれた後に、パパカンダは仏陀となった釈迦の過去生を、正確に語り聞かせた。その時自分が考えた事が、どういう思想であったのかをも彼は静かにゆっくり語り始めたのであった。
 そして今の自分があるのです、とパパカンダヤーナは言った。
「釈迦だった人生で、貴方はお弟子に囲まれ、王の寄進で貴方のお考えを国中に広げられた。その頃の貴方はそれより前の貴方と較べて変わりましたか?」海野がやっと口を開いた。
「私自身は変わりませんでしたが、弟子が増えた分、皆の考えも変わりましたよ。でも、変わったと言っても些細な事で、根本は同じでした」
「前世の記憶は失われると聞いていましたが、貴方は失わずに覚えておいでになるのですね」
「はい。大事な部分は覚えておりまして、私のこの人生で、幼い頃からしばしば出て来ました。私が釈迦と称した時代があったのだと知ったのは、何かの拍子にその時代を、夢と言いましょうか、独特な映像で見せられたことがありまして、それで判然と知ったのです。そこで見聞きしてまいりました事は忘れません」



「活仏思想」
 海野は古代インドにもこういう思想があったのかどうか知らなかったが、事実は今こうして聞かされている。聞かされているからには、あるのだと神山なら言うだろう。海野は更に、パパカンダヤーナの話を聞く事にして、彼と青年や麻衣、雲井の話に任せた。
「そうですねえ。生と死は繰り返しますからねえ、それ自体は特異な事だと思いませんが、他の事象も特異な事ではありません。繰り返し生じてはまた滅しての、循環なのです。魂もそうなのですよ。ですから私は前世や、様々なそれ以外の過去の人生を記憶しているのです。それとて循環するだけです、特別な事は何もありません。」
「では、パパカンダさんは全部で幾つ、過去の人世と言う奴を生きたんですか?」青年は興味津々である。
「さて、幾つなのか・・。それは、わかりません。記憶にある事だけでは無く、他にもあるのでしょうからね」
「仏陀は幾人かいても、釈迦と称した人は一人しかいないでしょう?ちがうのでしょうか?」
「釈迦は一人ですね。私の二代前の人生でした」
「二代前の人生で、貴方がお釈迦様であったとしたら、一体それってどうなっちゃうんでしょうか?ねえ!海野先生?」
「俺は何とも言えないねえ。時代も考えなければいけないし、そうだとしたら正確に、今がいつの時代なのか、分からなければ判断出来っこ無いだろう?俺一人でわかることじゃあないさ」
「いま、この国の大王は誰です?アショカ王って聞いた事は?」
「はて、今生ではききませぬ。私が釈迦であった人生で、その名の王から寄進を受けた事は覚えておりますが。」
「では、インドラがどこかから侵略を受けた事は?」
「インドラがですか?はて?」
「カニシカ王って知りませんか?」
「さあ、存じませぬ」
 皆は適当に見当を付けて、パパカンダに質問を掛けたが、パパカンダはアショカ王の事以外には、何も知らない様子である。

 すももの身をがぶりと齧って、海野は甘いそのすももを美味しいなあと思った。インドのすももは色も濃くて実は小さいが味が良い。西洋のプラムとは異なる、「東洋のすもも」なのである。海野は古代インドで、この実が最も好きだった。
「わからないぞ。彼らだってバカではない。おれたちをごまかしている可能性は大きい。まあ、いまの段階では騙しているとは言わないが、おそらく半分は嘘だ」海野らしく現実的である。
「ともかくも、この時代の人の言う事ですから先生!そんなにお疑いにならず、明日、神山先生にもう一度会って貰って、落ち着いて話を聞きましょうよ」青年も、海野を宥めるのに気を遣っていた。
「この時代の坊主や武家は、そら恐ろしい奴らだぞ。俺達を密かに葬り去ってしまうぐらい、訳も無いさ。明日、『タパス』に帰るまで、気を抜くな!とりあえず今夜は、寝よう!」

 何もかもが莫としていた。
 パパカンダヤーナもカヴィ・サルマンも海野らにこの国の何も分からせぬ用心に、出鱈目な話をでっち上げていると考えるのが一番合理的だ。いつ騙しに来るか知れない相手だ、と海野はここに宿を借りるのさえ、恐ろしかった。身勝手な事情から、海野たちを殺しに来てもおかしくは無いのだから。
 まんじりともせず、インドの短い夜は明けて、強い日差しは、再び大地に照り付けた。だが、ようやくマドラへ帰って快適な宿、『タパス』で皆と安心して酒を呑み、食事が出来るのを海野は心待ちにした。
 一刻も早くこのサトウキビ畑の中の屋敷地から抜け出て、都会の空気を吸いたかった。マドラから、たった五里ほどの田舎だから歩いても午後早い内に、『タパス』で皆に会える。そこでここから連れていく事になった二人の怪しげな人物を、ホッジ中佐らも交えながらじっくりと品定めをしてやりたい、海野はそれを楽しみにしているのだ。俺達だけだと思って、「けむに巻こう」ったってそうはさせない。何が「釈迦であった頃の過去生」だ!と海野は懐疑している。



 朝食も早々に旅路に就いた海野たち一行は、わざと先行した。若武者やパパカンダに疑いの念を起こさせぬ用心である。海野は懐中から鏡を取り出し、それをバックミラーの代わりにして後方の特に若武者を警戒した。彼は「師が名乗りを上げたら私も名乗る」と言っていたが、ほんとうに、カヴィ・サルマンが正式の名前なのかどうかさえ知れやしないでは無いか。何せ奴はこの時代の武士である。経典を読むのと同じに、人を騙す方法や、殺人術、毒薬に関して等も、幼くして諳んじているに違いない。殺人などは平気でやって除ける連中だ。いつ自分たちに刃を向けるか知れないのだ。
 古代インド人は何でもその職業に関する事は、幼くしてその書物を民謡調に歌い、経典の様に諳んじた。その身分と職業に関する技術や知識を、幼くして身体に沁み込ませたのである。カヴィのような殺人鬼には、油断も隙も無いのだ。
「危ないときには俺が合図をするからな!ともかくも、どこかでロバを手配しよう。どこでも良いから荷担ぎに使うのだと言う事にして、ロバを手配するんだ。危険な時にはそれに乗って逃げるぞ」
「カヴィさんやパパカンダさん、悪い人じゃありませんってば!昨夜随分一緒に話をしてわかったでしょう?」
「バカ!だからお前はお坊ちゃんだと言うんだよ・・。とにかく奴らを信用をしてはいけなぞ!」と、海野は飽くまでも彼ら二人を疑っていた。
「良いか!たとい、水一杯、奴らから受け取ってはいけないぞ!」

 海野には、一行を無事、マドラ(madras)の宿、『タパス』まで連れて行く責任が、重くのしかかっていたのだった。

 (続く)

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Last updated  2024/05/21 11:32:52 AM
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